『告白の行方』
「わいな・・・・・龍斗はんのことが、好きなんや」
口調は、いつもの軽いものであったけれども。
真直ぐに、見つめてくる隻眼は。
それ、は。
見たこともないような、真摯な光を放っていて。
告白されたという、その事実よりも。
その瞳に。
どうしたら良いのか、分からずに。
立ち尽くせば。
「そんな顔、せんといて」
どんな顔を。
していたのかなんて、自分では知りようもなく。
確かめたくて。
瞳の中に映る、貌を。
覗き込もうとして。
一歩。
前に踏み出せば。
「・・・・・ッ」
困ったような、笑みを浮かべたなと。
思った、瞬間。
不意に。
力強い腕に、抱きすくめられて。
「・・・・・好き、や」
その力の強さに。
熱さに。
そして、耳元で囁く声の。
深い、響きに。
何も、考えられなくなりそうで。
「・・・・・い、やッ」
咄嗟に。
突き飛ばすようにして、腕から逃れて。
思考が混乱したまま。
おそるおそる、というように。
視線を上げれば。
「・・・・・堪忍」
目が、合った途端。
謝られてしまうから。
どう、応えて良いのかさえ。
ぐるぐる回る頭の中。
見いだせずに。
その場から。
逃げ出した。
「あァ、こっちだよ、龍ちゃん」
桔梗に頼まれて。
吉原の花魁である、お凛への届けものを携えて。
大門を潜れば。
女を買いに来たはずの男達から。
舐めるような視線を浴びせられて。
逃げるように、茶屋に飛び込めば。
既に、待ち合わせの席には、お凛が居て。
「おや、また好色な旦那方に、いやらしい目で見られた
のかい」
「・・・・・うう」
余程、困惑した表情で飛び込んで来たのか。
しっかり、見透かされていたようで。
ガタリと椅子を引いて腰掛け。
恨みがましく、お凛を見遣れば。
「そういう顔も、色っぽいねぇ・・・・・その辺の
遊女より、よっぽど・・・」
「・・・・・お姐さん」
「あァ、ごめんよ」
ふふ、と。
大人の笑みで。
桔梗も、美しい女であるけれども。
お凛も。
その名のとおり、凛とした輝きを持っていて。
さほど年の違いはなかったけれど、龍斗は姉のような
親しみを感じていて。
お凛も、龍斗を弟のように可愛がっていたから。
こうして、吉原という場所の茶屋で顔を合わせていても。
不思議と、色っぽい男女の雰囲気は感じられず。
「これ、桔梗から預かって来た品物」
「有難う、龍ちゃん・・・桔梗姐さんにも、宜しく言って
おいとくれよ」
「うん・・・・・じゃあ、俺そろそろ」
お凛と語らうのは悪くはなかったけれども。
どうしても、この吉原特有の。
肌に纏わり付くような空気は、龍斗にとって居心地の良い
ものではなくて。
「悪いお兄さんに勾引されないようにね、・・・・・と
そうだ、龍ちゃんの知り合いだと思うんだけどねぇ」
席を立ちかけた、龍斗に。
告げられた、のは。
「このところ、毎晩のように通って来る御人がいてね。
洒落の分かる面白い男で遊女たちの間でも、評判がすこぶる
良いんだけど・・・京訛りの、確か名前は・・・・・」
「・・・・・們天丸」
「あァ、そうそう・・・そんな名だったよ」
何処か。
お凛の声を、遠くに感じて。
挨拶も、そこそこに。
龍斗は、茶屋を後にした。
「えぇお月さんやなー・・・」
浴びるように飲んだ酒にも、酔いは回らなくて。
つい今し方まで抱いていた、柔らかい女の肌の温もりと
甘い香りに。
しっとりと包まれながら、寝床のある双羅山に足を踏み
入れれば。
「随分と、御機嫌じゃないか」
月明りに。
佇む、影。
「・・・・・龍斗、はん」
仄かに浮かび上がる白い貌は。
表情を、消して尚。
その、凄絶な美しさに、思わず喉を鳴らせば。
薄紅を引いたような唇が、微かに笑みの形に歪んで。
「毎晩、通い詰め・・・なんだってな」
声は。
硬質の、硝子細工のようで。
冷たく、そして。
何処か。
儚い。
「・・・・・そうやって、女の尻を追いかけているのが
似合いだよ・・・・・ッお前には」
響きに。
砕け散った、欠片のような。
棘、が。
闇夜を、切り裂いて。
「・・・・・ッ」
「あんさんに、言われとうない」
走り去ろうと背を向けた。
瞬間。
掴んだ、腕を。
引きずるように。
捕らえ、られて。
「ッ事実、だろ・・・・・夜毎、愉しんでるらしいじゃ
ないか・・・・・ッあの日、から・・・・・ッ」
あの、日。
龍斗に、想いを告げた。
その夜には、もう。
「・・・・・しゃあないやん」
「ッ何が」
「あんさんを、抱かれへんのやから・・・どうしようも
ないやん・・・・・」
「な、ッ・・・・・」
