『邪魔はさせない』




「・・・・・ん」
 夜明け前の、静かな薄闇の中。
 ふと感じた肌寒さに、布団の中で身じろぎした龍斗は。
 自分を抱いていたはずの、温もりの。
 行方を探して。
 伸びをするように、しなやかな腕を伸ばせば。
 その先。
 指先に。
 触れた、もの。
「あ、ッ・・・・・・・・」
 冷たい、金属の感触。
 ジャラリと鳴る音に。
 それが。
 鎖で戒められた、妖刀であると。
 朧げな意識の中、気付いて。
 寝る時ばかりは、さすがに霜葉といえど、こうして降ろし
それでも目の届く範囲の場所に置いていて。
 そういつも、彼は。
 肌身離さずに。
「・・・・・村正」
 少し、だけ。
 嫉妬めいたものを感じつつ。
 それでも。
 彼、が。
 真直ぐに、見つめて。
 固い鎖ではなく、自身の暖かい腕で捕らえて。
 強く、抱き締めるのは。
 他ならぬ、自分であって。
 その腕に。
 ずっと、抱かれていたいと思うのに。
「霜葉・・・・・何処」
 ここに村正を置いているのだから、早朝の鍛練に出かけたと
いうことはなく。
 まだ彼の人の氣が残る褥。
 抱き締められているような、心地よさに。
 それでも、本当の温もりに。
 彼に、触れたくて。
 霜葉を探しに、布団から出ようと。
 無意識の内に掴んだままであった刀から、手を離そうとして。
「・・・・・ッ!?」
 固く冷たい鎖の隙間から。
 じわりと。
 漂う、それは。
「・・・・・や、ッ」
 村正の。
 陰気に。
 吸い付かれたように。
 手が。
 離れ、ない。
「そん、な・・・・・」
 触れた部分から。
 まるで、触手のように。
 肌を這う、感触に。
 ザワリと、背筋を駆け上る悪寒と。
 それと。
 相対するような。
 奇妙な。
「あ、ァ・・・・・」
 浮遊感は。
 おそらく、氣を。
 急激にではないものの、少しずつ。
 絡め取るように。
「い、や・・・・・ッ」
 漏らした声に。
 もの言わぬはずの、村正が。
 微かに。
 嘲笑ったような。
 その、気配にさえ。
 痺れるような。
「・・・んッ・・・・・」
 まるで、それは。
 悦楽にも似た。
「や、・・・・・村正・・・」
 感覚に。
 意識を。
 奪われそうに、なるのに。

