『傷痕』




「おや、どうかしたかい」
 今、これより鬼道衆を名乗り。
 鬼、と。
 なろうと、その決意を示した黒い忍び装束の男が。
 ふと。
 立ち止まり、考え込むのに。
 妖艶な女が、訝しげに声を掛ける。
「・・・・・忘れ物をしたようだ」
「忘れ物だって?・・・・・あァ、あの王子の店にかい?」
 首を傾げる姿も悩ましげに、問えば。
 頷き、踵を返すのに。
「御屋形様も、あんたを待っているよ・・・早く、済ませて
おいで」
「心得ている」
 そして。
 現れた時と同様、瞬く間に。
 闇から。
 闇へと。
 掻き消される姿を見送って。
「・・・・・それにしても」
 龍閃組。
 今回は、直接対峙したのは、あの男のみであったが。
 その、中に。
 彼、は。
 あの、深い色の瞳をした、少年は。
 やはり、居たのであろうか。
 ふと、思い描いた貌を。
 打ち消すように、頭を振って。
 黒衣の男が去ったのとは、逆の方向へと。
 怪訝そうに振り返り立ち止まる、仲間の元へと。
 足を踏み出した。



 何処かで、犬の遠ぼえが聞こえる。
 夜も更け。
 人通りも、なく。
 ひっそりと佇む、その店に。
 その、前に。
「・・・・・やは、り」
 彼、は。
 いた。

「もしかしたら・・・・・戻ってきてくれるんじゃないか
・・・って」
 まるで。
 旧知の仲であるかのように。
 寧ろ。
 鬼道衆を名乗った自分と、龍閃組である彼とは。
 敵、であるというのに。
 この、警戒心のなさと。
 そして。
 真直ぐに見つめてくる、瞳に。
 ひどく。
 心が、乱れる。
「緋勇・・・龍斗」
「そうだよ、奈涸」
 名を呼ぶ、声も。
 奇妙な程に、自然で。
「・・・・・君は、・・・・・何者だ」
 聞かずとも。
 龍閃組。
 鬼道衆の。
 敵、となるもの。
 なのに。
 聞かずには、いられなかったのは。
「・・・・・俺にも、分からないよ」
 ふわりと笑んだ貌が。
 あまりにも。
 哀しげに見えて。
「・・・・・ッ」
 これ以上。
 見ていては、いけない。
 深く。
 関わっては、いけないのだと。
 耳鳴りのように、何かが激しく警告するけれども。
 無防備な、彼の。
 腕を、強い力で捕らえて。
 驚いた表情こそ見せたものの、抗う様子もなく。
 引かれる、ままに。
 裏口へと回り、賊避けの符を引き剥がすと、そこから
中へと。
 半ば、引きずるようにして連れ込んで。
 奥の、間。
 投げ出すように、手を離して。
 倒れ臥す、身体は。
 腕を掴んだ時にも感じたように。
 格闘術の使い手とは思えぬ程に、細く。
 脆弱さはないものの。
 今。
 畳に手を付いて。
 見上げてくる、その眼差しは。
 何処か。
 張り詰めた、糸のようで。
 触れれば。
 すぐに、でも。
「・・・・・や、ッ」
 切れて。
 何処かへ消えてしまいそうな。
 錯覚さえ覚えて。
 繋ぎ止める、ように。
 覆い被さり、片手で纏めた腕を畳に縫い付けて。
「な、がれ・・・ッ」
 空いた方の手で、着物の合わせを。
 引き裂く勢いで開いて。
 あらわにした、肌に。
 夜目に。
 それ自体が光を帯びているように。
 鮮やかに浮かび上がる、白さに。
 魅き寄せられるように、唇を寄せて。
 さらりとした肌理の細やかさに。
 浮かされたように、舌を這わせ。
 時折、きつく吸って。
 紅色の花弁を。
 散らして。
「や、・・・・奈涸・・・ッ」
「否とは、言わせん」
 呼吸を乱しながら、微かな拒絶を紡ごうとする唇を。
 己のそれで塞いで。
 しっとりと。
 触れられることを、待ち望んでいたかと疑う程に。
 馴染む、口付けに。
 目眩すら感じながら、執拗に舌を追い。捕らえ。
 絡めて、存分に。
「・・・・・は、ァ・・・・・」
 やがて、ゆるりと応えてくる舌を。
 するりと躱して。
 唇を離せば、空気を求めて喘ぎながら。
 潤んだ瞳で。
 恨めしそうに、見上げてくるのに。
「・・・・・待って、いたのだろう・・・?」
 忍び笑いを、漏らして。
 投げ出された脚を、撫で上げ。
