「片恋」
微かに、虫の音が聴こえる。
皆が寝静まった、夜半過ぎ。
そう、眠っているはずの。
「・・・・・」
起き上がる、気配。それに背を向けた形で、
寝ているはずの、自分。
何時の間にか蹴り飛ばしてしまったのであろう。
掛け布団が足元で纏わりついているのを何とかしたいと
思ったけれど。
でも。自分が「気付いている」ことを、知られたく
なくて。そのままに。
「・・・・・澳継」
不意に、名を。
呼ばれて、思わず肩を揺らしそうになったけど。
寸でのところで、堪えて。軽く身じろぎしたかの
ような、素振りだけをして。
ふと。背中で感じていた気配が、近くなる。
「・・・・・」
布団を。ゆっくりと引き上げ、肩まで掛けられて。
さすがに、驚きを隠せずに思わず息を飲んでしまった
のだけれど。
だけど。
微かに畳の軋む音に、彼が立ち上がったのだと。
そして、そのまま。離れていく、氣。
襖が音もなく、それでも開けられた気配だけは
感じられて。
やがて、閉じられたそれに。
遠ざかっていく、気配。
「・・・・・ッ」
彼が。
何処へ、行くのか。
そして。
何を、するのか。
知ってしまったのは、数日前の夜。
やはり、とても静かな夜の帳が降りた、部屋。
「新入り」に宛てがわれた部屋は、風祭と同室で。
何でこんな奴と、と当然抗議はしたのだけれど、
「宜しく頼む」と。御屋形様からの直々の言葉に、只
頷くしかなかったから。
幸い、部屋で過ごすのは専ら寝る時くらいのもので
一度寝入ってしまえば、隣の者のことなど、大して気には
ならなかった。
そう。
その夜、ふと目が覚めてしまって。
隣で寝ていたはずの、彼の姿が何時の間にか消えていて。
そのまま、再び眠ってしまえば良かったのだと。後で
苦い思いをすることになるのだけれど。
その時は。ただ、妙に気に掛かって。
舌打ちをしながら布団から這い出て、そろりと足音を
忍ばせながら、風祭は廊下へと出た。
気を遣ってはいても、歩を進める度に床が微かに軋む音に
いちいちドキリとしながら。
そして。辿り着いた、そこは。
この屋形の、主人の。
「・・・・・・・」
何も、考えていなかった。ただ、氣に。彼の残り香のような
その気配に惹き寄せられるように、この場に。
しかし。こんな夜更けに何故、と。
閉ざされた襖を、見つめ。
「・・・・・・・?」
声が。
何か、話しているのだろうか。
微かに聞こえる、この声は主人のもので。
時折混ざる、別の声は。
「・・・・・天戒・・・」
「・・ッ」
思わず肩を揺らしてしまったのは。咎めるのも聞かずに
また名を呼び捨てにしていることだとか。
そういうことでは、なくて。
「・・・・・てんか、い・・・」
甘く、切な気な。
ついぞ、聞いたことのない、彼の。
龍斗の、声が。
それが。
「・・・・・龍・・・」
愛おしげに、呼ぶ。声に応えるように、それは。
吐息に。掠れて、乱れて。
「天戒・・・・ッあ、あァ・・ッん・・・」
この、襖一枚隔てた向こうで。
何が、起こっているのか。
気付いて。分かって、しまって。
「・・・・・ッ」
今すぐこの場から逃げ出してしまいたいのに、足は
思うように動かなくて。
重い足を引きずるようにして、どうにかようやく自室に
辿り着いて。
ガクリと、そのまま。倒れ込むように、布団に身を投げ出して。
胸の奥で、渦巻く感情に。言い知れぬ、その息苦しさに。
やがて夜明け前、何事もなかったように龍斗が戻ってきて隣に
横たわるまで。
睡魔が訪れることは、なかった。
そして、今宵も。
龍斗は、あそこで。
「・・・・・くそッ」
何に対しての憤りなのか、それすらも分からないままに。
ただ、掛けられた布団の中に、頭まで埋もれさせて。