「・・・・・ッ何をしている」

 濃密な陰気を切り裂くような、鋭い声に。
 飛びかけていた意識が。
 引き戻される。
「・・・そう、は・・・・・」
 掠れた声で呼べば。
 すぐに、傍らに跪いて。
「龍・・・ッ」
 手に握られていた村正をもぎ取るようにして。
 奪い、忌ま忌ましげに部屋の角に。
 投げ付ければ。
 一瞬、凄まじい陰気が立ち上ったものの。
 霜葉、との。
 暫しの、睨み合いの後。
 ス、と。
 潮が引くように。
 やがて、何事もなかったかのような。
 静けさが戻って。
「龍、・・・ッどうした!?」
「あ、・・・・・あ」
 それでも。
 カタカタと。
 霜葉の腕に抱かれる龍斗の。
 震えは、止まらずに。
「氣を、・・・・・僅かだが、喰われたか」
 人並外れて膨大な氣を持つ龍斗からすれば、それは
本当に極微量であって。
 生命に危険をもたらすことも、ない。
 そのはず、であるのに。
「や、あァ・・・・ッ」
 喘ぐように、縋り付く龍斗を抱き締めながら。
 部屋の片隅に放り出された刀を。
 鋭い目で睨み付け。
「・・・・・悪ふざけが過ぎるぞ」
 聞くものを背筋まで凍り付かせそうな、声に。
 村正は、沈黙したままで。
「・・・・・ッ霜葉・・・」
 心細げに。
 見上げてくる龍斗に、視線を落とせば。
「ッ・・・・・」
 潤んだ瞳に。
 揺れる、のは。
「霜葉、霜葉・・・・・どうしよう、俺・・・ッ」
 紛れもなく。
 情欲に。
 溺れ。
 尚も求めるもの、の。
「・・・・・こういう形は、本意ではないが・・・」
 苦々しげに呟きながらも。
 宥めるように、裸の背を撫でる手は。
 優しく。
 そっと、支えるようにして。
 まだ。
 数刻前の、情交の名残りが残る、そこに。
 龍斗を横たえて。
「鎮めてやる・・・・・」
 俺の、氣で。
 身体で、だから。
 思う存分。
 貪るがいい。
「・・・・・ッあ・・・」
 囁けば。
 それだけで、歓喜に。
 身を震わせて。
「頂戴・・・ッ霜葉、の・・・・・いっぱい・・・ッ」
 覆い被さる身体を、かき抱き。
 脚を、絡めて。
 強請る。
 愛しい、身体で。
 声で。
「・・・龍、ッ・・・・・」
 本意では、ないと。
 言いながらも。
 それは、確かなものであるけれども。
 あくまで、それはこの状況に至るきっかけ故であって。
 龍斗を。
 求めてやまぬ、者を。
 抱く、ことは。
 霜葉にとっては、かけがえのない歓びで。
「あ、あァ・・・ッ」
 残滓に濡れる、そこに。
 性急に押し当てた猛りを、衝動のままに突き入れれば。
 貪欲に引き込もうと絡み付く内壁に。
 その、熱さに。
 目眩のするような、快感と。
「霜葉・・・・もっと、ねぇ・・・もっと、欲しい・・・」
 強請る、声に。
 自制心も。
 なにもかも。
 忘れて。
 ただひたすらに。
「龍、・・・・龍ッ・・・・・」
 求めあう。
 ふたつの、身体と。
 心と。
 重なって。
 溶けて、混ざりあう。
 そんな錯覚さえ覚える程に。
「中、で・・・・・ッ」
 その要求のままに。
 龍斗の内に、精を放って。
 ヒクヒクと痙攣する肉鞘に、1滴残らず。
 搾り取られる、気さえするのに。
「・・・・・霜、葉」
 欲に濡れた声で。
 呼ばれて。
 フワリと笑む貌は。
 無垢な少女の如き幼さと。
 妖艶な花魁の如き強かさ。
 いっそ、相反するようなものが。
 共に、そこに存在する。
 それが。
 龍斗、であって。
「まだ、・・・・・足りないのだろう・・・?」
 熱い吐息と共に、耳朶に囁けば。
 自ら、ゆるりと腰を揺らして。
「もっと・・・・・溢れる、くらい・・・・・」
 霜葉を。
 ちょうだい。
「・・・・・望む、ままに」
 興奮に乾いた唇を、舐め上げて。
 再び勢いを取り戻した肉塊を、一旦引き。
「あ、・・・・ッ」
 弛緩した身体を、裏返すようにして。
 腰を掴み、高く持ち上げさせ。
 露になった、蕾に。
 己の放ったもので、トロトロに溶ける、そこに。
 突き降ろすように。
 固く張り詰めた欲望を。
 深く、深く。
 埋める。
「んッ・・・・・ふ・・・あ、・・・んんッ」
 反る、しなやかな背中の線を。
 転がる汗を追うように、唇を這わせて。
 回した手で、龍斗の膨らんだ欲も。
 煽れば。
 あっけないくらいに、すぐに弾けて。
 途端、きつい締め付けに。
 強く射精を促されながらも、辛うじて堪え。
 余韻に震える身体を、背後から抱き締めるように。
 引き寄せて。
「あ、ん・・・・・ッひ、や・・・あッ」
 自らは腰を降ろし。
 後ろから。
 開かせた脚を抱え上げるようにすれば。
 露になる、下肢に。
 羞恥故か、ゆるゆると首を振る龍斗が。
 朧げな視界の中、捕らえたのは。
「・・・・・や、ッ」
 まだ夜の明け切らぬ薄闇の中。
 部屋の片隅で。
 視て、いるのは。
「・・・・・見せて、やろうか」
 村正、に。
 お前の、乱れる様を。
 俺の肉剣に貫かれて。
 歓喜に見悶える、その姿を。
「そして、思い知るが良い」
 これ、は。
 お前のものになど、ならぬのだと。
 2度と。
 彼の氣の、ひとかけらでも。
 喰らう、ことは。
 赦さない、と。
「俺、だけだな・・・・・龍、お前を満たせるのは」
「んッ・・・・そう、は・・・だけ・・・ッだから・・・」
 もっと。
 たくさん。
「して・・・ッいっぱい、霜葉・・・・・ッ」
 注いで。
 満たして。
 その、色に。
 染めて。
「あああッん・・・は、ッ・・・やァ・・・んッ」
 その肌を。
 舐め回すような、何かの視線を。
 絡み付くような、それは。
 いっそ、快感に摺り替えられて。
「この、・・・・・俺だけだ」
「霜葉、・・・・ッあ、あァ・・・・・ッ」
 激しく突き上げ、揺さぶられて。
 村正、に。
 視られている、という意識さえ。
 もう。
 龍斗には、霜葉が。
 与え注ぎ込む熱情だけが全てで。
 愉悦に溺れる愛しい身体を抱き締め。
 肩ごし、吐息さえ奪い尽くすような口付けを与えながら。
 微かに刀身を震わせる村正に、チラリと視線を向けて。
 不敵に微笑む、勝者が。
 いた。