 身を押し進めて、閉じようとする膝を割って。
「俺、に・・・・・こうされるのを・・・君は、望んで
いたのだろう・・・・・?」
 龍斗、と。
 耳元で。
 囁けば。
 ヒクリと震える身体を。
 肯定と、看做して。
「ならば・・・・・身体を開け」
 下肢を覆う邪魔な布を取り去って。
 外気に震える、そこに。
 手を這わせ。
 指で。
 包み込むようにして。
 燻りかけた欲を。
 煽ってやれば。
「あ、あァ・・・・んッ・・」
 身震いする程に。
 声と。
 うっすらと上気させた貌の。
 艶かしさに。
 自然、下肢の一点に集中する熱に。
 狂暴な、雄に。
 このままでは、壊してしまうかもしれないという躊躇も。
 あっけなく。
「く、ッ」
「・・・・ッひ、あッ・・・・あァァ・・・ッ」
 何かが剥がれ落ちていくように。
 剥き出しの、欲で。
 先走りの体液が、僅かに潤滑の役目をしたものの。
 強引に抉じ開けた、そこは。
 狭く。
 突き入れた肉塊を、容赦なく締め付けて。
「・・・・・ッきつい、な」
「・・・・あ、・・・・んッ・・・・ふ・・・」
 掠れた声で、漏らせば。
 衝撃に、小刻みに身を震わせながら。
 それでも。
 そろりと、息を吐き出して。
 緊張を。
 解こうとするのに。
「・・・・・初心、では・・・ないな」
 僅かに弛んだのを、見逃さずに。
 一気に、奥まで突き込んで。
 根元まで、収めてしまうと。
 熱く絡み付く内壁と。
 やおら勃ち上がる、彼自身の欲に。
「いつも、こうして・・・男を銜え込んでいるのか・・・」
 そう、例えば。
 あの時、傍らにいた。
 熱い目をした、剣士を。
 ここ、に。
「違、う・・・・ッ」
 そろりと揺さぶれば。
 眦から、涙が零れ落ちて。
「奈涸、だ・・・け・・・・ッ」
「・・・・・何だと・・・・・?」
 それでも。
 真直ぐに。
 見上げてくる瞳は。
 曇りも。
 汚れ、すら。
「・・・・・俺、を・・・抱いたのは・・・ずっと、奈涸、
だけ・・・ッ」
 初めて肌を合わせるはずの。
 相手に。
 この、言葉は。
 一体。
「・・・・・俺は、君を知らない」
 以前、何処かで逢ったのかと。
 思いめぐらしてみたところで。
 出逢っていれば。
 間違いなく、鮮烈に。
 その印象は。
 心に、留まるはずで。
「な、がれ・・・・・」
 知らない、と。
 その言葉に。
 切なげに。
 瞳を揺らして。
「俺、は・・・・・覚えて、るよ・・・・・」
 呟いて。
 ゆっくりと腕を、回して。
 腰に、脚を絡めて。
 深い、繋がりを強請って。
 淫らに揺れる、身体を。
「・・・・・龍、斗」
 抱き締めて。
 奥まで穿ちながら。
 熱い吐息と共に。
 耳元に。
 囁けば。
 それだけで、嬉しげに絡み付く内壁に。
 促されるままに。
 与え、与えられる快楽に。
 溺れる。
 今。
 ひととき、だけでも。
 彼、を。




「おお、ようやく来たか」
 夜が明けて、半刻。
 鬼哭村を訪れた、奈涸をまず出迎えたのは、僧衣の男で。
「・・・済まぬ」
「いや、なに。思い入れのある店であっただろうからな。
若も、それぐらいは承知しておられるよ」
 響く声で笑って。
 背を、叩くのに。
「・・・・・ッ」
「む、如何した」
「・・・・・いや」
 何でもないのだと。
 答えれば、首を捻りながらも。
 先に立って、屋敷の広間へと案内するのに従いながら。
 ジワジワと。
 疼く。
 傷を。
 彼が残した、痕を。

 立てた、爪痕も。
 いつか。
 消えてしまう。
 けれども。
 おそらく。

「・・・・・いつか」

 その、時が来たら。
 俺を。
 抱いて。


 去り行く背に。
 投げかけられた言葉に。
 応えもなく。

 けれど。
 消えない、もの。

 彼が。
 もたらした。
 痛み。

 軋む。
 心。




プチ・強●(悦←待て)。
陰→陽の、話の流れで。うほー。
ひーたんは、バッチリ覚えてます。ええ、心も
身体もバッチリと(萌え)!!
邪ディスクでは、当然・・・・・うふ(含笑)。