『刻印』




 それが、抗う事の出来ぬ運命だというのなら。
 どうか。
 どうか、心に。
 そして、身体に。
 強く、深く。
 刻んで。




 ガラリと、引き戸が開く。
 その少し前から、近付いて来る彼の人の氣に表情を柔らかい
ものにして。
「待ってたよ、・・・・・龍君」
 何処か急いたように店の中に飛び込んで来た姿に、僅かに
怪訝そうに目を細めながらも、店主は暖かな笑顔でもって、彼を
出迎えた。
「・・・・・奈涸」
 乱れた吐息混じりに名を呼ぶ声色は、耳に心地よく響きながらも
その一方で、酷く心を落ち着かなくさせる。
「どうか、・・・したかい?」
 その動揺のひと欠片でも悟られまいと、己を鎮めるよう静かに
問えば。入り口に立ち尽くしたままの龍斗は、後ろ手に。
 ピシャリと、戸を閉ざして。
 閉ざされた戸を背に、真直ぐな瞳が。
 奈涸を、捕らえ。
 その深い彩に、目を奪われたまま、奈涸もまた立ち尽くせば。
 ゆっくりと、一歩。
 足を前に踏み出した龍斗の右手が、舞うように軌跡を描きながら
半ば呆然と見つめる男に、差し伸べられる。
「龍、君・・・・・?」
 その、手を。
 取って、良いのか。
 取るべきなのか、一瞬惑えば。
 その僅かな迷いを見透かしたように。
 薄紅を引いたような艶やかな唇が、ゆるりと綻んで。
「・・・・・好き」
 溜め息の、ように。
「奈涸が、好き・・・・・」
 甘く、囁いて。
「ずっと、・・・俺は、お前が・・・・・」
 漂う氣さえ、絡み付くように。
 誘う、から。
「好、・・・・・ッ」
 手を、伸ばして。
 掴んだ肩は見た目程には、か細くはなかったけれども。それでも、
力を込めれば容易く手折れそうな、そんな錯覚さえ覚える。
 いっそ乱暴なくらい強い力で引き寄せた、その身体を。
 かき抱いて、そのまま。
 言葉も、吐息すら奪い尽くすように唇を重ね。

 濃厚な口付けに、崩れ落ちそうな肢体を軽々と抱き上げると。
 その踵を返す間際、宙を薙いだ指先と言霊が、戸に軽い呪を掛け。
 誰も、立ち入らぬようにと。
 この空間を、時を壊されぬようにと。
 そして龍斗を腕に抱き、ゆっくりと。
 奥の間へと姿を消した。