「なんや、龍斗はんは、おらんのかいな」
 いつもより、少し時を遅くして。
 背に村正を縛り付け、鍛練場に姿を見せた霜葉に。
 太い枝に腰掛け、足をブラブラさせつつ、声をかけてきた
們天丸を一瞥し。
「俺の不注意で、村正にちょっかいを掛けられて・・・・・
大事をとって寝ている」
 珍しく、事の次第を告げるのに。
 一瞬、あんぐりと口を開きながらも。
 すぐにニヤニヤと、含みの有る笑いを浮かべて。
「そんなこと言うて、悪戯したんは壬生はんの方と、ちゃう
んか〜?後ろから前からアンアン言わせて、足腰立たへんように
されたんやな、龍斗はん・・・気の毒になぁ」
 ひとり、納得したように頷くのに。
「貴様も見ていたのか」
「・・・・・ほんまに、そうなん?」
 暫し。
 何やら気まずげな空気が流れて。
「・・・・・ま、それはそうと。貴様も、て・・・誰やの?
誰に見せとったん?」
 何処か羨まし気な色を滲ませつつ、問うてくるのに。
「見せた、というより・・・・・見せつけてやったのだ。
あれが俺のものだというのを、思い知らせるためにな」
「・・・・・どこを要点にツッコめば、ええんか悩むわ」
 肩を竦め。
 ひょいと身軽な動作で、枝に立ち上がって。
「観客が必要やったら、いつでも呼んでや〜」
 ほな、と。
 一陣の風と共に、姿を消すのに。
「見せ物ではないというのに」
 見せつけてやりたいという、気持ちとは裏腹に。
 本当は。
 龍斗の。
 どんな、姿だって。
 見せたくは、ない。
 誰にも。
 誰の目にも、触れさせたくはないという想いだって。
 あるのだけれども。
「・・・・・難しいな」
 真面目な顔で。
 思い悩む様子に。
 背の村正が。
 こっそりと溜息をついていたとか。
 それすら、気付くこともなく。
 満たされて。
 溢れそうなのは、霜葉だって同じで。
「・・・・・龍」
 呟けば、それだけで。
 満たされていながらも、求める気持ちは際限なく。
 フ、と笑みの形に口元を歪め。
 踵を返すと、つい今しがた来たばかりの山道を。
 引き返して。
 そして。
 朝寝をしている龍斗の傍らで。
 久し振りに書を捲るのも、悪くはないと。
 
 当然。
 背の刀は。
 部屋の片隅で。




村正×龍斗に突入しそうなのを、辛うじて
踏み止まりつつ(や、ソレはソレで萌え←まさに総受け)。
霜葉ったら、もう(何)!!独占欲は、御屋形様と良い勝負
かもしれません(怯)。というか、龍斗相手では
しょうがないんです。メロメロキューなので(何)。
そして、また出没する天狗(笑)。