淡々と。
告げられて。
その言葉の内容に、呆然と們天丸の顔を見上げ。
逃れよう、にも。
腕に。
閉じ込められて。
密着する身体は。
声色とは裏腹に。
熱、く。
「あんさんを想うて、独りで抜いてみたけど・・・・・
あかん、足りへん・・・・・余計に、怖いくらいの飢え
を感じてしもうて・・・・・」
「だから、って・・・・・」
喉が。
酷く、乾いて。
出る声は、どうしても。
掠れたものとなって。
「ほんまはなぁ・・・・・あんさんの部屋に忍び込んで、
無理矢理にでも想いを遂げさせて貰おかとも、思たんや」
ククッ、と。
喉の奥で笑う、それは。
見たこともない、男のもので。
知らず、身を震わせれば。
隻眼を、スッと細めて。
「寝ている龍斗はんを、押さえ付けて・・・・寝巻きを
引き裂いて、膝を割って・・・なぁ」
背を辿った手が、腰を抱き寄せれば。
熱を帯びた昂りが。
否応無しに、感じられて。
このまま。
犯されるのかも知れない、と。
強張る身体を。
腰に置かれた、手が。
す、と上がって。
「・・・・・ッ」
ポンポン、と。
背を叩くように。
「出来るわけ、あらへんのに・・・・・身体は、確かに
どうしようもなく欲しがってても・・・そんなことして
身体だけ満たしても、心は空っぽや・・・・・そして
わいは、2度と龍斗はんに、触れられんようになる」
驚いて、見上げれば。
浮かべた笑みは。
柔らかく。
何処か。
泣きそうで。
「龍斗はんを傷つけて・・・・・得られるもんなんか
何もない・・・・・」
泣いて、いるのかもしれない。
彼の。
心、が。
愛おしくて。
愛おしくて。
どうしようもなく。
行き場を、探して。
彷徨って。
傷つけることも、出来なくて。
傷つけたのは。
自分自身。
「代わりや思て、女抱いても・・・・・満たされへん
ままに、何度も繰り返しや・・・・・ほんま阿呆、やな」
自嘲気味な呟きを。
龍斗の肩口に、顔を埋めて。
零れだしそうな、何かも。
隠して。
「・・・・・考えて、た・・・・・」
ポツリと。
独り言のように。
「好きだ、って言われて・・・・・その、答えを多分
探していた・・・・・」
身じろぎひとつ、せず。
その、言葉に。
們天丸は、耳を傾けて。
「お前が、吉原で女と夜毎遊んでいると知って・・・・・
すげー、腹が立ったのは、どうしてだろう・・・とか。
やっぱり、女の方が良いってんなら、そのまま放っとけば
いいのに・・・って、思うのに・・・・・こんな時間まで
起きて待ってて、嫌味のひとつも言ってやらなきゃって、
それって・・・・・何なんだろうな・・・って」
考えても。
見付からなかった、もの。
それなのに。
今、こんな時に。
「あの時、逃げずに向き合えたら・・・・・でも、本当に
吃驚したんだから・・・、だから・・・でも」
こんな、ところから。
見付かるのだろう。
「・・・・・多分、嬉しかった・・・・・」
好きだ、と。
真摯な眼差しで。
告げられて。
驚きと戸惑いに。
紛れてしまって、それは。
気付かなかった、けれども。
「俺を好きになってくれて、有難う」
そして。
「・・・・・これから、えと・・・・・宜しく」
言ってしまって。
耳まで、赤くしてしまっていた、ことは。
龍斗の肩に、顔を埋めたままの們天丸には。
気付かれることは、なかったけれども。
小刻みに震える、広い背を抱き返せば。
暖かい、ものが。
肩口を、そっと濡らした。
「めでたし、めでたし・・・っちゅうコトで、普通は
そのまま傾れ込みとちゃうんかいなー」
「世の中、そんなに都合良くは出来てない」
龍斗から貰った、答えに。
感動しながらも、その勢いで押し倒しにかかろうと
した、們天丸であったのだが。
女とした直後に俺に触るな、との。
厳しくも、もっともな一言に。
涙を飲んで。
「ほな、いつヤらして貰えるん?」
「・・・・・」
「なぁ、龍斗はんー」
これが、いやらしくヤニ下がった面であったなら、
蹴りの1発で撃沈させているところなのだけれど。
子犬のように。
瞳を輝かせて。
それこそ、見えない尻尾が激しく振られている様
さえ、目に浮かんで。
「・・・・・次の、満月の夜に」
「ほんまに?」
「俺の部屋に、無事に忍び込んで来れたら」
そう。
心の準備と。
お前の覚悟を。
ね。
初夜は、お預けです(爽笑)。っつーか、
邪魔が入ること必至です(いいのかヲイ)。
・・・・・龍斗より先に、もんちゃん
泣かしちゃったよ、うはー(何)。
このSSは、わたあき様宅壱万打のお祝いを
かねて(微笑)。天狗、万歳(悦)♪