『子供じゃない』
龍泉寺、裏庭。
季節外れの桜が舞い落ちて、薄紅の絨毯が敷かれたような、
その様に。
新雪を踏むような、奇妙な高揚感で。
散る花びらの中を、歩いていたら。
その、足元に。
「キキッ」
ガサガサと茂みを揺らして、走り寄り。
ちょこりと。
鎮座するのは。
「・・・タンキー?」
この小猿の名前を、まだ上手くは発音出来なかったけれど。
恐る恐る呼んでみれば、それが自分の名だと聞き取れたのか、
さも嬉しげに龍斗の周りを飛び跳ねるから。
「・・・おいで」
そっと、手を差し伸べれば。
待ってましたとばかりに、ひょいとその腕に飛び乗って。
「・・・ふふッ、くすぐったいよ」
おとなしく腕の中に納まる事も、なく。
ぐるぐると、肩の上を行ったり来たりするから。
その度に。細い尻尾が首筋を掠めて。
フワフワとした毛が、微妙な刺激を与えるものだから。
どうにも堪え切れずに、クスクスと笑いながら。
「こら、いい加減にしろよ」
悪戯な、その小さな身体を。
巧みに捕らえれば。
どうして?とでも言うように、小首を傾げて見上げてくる
クリクリとした瞳が。
あんまり、可愛らしくて。
両手で抱き上げるようにして、顔の前に近付けて。
コツリと、額同士を触れあわせれば。
「キキーッ」
「・・・・ッ」
その拍子に。
ほんの一瞬だけ。
唇、が。
「ーーーーーーーーーーッ」
触れた、と。
思った、次の瞬間。
何やら声にならない悲鳴のようなものが。
聞こえるから。
「・・・・・あ」
何事かと振り返れば。
そこには、わなわなと震えながら、こちらを指差して何か
叫んでいる、小猿の飼い主というか、相棒の。
中国人の少年が、立っていて。
「・・・・・劉、来ていたのか」
やんちゃな小猿を腕に抱き、微笑みかければ。
何やら複雑そうな顔で。
まだ、何かブツブツと呟くのに。
「ちゃんと、俺に分かる言葉で言って・・・?」
困惑気味に、そう告げれば。
ハッとしたように、目を見開いて。
「あァ済まない、龍斗・・・・・でも、そいつが・・・」
「ん?ああ、ごめん・・・勝手に抱っこして」
「違うッ!!」
途端、ズイッと詰め寄って。
龍斗の方が頭半分程度、身の丈があるから。
自然、少し見上げるように。
何処か。
怒った、ような瞳で。
「・・・な、何・・・」
気圧されて思わず、後ずされば。
尚も、歩を詰めて。
「龍斗は、ずるい」
「・・・・ッえ・・・」
何を。
言われているのか分からずに、返答に詰まれば。
「そいつに、口付けただろう」
「あ、・・・・」
先程の。
でもあれは。
弾み、というか。
不可抗力と言うか。
でも。
「・・・・・なんで、そんなに怒ってるんだ・・・?」
詰め寄られて。
明確な理由が分からないままに。
問うてみれば。
「だから、ずるい」
「劉、もっと分かるように・・・」
「俺にも、してくれ」
「・・・・・は?」
そう。
告げて。
胸元を掴んで。
引き寄せる、ものだから。
本当に。
あと、少し。
もう、少しで。
「・・・・・それ、って・・・」
「ああ、もう」
触れる、寸前の。
微妙な距離が、焦れったくなったのか。
掴んだ、手に。
力を込めて。
そして。
ほんの少し。
背伸びを、して。
「・・・ん」
ようやく。
触れた、唇に。
龍斗は驚きながらも、ああそうなのかと。
納得して。
されるがままに。
「・・・・・ッ」
力を抜けば。
それを狙っていたかのように。
柔らかい舌が。
忍び込んで来るから。
まさか、という思いに身を捩ろうとするけれども、いつしか
後頭部に回されていた手に。
阻まれて。
更に、深く。
口腔を探る舌に、絡め取られて。
「ふ、・・・ッ」
思いも掛けぬ、濃厚な口付けに。
すっかり、息を乱されて。
やがて、銀糸を引きながら、ゆっくりと離れていく唇を、
半ば放心しながら見送って。
それが、ニッと笑みの形に弧を描くのに、慌てて自分の口元
を押さえれば。
「謝々」
子供の、顔をして。
子供じゃない。
そんな。
男の、貌をして。
見上げてくるのに。
「・・・・・も、・・・・参った・・・・」
お手上げ、といった風に。
肩を竦めれば。
「子供じゃ、なかっただろう?」
見透かしたように。
笑いかけてくるから。
「・・・・・身にしみたよ」
降参だと。
苦笑混じりに。
「・・・見かけに、騙された」
しみじみと。
呟けば。
「龍斗は、見たとおりだな」
まだ、余韻に濡れる紅い唇を。
親指を押し付けるようにして拭いながら。
「・・・好吃」
ペロリと。
舌を出してみせて。
「・・・・な、ッ・・・・」
その台詞に。
頬を染め、握りしめた手を。
す、と。
取られて。
そのまま。
指先にも。
暖かい唇と、舌が。
「・・・・・いつか」
触れて。
瞳は。
真直ぐに。
龍斗を、射抜いて。
「全部・・・・・」
貰うから、と。
吹き抜けた風に。
それでも、その言葉だけは。
しっかりと。
「・・・・・劉・・・?」
届いて。
呆然と。
名を、呼べば。
応えるように。
また。
そっと。
爪先立ち。
その、足元で。
小猿が、恥ずかしげに。
俯いて、いた。
ぎゃああああああああん(意味不明絶叫)!!!!
劉、御誕生日というコトで、SSを書いてみたのです
ケド・・・・・・ぬうう(何)。
見かけは、お子様っぽい劉。でも、中身はしっかり
成長していそうです(目線逸らし)。
龍斗、喰われる日も近し(笑)。
ちなみに、『好吃』=『おいしい』。