「・・・・・くそォ・・・・ッ」
何度も、敷き布団を拳で叩いていた。
その、上から。
「・・・・・やっぱり、眠っていなかったのか・・・」
「・・・・・・ッ!?」
掛けられた、声。
慌てて顔を出してみれば、そこには。
「・・・・・た・・・」
「その分だと・・・・・知っていたな、お前」
「・・・何・・・」
茫然と見上げる、風祭に。龍斗は、ゆっくりと身を屈め
視線の高さを同じくして、そして。
「毎夜・・・俺が、何処で何をしていたのか・・・」
笑んだ貌は。息を飲むほどに、艶然としていて。
「誰と・・・・・していたのか」
「・・・・・ッ黙れ ! 」
揶揄するような、響きに。
思わず、目の前の身体を。胸ぐらを掴み、乱暴に引き寄せ
そのまま布団に縫い付けて。
覆い被さるような形で、見下ろしてみれば。
そこには、変わらず笑みを浮かべたままの顔があって。
こんな状況でも、落ち着き払った。そして、組み敷かれて
いるのに、尚も優位に有るかのような姿勢を崩さないまま。
そんな、彼が。
「何を、そんなに怒っているんだ・・・坊や」
「うるさい・・・・ッ!!」
憎くて。
「・・・ッ癇癪で殴られるのは・・・」
「黙れ黙れ黙れ・・・・ッ」
どうしようもなく、彼が。
彼の、ことが。
どうしようもなく、持て余す感情のまま、何度も彼の
頬を打って。何度も、何度も。
それでも。抵抗する素振りも見せず、その瞳で。
何もかも見透かすような、その深い色で見つめられて。
「・・・・・澳継」
衝撃に、何処か切れてしまったのだろう。
口元に、僅かに伝う。紅い、一筋に。
その、色に。
「・・・・・畜生・・・ッ」
不意に、目の前がぼやけて歪んで。
暗闇の中、微かに赤く腫れて見える頬に、ポツリと落ちた
それが何なのか、分からないままに。
初めて触れた唇は、やはり血の味がして。
深く合わせれば、どちらともなく忍び込んできた舌に、その
味をいっそう濃くして。
男を抱いたことなんて、あるはずもなく。
女を抱いた経験さえ、まだなかったのだけれど。
それでも。
どう、すれば良いのかは分からない。
ただ、どうしたいのか。それだけは熱に浮かされたような、
目眩のするような感覚の中、ぼんやりと理解していて。
「・・・澳、継・・・・」
耳元で囁かれる声は、気が狂いそうなほどに、熱を帯びていて。
その熱さに、翻弄されながら。
未だ知ることのない快楽を貪った。
「御屋形様が・・・好きなんじゃなかったのかよ」
「・・・・・好きだよ」
「じゃ、何でこんな・・・・・ッ」
「・・・・・どうして、かな・・・・・」
何度も、繰り返し問うては。
答えは、見付からないままで。
何度、その身体の奥まで侵しても。
答えは、見いだせなくて。
「俺、は・・・お前なんか嫌いだ・・・」
「・・・・・そうだね」
「・・・ッ嫌いだ・・・」
「・・・・・うん」
ぶつけられた、感情も。身体も。
ただ、受け止めて。
嫌いだ、と言いながらも縋り付くように抱き締めてくる、
ひとまわり小さな身体を、その背に腕をまわして。
「・・・・それで、良いんだよ」
宥めるように、撫でてやれば。
それだけで、また勢いを取り戻してくる若い雄を、躯の奥で
感じながら。
「・・・・・・・きっと、それが・・・」
答えであって、答えでない。
何かが、そこにある。
手探りのまま、それでも。
求められる、ままに。
そうしていつか、辿り着く。
その日まで、どうか。
筆下ろし(待て)。
や、結構好きなのです・・・・風祭×龍斗。
彼の言うところの「大嫌い」は「大好き」なのです。
EDの、あやつも・・・うくく。龍斗の顔に誑かされた
らしいです。罪な男よのぅ・・・・龍斗(悦)。