『ほんとはね』
真直ぐ、だけれど。
素直、じゃないのは。
きっと。
同じ。
「ッ、くそ・・・たんたんのくせに ! 」
「・・・どういう理屈なんだか」
風祭の蹴りや拳を、ヒラリと舞うように交わしながら、龍斗は
苦笑混じりの溜息を洩らした。
確か、珍しく2人で鍛練など始めたはずである。
通り掛かった桔梗にも、仲が良いねぇ…と微笑まれたばかり。
いや、おそらく。
その時から、なのだ。
風祭の様子が、微妙に変化したのは。
「何を苛立っている」
「う、うるさい ! 黙れ・・・ッ」
真っ赤な、顔。
激しく身体を動かしているせいなのか、それとも。
「ともあれ。そんな闇雲に技なんか出したって、俺には擦り傷
ひとつ付けられやしないよ」
「な、・・・・・」
「はい、お終い」
フワリ、と綺麗に微笑んだまま。
瞬時に繰り出された龍斗の蹴りが、風祭の脚を薙いだ。
「く、・・・・・ッ」
「受け身もなってない」
勢いづいたまま、地面に顔面直撃スレスレに転がってしまった
風祭を見下ろしつつ、ぴしゃりと告げれば。土塗れの頬が、憤り
故かピクリと引き攣る。
「さて。お待たせ、桔梗」
そんな風祭に背を向け、龍斗はすぐ近くの木の下で佇みながら
様子を眺めていた桔梗に微笑いかけた。
「ふふ、なかなか面白いものを見せて貰ったよ。さあさ、坊やも
早く起きて、手も顔も綺麗に洗っておいで」
丁度、昼餉の支度が整う時刻である。
フラリと鍛練に出た2人を、桔梗は迎えに来たというわけで。
「そんな、子供扱いしたら・・・またあいつ、怒るよ」
クスクスと笑いながら龍斗が呟けば。
「だって、ほんと坊やなんだから・・・ねぇ」
可笑しそうに応えつつ、しかしこれだけアレコレ言われている
というのに、いつものように抗議する声もないことに、怪訝に
思った桔梗が、まだ座り込んでしまっているのかもしれない風祭
を返り見ようと、して。
「ッ、たーさん ! 」
「え、・・・・・ッ」
桔梗の悲鳴のような声と、ほぼ同時。
頬を掠めていった、もの。
視線の端、転がる礫。
微かな痛みにそろりと手を這わせれば、指先を赤く生暖かいもの
が濡らした。
「坊や、あんた何てこと・・・ッ ! 」
「桔梗、いいから」
掴み掛からんばかりの桔梗を、赤く染まった手で制し、龍斗は
ゆっくりと風祭の方へと足を踏み出した。
「たーさん ! 」
「済まない桔梗、・・・すぐに追い付くから、先に屋敷に戻って
いて」
でも、と言いかけて。
龍斗の瞳の中、微かに揺らめいたものに。
桔梗は小さく溜息を洩らしつつ、サッと踵を返した。
「しっかりお仕置きしておやりよ」
「お仕置き、ね」
楽しげに笑う龍斗の言葉を背で聞きつつ、桔梗は呆然と立ち尽く
していた風祭を思い、またそろりと溜息をついた。
笑っていた、けれども。
龍斗は、怒ってもいた。
そして。
どこか。
嬉しそうでもあったのだ。
「澳継」
声を掛ければ、やや強張っていた身体が目に見えて揺れた。
龍斗が目の前に立っているのに今ようやく気付いたかのように
瞳が大きく見開かれ、その白い頬に一筋伝った赤い色を映した途端
それは苦渋の表情へと変わる。
それでも、顔を逸らさなかったことに、龍斗は半ば安堵を感じ
つつ、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「悪かったって、思ってるんだ?」
「・・・・・」
「擦り傷だし、・・・気にしなくて良いよ」
「ッ、貸しにでもするつもりかよ・・・」
「借りを作るのはイヤだってこと?」
フ、と微笑う貌は、やはりとても。
風祭も認めざるをえないほど、綺麗で。
その綺麗な顔に、付いた傷。
付けた、傷がやけに生々しくて。
戦闘で、傷を負うことなど珍しくもないはずなのに。
酷く。
後ろめたくて、そして。
白い頬に、赤い血が。
こんなにも。
「・・・・・痛い」
「え、・・・・・ッ」
そんな、笑いながら言う台詞じゃないだろうとは思うのに。
そんな痛いもんでもないだろうと、分かるのに。
それでも。
「・・・・・治して」
「た、・・・・・」
「澳継」
どうしたら、なんて。
聞くより前に、身体が動く。
掴んだ肩は、細いけれどしなやかで。
引き寄せれば、その身の重みを感じさせない感覚に。
半ば夢うつつのような気さえするのだけれど。
「あ、・・・・・」
その朱に吸い寄せられるように、唇を寄せそっと舌先を押し当て
れば、ややねっとりとした血の味が。
耳に掛かる吐息が。
現実なのに、恐ろしく。
甘ったるい。
傷口から滲み出る血を、何度も舐めとって。
その度に、微かに洩らされる溜息にも似た吐息に。
誘われるように。
「澳、・・・・・」
言葉ごと、奪った。
やや遅れて昼餉の席に着いた2人に、桔梗はコソリと伺うような
視線を向けた。
龍斗は、別段変わったような素振りは見せないけれども、風祭が
奇妙な程に大人しい。何処か、不貞腐れているようにも見えるし、
よくよく観察すれば、そわそわと落ち着きがないようにも感じる。
「たーさん」
昼餉を終え、風祭はさっさと広間を出ていってしまったけれど、
律儀に膳を片付けようと残った龍斗を、捕まえ。
半ば、確信にも似た思いで。
「やっぱり、わざとだったんだね」
「・・・・・どうかな」
はぐらかされたようでもあり、それでも。
その微笑みは、認めてしまったようでもあって。
「少し妙だとは思った・・・あんな礫ぐらい、たーさんなら・・・」
「怪我の功名?」
クスクスと笑いながら器を重ねていく龍斗に、桔梗は呆気に取られ
つつ。
「たーさんは、巧妙・・・だねぇ」
「上手いね、桔梗」
返して、そして互いに笑い合って。
「これ片付けたら、またあいつと鍛練場で会うことになってるんだ」
「鍛練、ねぇ・・・」
「若いよね、ほんと」
楽しげに微笑う貌に、一瞬過った艶めいた彩に。
桔梗は、やれやれと肩を竦めながら、龍斗が来るのを表向きは仏頂面
で待っているであろう風祭を想像して、肩を揺らして笑った。
風祭澳継くん、御誕生日おめでとーうv
毎度、搦め取られておりますです、青少年v
傷モノ(?)にした責任は取って頂くですよ・・・くくくv
若い2人に幸あれv