『触れて』




「今日は冷えるね」
 そう呟いた吐息さえ、白く。
 ほんのりと身体と手を暖めてくれていた茶も、既に
冷めてしまって。微かな温もりを惜しむように両手で
包み込んでいた湯呑みを掲げ、龍斗は底に僅かに残し
ていた茶をコクリと飲み干した。
「ならば、もっとこちらに寄ればいい」
 苦笑混じりの声に、視線を向ければ。火鉢の前に
ゆったりと腰を降ろし、炭を掻きながら。切れ長の
涼しげな瞳が、誘うように微笑みかけてくる。
「茶も、冷めてしまっただろう・・・すぐに熱いのを
煎れ直してあげるから」
「・・・・・いい」
「龍君」
 スイ、とまた視線を逸らし。
 立てた両膝に顎を乗せるようにして、龍斗は小さく
溜息をついた。
「お前、いやらしいから」
「・・・何だって?」
「すぐ、俺の身体に触れようとするだろう」
 目、だけ。
 ちらりと、伺うようにすれば。
 やはり、そこには苦笑めいた貌があって。
「寒いから、暖めてあげようという俺の心配りが理解
して貰えないのは、悲しいね」
「寒かろうと暑かろうと、雨が降ろうと晴れようと、
そんなことに関係なく、お前は手を出してくる」
 そう、巧みに。
 スルリと、肩を引き寄せ腰を抱いて。
 いつしか、絡め取られてしまうのだ。
「それは、・・・・・いけないことなのかい」
「・・・・・、ッ」
「君に触れたいと思うのは、・・・・・そうするのは、
いけないこと・・・なのかな」
 そんな。
 切なげな声で。
 瞳で。
 どうか。
「・・・・・寒い、ね」
「火鉢の側は、暖かいんだろう」
 前にしっかりと鎮座して、暖を取っているというのに。
 そんな、ことを洩らすから。
「君が、必要なんだよ」
 笑みの形に細められた瞳は、そこには確かに隠し切れ
ない情慾が揺らめいている、けれども。
「・・・・・龍斗」
「やめろ」
「・・・・・欲しいよ、君が」
「・・・・・奈涸」
「君だけが、・・・俺を暖めてくれる。身体も、心も」
 狡い、と思う。
 こういう時に、この男は無理強いするでなく、ただ。
 待つ、のだ。
 じっと。
 その、言葉で
 視線で、こうして。
 引き留めて。
「そして、・・・・・君を暖めてあげられるのは、この
俺だけだ」
「・・・・・たいした自信だな」
「そのために、・・・俺は此処にいるのだからな」
「・・・・・そこ、動くなよ」
 ゆっくりと、立ち上がる。
 一歩、ずつ。
 畳の上、その距離を縮めて。
 座る、その背後に立てば。
 微かに、喉の奥で笑う声。
「こんなに容易く俺の後ろを取るとはな」
「・・・・・茶化すな」
 憮然と呟いて、その背に。
 腕を伸ばして、そっと。
 背中から。
 抱き締める。
「龍、君・・・・・」
 洩らした声が、やや掠れていたのは。
 驚きか、感嘆か。
 それとも。
「もう、・・・動いてもいいかな」
 暫くの間、背中から抱き締められて。
 言われるままに微動だにしなかった奈涸が、やがて。
 やや焦れたように、問い掛ける。
「俺だって、君を・・・抱き締めたいんだが」
「・・・・・ああ、そう」
「龍君、・・・・・君は」
「ふふッ、・・・・・良いよ、奈涸」
 言うや、いなや。
 振り向いた男の、その腕に。
 胸の中、あっけなく。
 こうして。
「忍びのくせに、堪え性がないな」
「・・・君の前では、ただの『奈涸』という男だからな」
 ならば。
 自分も、この男の前では。
 ただの、『龍斗』という1人の人間で。
 いられるのだろうか。
「・・・・・龍、君?」
「ああ、・・・何でもないよ」
 複雑に絡み合う糸の中で、それでも。
 この手を、ちゃんと離さずにいられるのだろうか。
 消えない、不安。
 消せない。
 焦燥。
「ねぇ早く、・・・・・暖まりたい」
「積極的だね、・・・・・だが」
 そういう君も酷く、そそられる。
 耳朶に囁く声に、くすぐったげに身を竦めながら。
 温もりを。
 抱擁を。
 熱を、全身で。

 触れて欲しい、のに。
 臆病な自分は、時々。
 ふと過る、遠い闇に。
 触れるもの、全て。
 その刹那さに。

 立ち竦んで、しまうけれど。
 どうか、もっと。
 その手で。
 触れて。
 包んで、欲しい。

 願いながら、手を伸ばす。
 そこに、いると。
 いてくれるの、だと。





龍斗の前では、奈涸さんに『忍耐』などありません。
・・・・・いつでもどこでも、サワサワと(セクハラ)v
暖かさに、その心地よさに慣れてしまうと、それを
無くした時の寒さに耐えられなくなってしまいそう
ではあるのですが、だからといって拒んだり手放したり
出来るモノできナイのです、結局はv
っつーか、離しませんぜ・・・奈涸さんが(怯)。