『昼時に御用心』



 久し振りに、のんびり平和な昼下がり。
 少し遅めの昼飯にと、手弁当など持って。
 双羅山へと、龍斗は足を向けた。


「・・・気持ち良い」
 見晴しの良い、木々の開けた場所で。
 思いっきり、伸びをする。
 山の空気は、美味しい。
 龍斗の氣に惹かれて寄ってきた雑霊の類いを、手のひと振りで
散らしてしまえば。
 その一角だけ。
 清浄な空間が。
「こういうところで食べる御飯は、また格別なんだよな」
 ひとり、呟けば。
「うんうん、せやせや。よう分かるわ、その気持ち」
 頭上から降ってくる、相づち。
 その主は、言わずもがな。
「・・・・・・・」
 敢えて。
 無視を決め込めば。
「何や何や。せっかく、優しいもんちゃんが、独りで喰う飯は
寂しいと思って、御相伴に預かろうと後付けて来たったのに」
 何を勝手な事を。
 というか、後を付けられていた事に、全く気付かなかった。
 それ程、彼の氣はこの双羅山に、見事に溶け込んでいて。
 だからといって、やはり気配を察知出来なかったのは、不覚と
しか言い様がなく。
 軽く、舌打ちすれば。
「あかんで、別嬪がそんな行儀の悪い」
 高い枝を揺らして。
 軽々と地面に降り立った們天丸は、手に持った扇をヒラヒラと
仰ぎながら、龍斗が座るに丁度良いと選んだ岩へと歩いてくる。
 そして、手元を覗き込み。
「おッ、おむすびやなッ ! 旨そうやなッ ! 」
 膝の上に広げられた、竹の皮の包みには。
 綺麗な三角に握られた、おにぎり三つと。数切れの、たくあん。
 涎を垂らさんばかりに、眺めてくるのに、溜息をついて。
「・・・・・お前の為に作って来た訳じゃない・・・」
 呟けば。
「もしかして、龍斗はんが握ったんかいな」
 更に。
 目を輝かせて問うてくるのに。
 コクリと、頷けば。
「そうか、龍斗はんの手作りなんかー・・・そら、もんちゃんと
しては、是非とも味見さして貰わなあかんな」
 どういう理屈だ。
 突っ込みたいのを、堪えつつ。
 このまま、おにぎりを喰うまでは、ずっと張り付いていそうだなと、
またひとつ、溜息を零して。
「・・・・・ひとつ、やる」
 そう、告げれば。
 一瞬、惚けたような顔をして。
 すぐにそれは、満面の笑顔へと変わって。
「ほんまに、ええんか?おおきにッ」
 そして。
 その大口を開けた笑顔のまま、固まっているのに。
 怪訝そうに、首を傾げれば。
「何してんのや、早よう」
「・・・・・何をだ」
 何となく、嫌な予感がして。
 眉間に1本、皺を寄せつつ。
 問うてみれば。
「あ〜んや、ほれ」
 大きく開いた口を指差して。
 そんな、ことを。
 のたまって。
「・・・・・・何で、俺がそんなこと・・・」
 眉間の皺を、もう1本追加しつつ。
 不機嫌をあらわにすれば。
「恋人同士の基本やで」
「ッ誰と誰が、恋人同士だ!!」
 そう言われては。
 突っ込むしか、ないのが普通で。
 龍斗の、その反応に何やら満足げに頷きながら。
「ま、ええやん。天気もええし」
 のほほんと。
 その飄々とした様子に、もはや言い返す気も失せて。
 包みの中から、おにぎりを1つ、掴み出して。
「・・・・・食え」
 顔の前に、差し出せば。
 にんまりと、笑んで。
「やっぱり、優しいなぁ・・・龍斗はんは」
 ガブリと。
 三角のてっぺんに、齧りつく。
 そして、もぐもぐと咀嚼して。
 うんうんと、頷きながら。
「旨いわー・・・・ほんま、幸せや」
 本当に。
 幸せそうに、笑うのに。
 どうにも、落ち着かなくて。
 手は、そのままに。
 顔だけ、そろりと逸らして何気なく空を仰げば。
