『邂逅』






「・・・・・雨、か」
 前触れも、なく。
 突然降り出した激しい雨に、少年は不審げに柳眉を顰め
慌てた様子も無く、ゆっくりと辺りに視線を巡らせた。
 いつの間にか、山の奥深く入り込んでいたようだ。
 人影の、あろうはずもなく。
 否。
 この山に足を踏み入れた時から、奇妙な気配は感じて
いた。それが何なのかまでは、彼の知るところではなく。
 ともかく、何処か雨宿りを出来るような場所は無いかと
ゆっくりと足を踏み出し。
「・・・・・」
 雨が、じっとりと身体を濡らしていく感触に。
 ほんの、数日前。
 やはり、にわか雨に見舞われた、あの日のことが。
 その記憶を遠ざけるように、ゆるりと首を振った少年の
長い睫毛は、しっとりと雨水を含んで。
 微かに、震えていた。




 江戸まで、もうあと僅か。
 街道沿いに歩いていたその足を、脇道へと逸らしたのは、
ほんの気紛れだった。新緑の木々の香りに誘われた、のかも
しれない。
 道らしき道も無い山の中を歩いていく内に、不意に頬に
冷たいものが落ちてくる。
 見上げれば、それはポツポツと白い頬を濡らし、やがて
大粒の雨へと変わって、少年の全身を濡らしていく。
「・・・・・迂闊だったな」
 雨の気配を感じ取れなかった。
 まだ甘いな、と苦笑しつつ。何処か雨宿り出来るような
場所は無いかと、視線を巡らせた、その遥か先に。
 ポツリと建つ、寂れた建物。
 廃墟に近いそれは、打ち捨てられた寺のようで。
 それでも、雨水を防ぐには十分と、少年は迷わず駆けると
その本堂の扉を開いた。
「・・・・・ッ」
 ギギ、と軋む音に。
 埃臭い暗がりの中、固まっていた幾つかの影が一斉に反応
するのが見える。
 既に、雨宿りの先客がいたようだ。男が、4人。行商風の
者もいれば、やや目つきの悪い浪人風情の者もいる。どうやら
全員が連れというわけでもなさそうだった。
「兄ちゃん、とっとと戸を締めな」
 雨が降り込むじゃねぇか、という苦々しげな言葉に少年は
素直に従い、後ろ手に扉を閉ざした。
 新参者を歓迎しているとはいえない不躾な視線から逃れる
ように、男達からは少し離れた隅の方に、身を寄せる。
 雨の雫を振り払うように軽く頭を巡らせて。肌に張り付く
布の不快さに、胸元をやや寛げながら腰を下ろせば。
 ゴクリ、と。
 男達の唾を飲み込む音が、静寂に響く。
 その何処か淫猥な響きに、少年はやや目を細め。しかし、
大して気に止めた素振りも見せず、男達に背を向ける形で
床に身体を横たえた。
「・・・・・あんた、一人旅かい」
 心なしか上擦った声が問うてくるのに。
 少年は、それを身じろぎもせず聞き流した。
「おい、返事くらい・・・」
「まァ、待てよ」
 苛立つ男の声に、別の声が妙にねっとりと耳障りな音で
重なる。
 ギシリ、と。
 古い床板が、鳴る。
「雨に濡れて・・・具合でも悪くなったんじゃねぇのか
・・・・・なァ、別嬪さん」
 床を軋ませながら歩み寄った男の声が、間近で聞こえた
と、思った瞬間。
 突然肩に掛けられた無骨な手が、強い力で少年を仰向けに
転がした。
「・・・・・」
 驚くか。
 怯えた目を向けられるのを、男は期待していたのかもしれ
ない。
 だが、乱暴な所作にも少年の表情は静かで。
 何処か冷たい輝きを持った美しい大きな瞳が、真直ぐに
男を射抜いた。
「こいつァ・・・・・」
 その、瞳に。
 間近で見る、少年の容貌に男の、いつしかその周囲に躙り
寄っていた他の男達の目が、釘付けになる。
 しっとりと雨を含んだ、艶やかな黒髪。深く澄んだ瞳と、
滑らかな白い肌。引き結んだ唇は、薄らと紅を引いたように
鮮やかに。
 ただ、そこに在るだけで。
 酷く、男達を煽った。
「へへッ・・・・・俺達が、診てやるからよ・・・隅々まで
・・・・・なァ・・・」
 その、言葉にも。
 少年は、微動だにしなかった。
 もしかすると、突然のことに怯えて身体が竦んでしまった
のか。だがそれは劣情を漲らせた男達には好都合というもの
だった。
 横たわる少年の肢体に、我先にと浅黒い手が幾つも伸びる。
着ているものを裂く勢いで乱し、その下から現れた滑らかな
白い素肌に舌舐めずりをしながら、まず粗野な浪人風の男が
無防備な身体に覆い被さった。
「すぐに、・・・気持ち良くなるから、・・・なァ・・・」
 荒い息を吐く唇を、首筋に押し当てて。ねっとりと熱い舌が
唾液を擦り付けるようにして、肌の上を這い回る。その間にも
複数の手が、殆ど全裸に近い状態に曝け出してしまった少年の
しなやかな身体に、いやらしい動きで絡み付く。
「・・・・・ふ、・・・」
 余すところなく与えられる、激しい愛撫故か。
 微かに、その小さな唇が漏らした溜め息に興奮したように、
のしかかる男がむしゃぶりつくように口付けた。
 その、一瞬だけ。
 少年が不快げに眉を寄せたのを。
 すっかり、目の前の肌に溺れた男達の、誰も気付くことは
なかった。
「くそ・・・ッもう、我慢出来ねぇ!!」
 少年に覆い被さっていた男が、吐き捨てるように唸る。
 密着させていた腰を浮かし、着流しの前を忙しく寛げると
すっかり充実して先走りに濡れる赤黒い雄が、弾かれたように
飛び出て、その存在を強く主張する。
「俺が先だ・・・ッいいな」
 他の男達に依存はなかった。
 もう少し我慢すれば、自分もこの瑞々しい肢体に存分に欲を
突き立てることが出来るのだ。堪え切れなくなれば、上の口に
捻じ込んでしゃぶらせ、この綺麗な顔に、ぶちまけてやるのも
良いかもしれない。
 それぞれが、白濁にまみれ淫らに喘ぐ少年の姿を思い浮かべ、
自身を固く張り詰めさせていた。
「・・・・・へへ・・・い、挿れるぜ・・・」
 しなやかな大腿を、左右に大きく開かせて。その間に己の腰を
擦り寄せ、まだ慣らされてもいない淡い蕾に、幹を扱くように
しながら、その先端を押し当て。
 そのまま、一気に貫こうとした。
 次の瞬間。
「ーーーーーーーーーッ」
 男の喉から、悲鳴にもならないくぐもった声が漏れ。
 グラリ、と。
 その身体は傾き、ゆっくりと仰け反るようにして、仰向けに
倒れた。
「お、・・・ッおい、どうした・・・ッ!!」
 突然のことに、群がっていた男達は少年への愛撫の手を止め
大の字に転がる男に駆け寄る。
 既に。
 こと切れているはずだ。
 倒れた仲間を覗き込む男達の背を眺めながら、少年はその唇に
ゆるりと微笑みを浮かべた。
「・・・・・だめだ、こりゃ・・・興奮し過ぎて、イっちまった
んだろうぜ・・・」
「だらしねぇこったな・・・」
 人ひとり、目の前で死んだというのに。
 意外にも、彼らはたいして取り乱すことも無く。邪魔臭そうに
こと切れた男の身体を隅に引き摺っていくと、逃げもせずに未だ
横たわったままの少年の元へ、ゆっくりと戻ってきた。
「あんな野郎より、俺が・・・・・」
 死体を目の当たりにしても、竦むことなく隆々と天を仰ぐ自身
を、見せつけるようにして。
「お楽しみは、これからだ・・・」
 そしてまた、身体中を這い回る幾つもの手と。
 後孔に宛てがわれた、熱塊に。
 少年は、天井を見据えていた瞳を。
 ゆっくりと、閉じた。



