『心』
彼の気配なら。
何所に居ても、感じ取れる。
出逢ったあの日から、少しずつ。
自分の中の空虚に、浸透してくる。
それは。
「・・・・・お前か」
確認するまでもない。
彼が。緋勇龍斗が、この森に足を踏み入れたその時から。
氣は、紛うことなく。
「霜葉は、此処が好きだね」
振り返れば、果たしてそこにはやはり。
常の。柔らかい氣を纏って、彼が立っていた。
「好き、なの・・・だろうな」
そういった感情は、よく分からないのが本音で。
おそらく、『気に入る』だとか『肌に合う』だとか。
そう言った類いの、感覚なのだろうと。
「ね、今日の相棒さんの御機嫌は?」
問われて。
その声に、背の村正が微かにキーンという音を立てる。
常人には、聞き取ることは出来ないであろう。
『彼』の、声。
「・・・・・悪くない。むしろ・・・お前に会えて、喜んで
いるようだ」
「・・・・・・・そう」
少しの、間。
特に気に掛かるものではなかったが。
「霜葉は」
そのまま。
少し俯き加減に。らしくない、仕種だと、思ったけれど。
「・・・・・嬉しい・・・?」
「・・・何・・」
彼は。
「霜葉自身は・・・俺に会えて、どう思った?」
何を、言っているのだろう。
「・・・・・俺、は」
答えに。
躊躇する、自分が居て。
『それ』は。その感情は。
一体、誰のものなのか。
自分の、それとも。
魂を持たぬ、自分が。
そんな、感情を。
「・・・俺に分かるのは・・・・・村正が、喜んでいると
いうことだけだ・・・」
「・・・・・」
「お前を見て・・・・・会えて嬉しいと、そう感じたのは
・・・・・村正の・・・・・」
「・・・・本当、に」
ゆっくりと。
顔を上げて。
真直ぐに見つめられれば、ドクリと。
動揺、したのは。
背の刀、ではなく。
「本当に・・・・・そう思うの?」
これを。
何と呼べば良いのか。
言葉を見失ったまま、立ち尽くす自分に。
「・・・・・ごめん、それなら・・・いいんだ」
どうしてそんな。
そんな顔で、微笑うんだ。
「・・・じゃあ、またね」
くるりと背を向けて。
そのまま、駆け出そうとする、彼を。
彼の、腕を。
「・・・・・ッ」
「・・・そ、うは・・・?」
思いがけず。
強い力で、掴んで。
その勢いのままに、引き寄せて。
腕の中、閉じ込めるようにして。
「・・・・・俺、は」
自分の行動に戸惑いながらも、そこには。
確信にも似た、何かが。
「・・・・・ねぇ」
身じろぎする、自分より幾分小柄な身体を。
逃がさない、とでもいうように腕に力を込めたまま。
そんな、様子に。
彼は、小さな溜息をひとつ。
そして。
胸元に、擦り寄るようにして。
「これも、村正のせいには・・・しないでね」
「俺は、そんな・・・・・」
「全部、霜葉だから」
だから。
その、心のままに。
「・・・お前を、掴まえたかった」
「うん・・・」
「抱き締めたいと・・・思った」
「・・・うん」
この、想いを。
誰のものでもない、自分の心を全部。
「・・・・告げても、良いのだろうか・・・・」
「何・・・?」
お前が。
俺は、お前のことがとても。
「・・・好きだ、と・・・」
「・・・・・うん」
頷いて。
身体を預けてくる彼を、抱き締めながら。
背の妖刀が、また何か囁いていたけれども。
それでも。
これは。
この感情は、与えられたものではなく。
何もないと思っていた、そんな自分の中から間違いなく
生まれてきたもので。
「俺も、霜葉のこと大好きだよ」
その告白に。
胸に沸き上がる、暖かいもの。
やがてその熱を増してくる、それは。
「・・・・・龍」
嬉しさ。喜び。溢れてくる沢山の、感情。
そして。
それらを、ふたりで。
分かち合える。
幸せ。
またまた、霜葉×龍斗です。愛です(微笑)。
どんなに言い訳しても(意識的でなくとも)
龍斗に惹かれているのは、霜葉自身なのです。