「・・・・・ッ、ひ・・・」
 ふた口目。
 齧った、その歯は。
 龍斗の、指までも。
 やんわりと、噛んで。
「な、にを・・・ッ」
 慌てて引きかけた手を、すかさず掴んで。
 ニヤリと、それは。
 確信犯の、笑みで。
「・・・まだ、残ってるで」
 指に。
 引っ付いた、御飯粒を。
 指ごと。
 舐めて。
 しゃぶるように。
「・・・や、め・・・」
 ゾクリと。
 背に走る、感覚に。
 思わず、声が震えて。
「指も、感じるんやろ・・・?」
 分かっていて。
 指先から舌を這わせ、付け根の。
 柔らかい、皮膚まで。
 くすぐるように。
「們天、丸・・・ッ」
 力が。
 抜ける。
 その、瞬間。
「・・・・・ッ」
 ビリビリと。
 皮膚が焼け付くような、凄まじい。
 殺気。
「・・・・・惜しいなぁ」
 付近一体を揺るがすような、その氣にも。
 平然と、笑って。
 やや名残惜しげに、その手を解放して。
「旦さんに刺されんうちに、退散や・・・ほな」
 風に土ぼこりを巻き上げて。
 瞬きの、間に。
 その姿は、消えて。
「・・・・・」
 呆然とする龍斗の視界に。
 入れ替わるように、飛び込んで来たのは。
「・・・・・龍・・・ッ」
 まさに鬼の形相の。
 背に呪われし刀を封じた、剣士。
「・・・霜葉」
 男の名を呟けば。
 表情は、すぐに柔らいで。
 それでもまだ、警戒するような氣を周囲に発しながら。
 ゆっくりと、龍斗の方へと歩み寄って。
「何も、されなかったか・・・?」
 座る龍斗を見下ろす、貌は。
 まだ、微かな憤りを滲ませていて。
 背の妖刀も、何やら不穏な空気を漂わせるのに、苦笑しながら。
「おにぎり、食べられただけだよ」
 ただし。
 もう少しで、自分まで食べられそうになった、とは。
 敢えて、告げずに。
 微笑って見せれば。
「・・・・・ならば、良いのだが・・・」
 溜息混じりに呟いて。
 その、隣に。
 極自然な所作で腰を下ろして。
 顔は。
 まっすぐに、こちらを向けて。
 強い光を帯びた瞳で。
 見つめてくる、から。
「・・・え、と・・・霜葉も、おにぎり食べる?」
 どうにも、気恥ずかしさを感じてしまって。
 それを隠すように、俯いて包みを探れば。
 ふと。
 落ちる、影。
「霜、葉・・・・・」
 そろりと。
 顔を上げれば。
「・・・・・ッ」
 その表情を確かめる間もなく。
 降りてくる、唇。
 思わず、瞳を閉じて。
 身を捩れば。
 膝から、包みが滑り落ちてしまうのに。
「・・・ッ霜、葉・・・おにぎり、・・・ッ」
「こっちが、良い」
 開いた唇から、忍び込んで来た舌は。
 味わう、ように。
 龍斗を。
 ゆるやかに、追い詰めて。
「・・・・ま、だ・・・あいつが居るかも・・・・」
 気配こそ、もう感じなかったけれど。
 もしかして、と。
 肩を、そっと押し返して。
 朱に染まった目元のまま。
 見上げれば。
「ふ・・・・ならば、見せつけてやれば良い」
 これ、が。
 誰の、ものなのか。
「う、・・・・・んッ」
 再び降りてくる唇と。
 裾から忍び込んでくる、手に。
 煽られて。
 羽織に、しがみつきながら。
 日頃の自分の『男運』なるものを。
 少しだけ。
 ほんの少しだけ。
 恨めしくも、思った。

 そんな。
 昼下がり。




食い物を粗末にしてはいけません(微笑)。
まあ、運動の後に喰うんでしょう、きっと(爽笑)。
もんちゃん、相変わらずイマイチ報われてない・・・(涙)。
どうも、この3人の微妙なやりとりが、好きらしく(笑)。
それにしても、うちの霜葉は・・・・・(何)。