 ほんの、4半刻にも満たぬ時間。
 静寂が支配する中、少年は閉じた時と同じように、ゆっくりと
目を開けた。
 足元には、数体の骸。
 つい今し方まで、自分の身体に群がり欲を漲らせていた男達の
成れの果ての姿を、少年は冷ややかに一瞥し、そろりと上体を
起こした。
「・・・・・く」
 特に身体が傷つけられた訳では無い。
 少年の身体に、その昂った雄を突き立てることも、熱く滾る精を
注ぎ込むことも、叶わぬまま。この男達は、命を落とした。
「・・・・・俺、が」
 自分が。
 殺したようなものだ、と誰にともなく呟き。
 やや疲れたような表情で、投げ出された脚を、自ら開いて。
 勝手に煽られ、散らせぬまま放置されていた己の欲に、そろりと
指を絡めた。
「・・・ん、ッ・・・・・」
 こうして。
 中途半端な熱を、何度自分の手で吐き出させたことだろう。
 この肢体に、吸い寄せられるように群がる男達。
 何度、組み敷かれて。
 幾つ、その命を奪っただろう。
 忌わしき、身体。
 只人には、触れられぬ。
 禁忌の。

「良い眺めだな」
「・・・・・ッ!?」
 不意に降り注ぐ声に。
 驚きを隠せずに、顔を上げれば。
 傍らに転がる骸を無造作に蹴り退けながら、ゆっくりと。
 歩み寄る、黒い影。
「・・・・・貴様、・・・」
 気配は、なかった。
 全く、感じさせなかった。
 否、微かに。
 男達に陵辱されんとする自分を、何処かから視ているような。
 あの、刺すような視線は。
 気のせいでは、なかったというのか。
「・・・・・面白いものを見せて貰ったよ」
 幾つもの死体に、ちらりと目を向け。
 その黒装束から覗く鋭い瞳が、やがて少年を真直ぐに捕らえる。
「忍、か・・・・・」
 呟けば、その瞳が微かに笑ったように細められる。
「・・・・・只の影だ」
 低く。響く、その声に。少年は、奇妙な安堵にも似た何かが胸に
広がりつつあるのを感じ、戸惑ったように視線を逸らした。
「・・・・・このままでは・・・辛いのだろう」
「な、ッ・・・・・」
 いつの間に。
 すぐ近くまで来ていたのだろう。
 黒装束の男は少年の傍らに膝をつくと、躊躇いも無く手を伸ばし
その脚の間で心細げに震える欲の証に、長い指を絡めた。
「や、・・・・・ッやめ・・・・・」
 撥ね除けようと、して。
 途端、強く握り込まれ、呆気無くその抵抗は封じられる。
「素直に・・・感じていたまえ」
「あ、・・・・・ふ、ッ・・・・・」
 ゆるゆると幹を扱き、先端を掠める器用な指の動きに、少年の
震える唇が、やがて切なげな溜め息を漏らす。
 それに誘われるように、男は自分の口元を覆っていた布を空いた
方の手でずらすと、薄く開いた唇にそっと口付けた。
「・・・・・ん、ッ」
 不思議と。
 嫌悪は、なかった。
 啄むような口付けは、やがて深く。忍び込んだ舌が口腔を辿り
少年の舌を捕らえ、ねっとりと絡み付いて。
 それでも。
 一瞬、怯えたように肩を震わせただけで。
 先程、今は骸と成り果てた男が唇を貪ってきた時に見せた露な
嫌悪の表情は、なく。
 むしろ。
 ほんのりと朱に染まった目元は、微かな恥じらいさえ含んで。
 おとなしく、男に与えられる快楽を受け入れている。
 そんな自分に戸惑いを感じながらも。
「ッ、・・・・・ああァ、・・・・・ッ」
 その手が、唇が与える快楽を、追い。
 やがて、男の手に導かれるままに、精を吐き出していた。
「・・・・・ふ、・・・・・」
 上がる呼吸を整えながら。
 いつしか、自分が男の腕に縋っていたことに気付くと、少年は
弾かれたように身を遠ざけようと、して。
「え、・・・・・」
 視界が、くるりと回ったかと思うと、床に背が触れて。
 見下ろす男の笑みに、その意図を知る。
「だ、・・・・・だめだ、ッそれは・・・だめだ・・・ッ」
 己の吐き出したものを後孔に塗り込め、慣らす指の動きに疑念は
確信に変わる。この男も、自分を抱こうとしている。
 それ、は。
「・・・・・君が欲しい」
