『解放』



 また、此処で逢おうなんて。
 そんな、勝手な言葉。
 だけど。
 それ、だけで。



「・・・泣かへんのかいな」
 独り旅立つ背を、見送って。
 彼が消えた方向を。
 その道を。
 ただ。
 瞬きもせずに。
 見つめる、背に。
「どうして俺が、泣かなきゃいけないんだ」
 かけられた、声に。
 振り向きもせず。
「泣いて縋ったら、もしかしたら・・・っちゅうことも
あり得るで」
「・・・・・ここ、を・・・護れだとさ」
「・・・・・・・」
「そんな、勝手な事・・・抜かす奴なんて、知らない」
 きっぱりと。
 強い口調で。
 そう言って、振り向いた貌は。
 やはり、泣いてなどいなくて。
 でも。
「・・・・・痛そうやな」
「うるさい」
「責任、取ってもらうべきやで」
「・・・・・黙れ」
 この。
 身の内に。
 孕んだ。
 狂おしい。
 想いを。
「・・・・・わいでは、あかんか?」
 傍らを擦り抜けようとして。
 真際。
 かけられた声に。
 立ち止まれば。
「わいに、しとき」
 腕を、取られて。
 引き寄せる、力は。
 弱いものでは、なかったけれど。
 痛い、程に。
 優しくて。
「あんさんが、その内に孕んだもんは・・・全部、わいが
受け止めるさかい・・・」
 愛も。
 憎しみも。
 哀しみも。
 全部。
「わいと・・・京へ、行こ・・・・・」
 大事に、するからと。
 普段からは、想像も付かないような。
 真摯な、声で。
 告げられて。
 疼く。
 まだ、開いたばかりの。
 深い。
 傷、が。
「・・・・・それでも」
 暖かい抱擁から。
 そっと、抜け出して。
「それでも・・・・・約束、したから」
「・・・・・」
 切なげに。
 見下ろす、隻眼を。
 真直ぐに、見上げて。
「あの言葉で・・・・・俺は、此処に縛られているから」
 此処、で。
 また。
 逢おう、と。
「・・・・・攫いたい、んや・・・身体も、心も・・・
奪って、わいのものに、したいんや・・・ッ」
 尚も。
 激しく求める、腕を。
 ゆるゆると、首を振り。
 拒んで。
「・・・・・有難う」
 謝罪、ではなく。
 感謝、を与えられて。
 それでも。
 擦り抜けた想いに。
 唇を、噛み締めて。
「・・・・・あの御人は、狡いなぁ・・・」
 遠ざかる、背を。
 見送る事も、出来ずに。
「京で遇(お)うたら、絶対殴ったる」
 独り。
 呟いて。
 彼も、また。
 真直ぐに、その道を。
 歩き出した。



