『君という名の』
聞こえるのは、庭の添水の高い音。
木々の枝葉が、風に揺られる微かなざわめき。
そして。
鼓動。
互いの。
「臆病、だな」
重なりあうような、それが。
刹那。
引き攣るように、乱れた。
「・・・・・突然、店にやって来て・・・強引に店じまいまで
させて。改まって、何を言うかと思えば・・・」
表情には、出ない。
出さずに、静かな笑みを浮かべたまま。
対面に座す少年の、強い瞳を見つめ返せば。
「態度があからさまなわりに、そこから先に踏み込もうとしない」
「・・・・・さて、何のことかな」
とぼけたように、応え。
けれど。
彼の言わんとすることなど、とうに分かってしまっているのだ。
「今更お前相手に、回りくどい言い方はする必要はなかったな」
言われるまでもなく。
自分、は。
「お前は、俺を抱きたいんだろう・・・・・奈涸」
そういう目で、彼を-----龍斗を見つめていた。
本当に今更だな…と、やや口の端を歪め。
つ、と。
膝を擦るように互いの距離を詰めれば、ほんの僅か。
しなやかな肩が、ピクリと揺れた。
「隠すつもりなど、毛頭ないさ・・・そうだよ、俺は君を今すぐ
にでも、この場に組み敷きたいと思っている」
ゆっくりと手を伸ばし、その白い頬に触れる。
今度は、目に見えるような反応はなく。
だが、そのままスルリと滑らかな頬を撫でるようにすれば、奈涸
を見据えていた、きつい瞳が。
す、と細くなる。
「いつも、そうだ」
微かな、溜息。
その、吐息にさえ。
「手で、言葉で。俺に触れて、絡め取ろうとするくせに、なのに」
「なのに、・・・・・君を抱こうとしたことは、なかったな」
触れて。
もっと。
深く、まで。
望んでいるのは、とうに知られてしまっているのだ。
「何故、かと問うのかな・・・君は」
「ッ、・・・・・」
親指で、ほんのりと色付いた唇を辿れば、小さく震える身体。
こんなにも、感じやすいことを。
知っている、そして。
知りたい、もっと。
確かめたいと、そう思っているのに。
「君への情愛・・・・・ああ、いっそ情慾とでも言った方がいいの
かもしれないな。それを、あからさまに示しているくせに、一向に
手を出してこない俺に、君は・・・・・」
焦れた、のかな
屈み込むようにして、そっと耳元。
吐息で囁けば、コクリと息を飲む気配がして。
「お、前は・・・・・、ッ」
次の瞬間、両腕を突っ張るようにして奈涸との距離を取ろうと
するけれど。
「・・・・・君の言う通り、多分そう・・・俺は、臆病者だな」
その腕を、容易く取られ。
引き寄せられて、そのまま胸元、押し付けるようにして。
きつく抱きすくめられ。
息が。
詰まる。
「本当に、目眩がするほど・・・抱き心地が良い、君は」
微かに笑いを含んだ声に耳朶をくすぐられ、背に痺れるような
感覚が走る。
「肌を合わせ、身体の奥まで貫けば・・・・・きっと、俺はもう
・・・・・逃げられない」
予感ではなく、確信。
この身体は、そういうふうに出来ているのだ。
彼も、そして。
自分も。
「・・・・・逃げたい、のか・・・?」
ポツリ、と。
問うように呟いた声は、何処か渇いた響きで。
そこに、僅かに滲むのは。
寂しさ、それとも。
「怖い、と思うよ・・・・・このまま君に、のめり込んで・・・
そして、溺れ切ってしまうのは」
水を操る玄武としたことが、情けないことだな、と。
思うのだけれど、それでも。
もう、おそらくは。
「ああでも、・・・・・もう、手後れかもしれない、な」
一方的に抱き締められているだけだった、龍斗の腕が。
ゆるり、と。
奈涸の背を、抱いて。
「今更、なんだよ・・・・・奈涸」
胸元、覗いた肌。
触れる、唇。
そして。
「ッ、・・・・・」
浮き出た鎖骨に、歯を立てる。
微かな、痛み。
「もう、底なんて・・・・・見えないだろう?」
ああ、そうだ。
彼は、何処までも。
深く、そして。
「そうだな、・・・・・始めから、きっと」
もう、とっくに。
自分は溺れてしまっているのだ。
だから。
「俺を、・・・・・君は、救ってくれるのかい?」
やんわりと、耳朶を噛めば。
応えるのは、震えるような溜息。
「泳ぐのは、・・・・・得意なんだろう?」
段々と熱を帯びる。
互いの、身体。
「そうだな、・・・・・確かめてみるかい」
衣擦れ、そして。
部屋を満たす。
水音。
巧いんです(何)v
ギリギリのつもりが、とっくに溺れちゃってますv
そんなカンジで(何)、御誕生日おめでとう、奈涸!!!!