 途端、抗う少年の身体を易々と床に縫い止めて。
 覆い被さり、その耳元で囁く。
 熱く。
 甘い、その響きに。
 不意に、涙が溢れる。
「・・・・・ッいや、だ・・・」
「俺が、・・・・・嫌いか?」
 初めて、逢ったばかりの男だ。
 嫌いも何も、あろうはずがない。
 なのに。
「・・・・・お前、を・・・・・死なせたく、ない・・・」
 この感情は。
 何。
「・・・・・死なない」
「・・・・・、ッ・・・」
 泣きじゃくる少年の目元、溢れる涙を拭うように。
 優しく、唇が押し当てられる。
「俺は、・・・・・君を抱く為に・・・・・生まれた」
「・・・・・な、に・・・・・」
 恥ずかしげもなく、真直ぐに突き付けられた、その言葉が。
 抗う少年の気を、僅かに削いだ。
 次の瞬間。
「あ、ッあああァ・・・・・ッ」
 抜き去られた指に替わり、押し当てられた熱く固いものが。
 未だ誰も触れたことのない場所を、深く。
 深く、侵した。
「・・・・・あ、ァ・・・・・」
 中に、在る。
 ドクドクと脈打ち、確かに息づく灼熱の。
 生きている、男の。
「・・・・・大丈夫、か」
 欲に掠れてはいるものの、その気遣うような優しげな声に。
咄嗟に固く閉ざしてしまった瞳を、ゆっくりと開けば。
 男の端正な顔が、間近で自分を見つめている。
「・・・・・そっち、こそ・・・」
 生きて、いる。
 その現実に、半ば呆然としながら呟けば。
 やや苦笑気味に歪められた唇が、そっと少年のそれに重なった。
 舌先で軽く突ついてやれば、自ら唇を綻ばせ、より深い口付け
を受け入れる。怯えたように竦んでいた舌が、やがておずおずと
絡み付いてくる所作に、男は嬉しげに目を細めて。
「ん、ッ・・・・・ふ・・・・・ァ」
 ゆるりと腰を引き、また押し進め。あくまで慎重に、初心の
慣れぬ内壁を傷つけてしまわぬよう、抽送を繰り返す。
「あ、・・・・・ああ、ッ・・・ん」
 やがて、少年の嬌声が一際高くなる一点を見つけると、今度は
その箇所を何度も何度も突き上げては、更に甘い声を上げさせた。
「や、ァ・・・ん、ッああ・・・、んんッ」
「ふ、・・・いい声だ・・・・・」
 熱く絡み付く粘膜に男も存分に煽られながら、更なる快楽を
引き出し、余すところなく与えようと細い腰を抱え、揺さぶり。
それに応えるように、少年のしなやかな腕が、脚が男の鍛えられた
体躯に縋り、嬌声を零す唇は口付けを求めて切なげに喘ぐ。
 初めて、身の内に突き入れられ、もたらされる激しい快楽の波に
流されてしまうのを恐れてか、きつく男にしがみつきながら。
 それでも、もっと強い快感を求めてか、無意識の内に自らも腰を
揺らめかせては、雄の欲を煽った。
「あァ、・・・そんなに締め付けたら・・・」
 すぐに、イってしまうよ。
 ふ、と。
 微笑う吐息が、耳朶をくすぐる。
「い、・・・いから、・・・・・ッ出し、て・・・ッ」
 震え縋る内壁を激しく擦り上げられ、少年は半ば悲鳴のような
声を上げて、逞しい背に爪を立て、その内へと男の精を強請る。
「・・・・・いい子だ」
 淫らな要求に、男はゆるりと唇で弧を描くと。
「ひ、ャ・・・ッあ、あああァ・・・ッ」
 その望み通りに。
 深く、肉剣を突き立て、そのまま。
 最奥に、熱く迸りを注ぎ込んだ。
「・・・・・あ、・・・・・ふ、ッ・・・」
 同時に、少年もまた極め。
 互いに、熱を放った余韻に濡れる身体を重ねたまま、どちらとも
なく唇を触れ合わせる。
「まだ、・・・・・欲しいか」
「・・・・・ッ」
 口付けの合間に囁かれ、少年の頬に朱が走る。
 戸惑ったように、僅かに視線を彷徨わせ。
 やがて。
 額を突き合わせるようにして覗き込んでくる男に、その視線を
合わせ。
 フワリと。
 艶やかに華のごとく微笑んだ。
「お前は、そのために生まれてきたのだろう・・・?」
 それが答え、と。
 鮮やかに咲く、その華に。
 男もまた、満足げに笑んで。
 その身を、深く沈めた。