 そして。
 4年。

 また、桜が舞い散る。
 この、道に。
「・・・・・景色はだいぶ、変わったみてぇだな」
 けれど。
 この桜は。
 変わらない、と。
 呟きながら、行き交う人の間を縫って。
 懐かしい町へと、知らず早くなる歩調に、苦笑すれば。
「・・・・・ッまさ、か・・・」
 不意に。
 かけられた声に、振り返れば。
「・・・・・もしかして」
「・・・・・お久し振りです、蓬莱寺さん」
 見慣ぬ着物姿ではあったけれども。
 その、凛とした面差しは紛れもなく。
「凉浬ちゃん、だよな・・・・おぅ、元気そうだな」
 かつて共に闘った仲間。
 元・徳川幕府の隠密であった、凉浬その人で。
 懐かしさに、自然と笑みが溢れ。
 手を上げて、歩み寄れば。
 何とも。
 複雑な顔をして。
 見上げてくるのに。
「・・・・・何か、言いたそうだな」
 それも。
 無理は、なかろうと。
 なにしろ、誰にも何も言わずに、江戸であったこの町から、
姿を消したのだ。
 そう。
 彼を、除いて。
 誰にも。
「私から申し上げる事は、何もありません」
 何処か剣呑な表情に。
 頭を掻きつつ。
「まァ、・・・・ところで、その・・・・・」
「龍斗さんですか」
 言い澱めば。
 ズバリと。
 言い当てられて。
「・・・・・あァ、そう・・・・なんだけどよ」
 今。
 一番、顔を見たい。
 逢いたい、彼の人の所在を。
 ここで。
 彼女に問うて良いものかと。
 やや、視線を彷徨わせれば。
「・・・・・今、更・・・」
 俯き加減に。
 呟いた言葉に宿る。
 憤りを。
 隠さぬ、ままに。
「・・・・・済まねぇ」
 思わず、謝りの言葉を口にすれば。
「それを言う相手は、私ではないでしょう」
 明らかに。
 責める、口調で。
 突き刺さるような、視線で。
 見上げて、くるから。
「・・・・・済まねぇ・・・」
 それでも。
 その言葉しか、出て来なくて。
 再度、口にすれば。
 諦めか。
 深い溜息をついて。
「あの人を・・・縛り付けて、置き去りにした貴方に、
顔を見せる資格など、ない・・・・・けれど」
 それでも。
「・・・・・ずっと、待っていた・・・・・」
 彼、は。
 此処で。
「・・・・・逢いてぇんだ・・・」
 絞り出すように。
 掠れた、声で。
「あいつに、・・・・・逢う為に、俺は・・・・・
何処に・・・教えてくれ、あいつは何処にいるんだ!?」
 肩を捕まれ。
 その力に、顔を歪ませながらも。
 その言葉に。
 瞳の、奥に。
 確かに。
 感じた、ものを。
「・・・・・龍泉寺、は・・・今は、学び舎として生まれ
変わっているのですが・・・」
 それ、を。
 彼に。
 届けねばと。
「そこに、いるのか!?」
「・・・・・そうですね」
 凉浬の言葉を聞くやいなや。
 身を翻し、駆け出す、その。
 情熱を。
 どうして。
 もっと。
「・・・・・早く」
 呟きは。
 花を散らす、風に。



 かつて、共に過ごした場所。
 あのボロ寺のあった場所には、立派な学舎が建てられていて。
 それでも。
 氣は。
 変わらない。
 懐かしい、心地に。
 目を細めれば。
「・・・・・蓬莱寺か」
 門を潜ったところで。
 聞き覚えのある、低い声に。
 視線を巡らせれば。
「・・・・・げ」
 正直なところ。
 あまり、好んで会いたいとは思わぬ人物を。
 見つけて。
 あからさまに、顔を顰めれば。
「何しに来た」
 相変わらず。
 にべもない、様子で。
「・・・ッ別に、てめぇに会いに来たわけじゃねェ」
 というか。
 どうして、この男が此処にいるのか。
 ふと湧いた疑問を、見透かしたように。
 唇の端を歪めて。
「俺は、ここで教鞭を執っている」
 告げれば。
 まさか、というように目を見開いて。
 それでも。
「・・・・・百合ちゃん、か・・・」
 かつて、龍閃組を取り纏めた、今はこの学び舎の学長を
務める女の名を、ボソリと呟き。
 納得、した様子で。
「・・・・・それはそうと、ひ・・・」
「裏手に、桜の木がある」
「・・・・・?」
 顎で、示せば。
 怪訝そうな、目を向けるのに。
「・・・・・待ちくたびれて、」
 眠ってしまった、と。
 言い終わるのを、待たずに。
 駆け出す背を。
 煙管を燻らせ。
 見送りながら。
「・・・・・早く」
 彼を。
 ここから。
 呟きは。
 紫煙と共に、空に消えて。



