『花散ラス雨』




「・・・・・嘘」
 水の香が強いのは、この敷地内に立ち篭める屋敷の主人
である男の氣のせいなのだと、そうぼんやりと思っていた。
 だが、のっそりと気だるく重い身体を起こし、僅かに
障子を開ければ、外は。
 雨。
 サラサラと庭に降り注ぐ雨は、だがしかし昨夜は相当に
強く降っていたのだろう。庭土は酷くぬかるみ、そして。
「あァ、散ってしまったな」
 声と共に背後から伸びてきた腕に抱きすくめられ、龍斗
は長い睫毛を切なげに震わせる。
 雨に煙る庭。
 昨日まで、満開に咲き誇っていた桜が。
 その花を殆ど全て、散らしてしまっていた。

「まさか、雨が降るなんて・・・」
 昨日は、日中は本当に良い天気であった。
 降り注ぐ小春日和の陽射しの中、縁側で桜を愛でながら
穏やかな時間を、ふたり。
 夜のうちに、いつしか空が曇り雨になったのだろう。
 だが、そのことに。
 龍斗は。
「君は、知らなかっただろうがね」
「雨が降るなんて、お前は一言も・・・」
 気付かなかったのは。
「・・・そうでなく、ね」
 やや責める口調の龍斗に、奈涸は微かに笑みを洩らし。
「あんなに激しい雨にも、・・・君は気付かないくらいに」
「ッ、・・・・・」
 気付けなかった、のは。
 夜の帳が降りて、薄闇が支配し始めた部屋で。
 どちらともなく伸ばした、手。
 触れて、そして。
「綺麗に・・・咲いたね」
 微笑いながら囁かれれば、無防備な首筋に掛かる吐息に。
 燻っていた火が、ぽつりと。
「ここにも、・・・・・こんなに鮮やかに」
 唇が掠めるように辿るのは、昨夜の情慾の名残り。
 火に焼けぬ肌に散らされた、それは。
 桜の花弁よりも濃い彩をして。
「あんなに濡れて・・・揺れて、乱れても。君は、だけど
・・・君自身は散りはしない。一層鮮やかに、咲くんだね」
「あ、・・・・・ッ」
 その上に、重ねるように。
 また、ひとつ。
 紅色の花弁が。
「奈涸、・・・ッもう陽が・・・」
「ふ、・・・夜に咲く花も趣があって俺は好きだが・・・
こうして、雨の朝に涼やかな光の元で愛でるのも、悪くは
ない」
 むしろ。
 そそられるものだね、と。
 軽く羽織っただけの着物を、肩から落として。
 しなやかに反る背にも口付ければ、障子の縁を掴んでいた
龍斗の手が大きく震えて、そのまま。
 畳の上、崩れるように。
「確かめさせて、・・・くれるね」
 腕の中、絡め取られて。
「闇の中、俺の手で咲かせた花が・・・幻ではない、と」
「ッ奈涸・・・・・」
 先端から零れ落ちそうに溢れる蜜を指先で拭えば、龍斗の
欲が、ひくりと跳ねる。ゆっくりと慈しむように包み込んだ
手の中、撫で上げながら。双丘の奥、散々拓いて色付かせた
蕾を舌先で突つけば、龍斗が微かに息を飲む気配がした。
「・・・龍君」
 吐息にさえ反応して揺れる身体に、その背にのしかかる
ように身体を添わせて。
「これが、・・・君が選んだものの正体だよ」
 ほんの数刻前まで、その内に在った熱。
 その形も大きさも克明に覚えてしまう程に。
 幾度も穿った。
「君の全てを潤して、・・・・・濡らしてあげよう」
「ッ、ああァ、・・・・・ッ」
 そして、また。
 ゆっくりと。
 拓けば。
 絡み付く粘膜が懐かしむように。
「な、がれ・・・・・」
 離さない、から。
「咲かせ、て」
 何度も。
 何度でも。
 それを願って、ここに。
 いる、のだから。
「ああ、・・・そうだな」
 どんなに雨に打たれ散ろうとも。
 その水を吸い上げ、また花を咲かせる。
 美しく。
 何度でも、彼は。
「俺は、そのために在るのだから」
 彼のために、存在する。
 運命よりも、何よりも。
 そう在ることを、望んで止まない。

 花。
 散らす、雨。
 そして。
 咲かせる。
 雨。 






奈涸さんにしては、エロが控えめです(え)。
如月家は、先祖も子孫も揃いも揃って、ひーたんを
濡れ濡れにするコトに、余念がない模様(そんな)v
頑張って綺麗に咲かせて下さいvコンチクショウv←あ