 差し込む日の眩しさに。目覚めると、男の姿はなく。
 転がっていた死体も、いつの間にか何処かへ葬られたのか、少年は
ひとり雨上がりの朝を迎えた。
 夢現に。
 男の囁いた言葉を思い出す。
 
   君が望めば
   俺は
   君と共に

 そして自分は、ゆるゆると首を振った。
 まだ、その刻ではないと。
 何故そんなことを言ってしまったのか、分からぬままに。
 男は少し寂しげに微笑みながら。
 求められるままに、少年の内を濡らした。




「・・・・・名も、聞かなかったな・・・」
 そして、自分も名乗ることは無かった。
 互いの名さえ知らぬままに。
 呼ぶべき名さえ告げぬままに、幾度となく交わり合った。
 望めば。
 刻が来れば。
 名を呼び交す日が、いつか。
「・・・まずは」
 降りしきる雨の中、視線を巡らせれば。
 ひっそりと佇む、まさに雨宿りには打ってつけの小屋。
 何かが、起こる。
 始まりの、予感。
 そんな、奇妙な確信にも似た感覚に引き寄せられるように。
 少年は、ゆっくりと歩き出した。

 既に回り始めたのであろう、運命の歯車に。
 紡がれる糸に絡め取られていくのを、否応無しに感じながら。

 それでも、共に。
 在るというのなら。

 内に灯った微かな光を抱き締めるように。
 今は。
 振り向かない。






・・・・・長ッ(クラリ)!!
とうとう名前が出てきませんでしたが、言う間でも無く
奈涸×龍斗なのでございます・・・ええ!!
ひーたんがマワされかけるシーンを、喜々として書いて
いたのは秘密です(爽笑)v
っつーか、助けろよ・・・抜け忍め(涙)。
このSSは、カウンター22222のキリ番を踏んで下さった
広也サマに愛を込めつつ捧げますのですv