「・・・・・ッ」
 息を切らせて。
 教えられた、桜の大木。
 その、降りしきる、花びらの下。
 幹に。
 身体を預けるようにして。
 目を、閉じている、のは。
「・・・・・ッひーちゃん!!」
 駆け寄るより、先に。
 堪らず、叫べば。
 ゆっくりと。
 瞳が、開いて。
 ぼんやりと、視点が定まらない、それが。
 やがて。
 佇む、京梧を捕らえて。
「・・・・・」
 言葉は、なく。
 ただ。
 柔らかに微笑む。
 貌に。
 胸が、締め付けられるようで。
「・・・・・ッ待たせた、・・・けど・・・ひーちゃん、
俺は・・・・・・・ッ」

 ・・・・・京梧

 花弁を濃くした色の唇が。
 微かに動いて。
 風に。
 乗って、届いた言葉を。
 確かめる、間もなく。
「・・・・・な、ッ・・・・・」
 まるで。
 夢、かと。
 目を疑う、ように。
 それは。
「・・・・・ッひーちゃん・・・!?」
 その姿は。
 花の舞い散る中、かき消されるように。
「ひーちゃん!!・・・・ッ」
 駆け寄って。
 その、根元。
 つい、今し方まで。
 龍斗が。
 座っていた、そこは。
 何も、なくて。
 ただ。
 ほんの、微かに。
 柔らかい。
 彼の。
 氣、だけが。
「・・・・・どう、いう・・・・・」
「緋勇には、逢えたのか?」
 呆然として、座り込む頭上から。
 かけられた声に、振仰げば。
 やはり、表情のないまま。
 見下ろす、瞳が。
「・・・・・ひーちゃん、が・・・確かに、いたのに・・・
此処に、いたのに・・・ッ」
 降り積もった花びらを。
 掻き抱いて。
 その、微かな氣を。
 確かめるように。
「お前が旅立って・・・・・三月後だ」
 彼の。
 宿星は。
 既に。
「・・・・・連れて行ったところで、結果は同じだっただろう。
あいつの身体は、もう・・・・・」
「・・・・・ッ嘘だ!!」
 信じたくない。
 信じたくない。
 彼が。
 龍斗が。
 既に。
「・・・・・ッ此処で!! 約束したんだ・・・・・ッ此処でまた、
逢おうぜ・・・って・・・・・」
「その言葉が、・・・・・あいつを此処に縛り付けたのか」
「・・・・・ッ」
 此処で、と。
 その言葉に。
 魂すら。
「・・・・・俺の、せいか・・・・・?」
 もう。
 目の前が。
 歪んで。
 何も。
 見えない。
「・・・・・たまに、ここで・・・話し相手になってやるが」

 あの時
 本当はね
 泣いて縋ってでも
 あいつと行きたかった
 あいつと
 生きたかった
 でも
 あいつが
 いつかきっと
 俺を

「・・・・・待って、いるんだ・・・・・今でも」
 だから。
 早く。
「・・・・・ひーちゃん」
 顔を、上げて。
 涙でぐちゃぐちゃで、こんなみっともない面。
 笑われるかもしれないけど。
 でも。
 ちゃんと、言うから。

「俺と・・・・・一緒に、行こうぜ」

 風が。
 花びらを。
 巻き上げて。
 散り行く、様を。
 その中に。
 あの、氣を。
 そして。

 ・・・・・京梧

 声を。
 確かに、聞いて。
 フワリと。
 包み込まれる、感覚。
 愛しさと。
 切なさと。
 染み入ってくる。
 感情。

「・・・・・ひーちゃん」

 囁いて。
 そっと、目を閉じた。




「・・・・・散ったのかい」
「ああ」
 見上げけば。
 すっかり、花を落とした。
 桜の、木が。
「迎えが来たからな」
「・・・・・そうかい」

 再び、旅立つ。
 今度は。
 一緒に。

「行くぜ、ひーちゃん」

 ずっと。
 共に。
 離さない、と。





す、済みませ・・・(ガクリ)。
死にネタ、自分でもちょっとアレなの
ですが・・・。でも、実はあのEDを見ながら
浮かんだ話でした。ううう。
子孫は、ちゃんと生きて幸せになるのです。
っつーか、責任取りなさい(真顔)。