「君、が・・・いけないんだよ」
 一番奥にある、自室へと辿り着いてしまえば。床を敷くのさえも
もどかしく、どうにか背を痛めないようにとだけ、畳の上。広げた
敷き布団に、倒れ込むようにして、二人。吐息をどうしようもなく
乱し、それさえも奪い尽くすように違いに激しく唇を重ね、貪り合う。
「俺を、・・・・・こんなに、して」
 覆い被さる、熱い身体。触れ合う布越しにさえ、それはもう既に
あからさまなまでに、欲を主張して勃ち上がり。昂る自身を、その
熱を思い知らせるように、下肢へと押し付けてやれば。
「あ、・・・・・ッ」
 龍斗も、とうに。
 隠し切れない欲を、そこに抱えていて。
 雄同士が擦れ合う刺激に、甘い溜め息が零れる。
「君も、・・・こんなに・・・・・」
 愛おしげに囁いて、そろりと裾を割り下肢を覆う布を取り去って。
 微かに震えるそれを、ゆるりと扱いてやれば。
「ん、ッ・・・あ、ァ・・・・・奈、涸・・・ッ」
 とめどなく零れる喘ぎと、生暖かい先走りの体液が。
 情欲を、殊更に煽ってしまうから。
「こんなに、・・・・・」
 低く呻くような声は、欲に掠れて。
 それでも甘く、耳朶に響く。
「俺は、・・・君を・・・・・」
 指に絡み付かせた滑りでもって、僅かに濡らしただけの、蕾に。
 確かな意志と、そして僅かな戸惑いを孕んで押し当てられる、
固く張り詰めた、もの。
 脈打つ猛りは、奈涸の胸の鼓動と同じで。
 もっと、それを確かめたくて。
 感じたくて、誘うように腕を差し伸べ、自ら脚を開いて。
「ここ、に」
 白露に濡れ、震える蕾を晒して。
「奈涸、を・・・・・ッ・・・ああァ、・・・ッ」
 強請る言葉は、最後まで声にならぬまま。
 高く上げた悲鳴は、微かに甘くそして、何処か悲痛でさえあって。
 漲らせた欲を受け入れたそこは狭く、初めて拓かれる衝撃に傷付き、
白濁に混ざって下肢を伝う、色鮮やかな朱が目を引くのに。
 半ばまで突き入れた動きを、もっと深く分け入りたいと己の内で
暴れる情欲を、奈涸はどうにか抑え付けて。
 知らず溢れさせていたのであろう涙を、指先でそっと拭えば。
 衝撃に固く閉ざされていた瞼が震え、そろりと開けられた目。
 奈涸を映して、それは。
 ゆるりと。
 微笑うように、細められる。
「だ、い・・・じょう、ぶ・・・」
 唇も、声も震わせながら。
 それでも、言葉を紡ぐ紅い唇は、笑みの形で。
「中、に・・・奈涸が、・・・・・いる、ね・・・」
 その表情は、恍惚として。
 まだ、快楽より痛みの方が強いはず、なのだ。
 突き込んだ奈涸自身も、その狭さに強烈な快感だけでなく、半ば
喰いちぎられるかと思う程の締め付けに、目眩すら起こしそうである
というのに。
「龍、君・・・・・」
「刻んで、・・・俺に」
 それでも、太い楔を飲み込んだそこは、嬉しげに咀嚼するように、
ヒクヒクと蠢いて。
 酷く淫らに、誘い掛けて来る。
 身体で。
 言葉で。
「痛みでも、良い・・・・・奈涸が、・・・俺に与えてくれるもの
・・・全部、・・・・・ここに」
「・・・・・君、は・・・」
 上手く言葉が紡げぬ乾いた唇を、潤すように舐め上げて。
 そのまま舌を差し入れ、龍斗のそれを探り当て、絡めればすぐに
応えて来る、従順さ。
 濃厚な口付けを、吐息を分け合いながら、奈涸は心細げに震える
龍斗自身にも手を添え、溢れる体液を塗り込めるようにして撫で上げ
てやれば。
 与えられる甘やかな快楽に、強すぎる程の締め付けが、強張る粘膜
が、僅かながらも弛んで。
「ん、ッ・・・・・ふ、ァ・・・・・」
 フワリと、溶けるように。
 緊張を解いた内壁を、ゆっくりと傷つけぬよう。
 身を押し進め、やがて根元まで収めてしまえば。
 柔らかく包み込む感覚に、新たな快楽が生まれ、それは。
 奈涸の欲を、また育てていくけれども。
 馴染んだそこは、苦痛を別の感覚に摺り替えて、龍斗に。
 甘い声を、上げさせる。
「奈涸、奈涸・・・・・ねぇ、どうしよう・・・も、ぉ・・・ッ」
「どうもこうも、君は・・・・・本当に・・・ッ」
 煽られるままに、突き上げ揺さぶれば。
 また口付けを強請り、頭を抱き寄せる所作に。
 それも、堪らなく愛おしさを掻き立てて。
 もっと深く、奥を穿ちながら、熱い舌を絡め合う。
「ふ、ッ・・・・・奈涸、の・・・・・唇、も・・・熱も、・・・ッ
全部、全部・・・・・忘れない、よう・・・に」
「・・・・・ッ龍、君・・・?」
「奈涸、も・・・・・覚えていて、・・・俺の・・・ッあ、ッ・・・」
 貫いた、最奥。
 打ち据え、熱い粘膜に激しく迸って。
 全部、と。
 その言葉のままに、一滴すら余す事なく注ぎ込んで。
 それでも尚、足りないとでも言うように、雄をかき抱く肉襞に、また
精を漲らせれば。
 それで良い、とばかりに微笑む。
 艶やかな、美貌。
「・・・・・この、形・・・も」
 うっとりと囁く、濡れた唇。
「鼓動も、・・・・・肌の感触も、汗の匂いだって・・・全部・・・」
 覚えている、から。
 忘れない、から。
 吐息だけで、そう呟けば。
「・・・・・離さない、ぞ・・・」
 それは、奈涸にも伝わっていたのか。
 何処か、怒ったような口調で。
 強く、強く抱き締められて息が詰まる。
「君を、離さない・・・・・だから、忘れる事等あり得ない」
「・・・・・そう、・・・だね」
 その背を、強く抱き返して。
 顔を埋めた首筋、押し当てた唇に感じた、汗の味も。
 絶対に。
 忘れたりしない、と。
 心で、強く。
「好き、・・・・・凄く、好き・・・奈涸」
 愛おしくて、気が狂いそうな想いも。
 決して。
「俺だって、・・・君を・・・好きだ、とても・・・・・」
 愛している、と。
 囁いた、その言葉を。
 その気持ちを、どうか。
 覚えていて。

 どうか。




「刻が、・・・近付いています」
 盲目の少女が、静かに告げる。
 その言葉に、酷く心がざわめいて。
 刻、が。
 何が、起こるのかは分からない、けれど。
 気がついたら、駆け出していた。
 早く、と。
 気持ちが、どうしようもなく。
 ただ1人の人の元へと、走り出していた。
 夜になれば、彼もこの村へと戻って来る。
 なのに。
 だけど。
 抑え切れない、何かに突き動かされるように。
 ただ、ひたすら走って。
 走り続けて。
 辿り着いた、店の前。
 呼吸を整える暇もなく、開け放した扉へと飛び込む。
 ここにいる、人に。
 逢いたいと、心が叫ぶままに。
 真直ぐに。

 それは、諦めではなく。
 未来へと繋ぐ、微かな糸。
 それに、縋るように。
 それを、胸の奥に抱いて。

 刻が、来る。
 逃げるのでは、ない。
 その糸を、頼りに。

 きっと。
 もう一度。




ひーたん・・・・・形状記憶何とか(違)。
陰→陽の手前ですね。
漠然とした不安に、考えるより先に身体が
突っ走った模様(それって・・・)。
でもって、陽では奈涸さんの方はキレイさっぱり
忘れちまうわけですよ、畜生め(握りこぶし)。