『笑顔、の』
今日は随分歩いたね、と。
笑う、その貌は疲労の欠片も感じさせなかったけれど。
「あの茶屋で、少し休んでいくか」
視線で促せば、コトリと首を傾げる。
仕種が、何やら可愛らしくて、それでも。
口にすれば、機嫌を損ねてしまいそうだから。
「日暮れまでには、村に辿り着けるだろうし・・・団子の
ひとつやふたつで、夕餉に響く師匠でもなかろう」
「・・・・・尚雲」
やや強過ぎたかな、と後で少しだけ気が咎めてしまう程に
背を叩いて、しまって。でも、軽く咳き込みつつも見せた
笑顔が。そこはかとなく困ったような色をしいているように
思えた、のは。
「そうだね・・・じゃあ、尚雲の奢りで」
「ははは、5皿程度に留めておいてくれよ」
気のせいだったかもしれない、と。
先に駆け出した、彼の後を追って。
「・・・・・美味しいッ」
取りあえず、熱い茶と団子を3皿。
甘いものが好きだという龍斗は、やがて運ばれて来た皿に
手を伸ばし、嬉しそうに団子を頬張る。
「うちの団子は、評判良いんですよ」
龍斗の素直な賞賛の言葉に、この茶屋の看板娘であろうか、
年頃のなかなか器量良しの娘が、愛想良く応える。
その頬が微かに紅潮していたのは、おそらく。
「尚雲、早く食べないと俺全部食べちゃうよ」
「・・・・・構わんよ」
「・・・・・ほんとに?」
伺いつつも、手は九桐の目の前に置かれた皿の団子に、既に
伸びていて。拳を武器とする男にしては、随分とほっそりとした
指が、串を掴んで口元に運ぶ。
その所作を、九桐は酷く真面目な顔をして見守ってしまって
いた。
「・・・・・ねぇ」
「・・・・・ん?」
「・・・お土産に買ってこうか・・・天戒にも」
「・・・・・そうだな」
喜ばれるだろうよ、と笑顔で応える。
九桐らが慕う鬼の頭目は、殊の外甘いものが好物であるから。
それに、何より。
それを手渡すのが、龍斗であるのなら。
一層。
「・・・・・そんな、顔」
「・・・・・師匠?」
不意に。
向い合せに座っていた龍斗の表情が、翳りを見せるのに。
何か、失言でもあったのだろうかと、九桐が戸惑えば。
「・・・・・笑ってるのに、笑ってない・・・」
「師、・・・匠・・・・・」
「いつになったら、気付くんだろう・・・ねぇ」
そして、溜め息。
微かに笑う表情に、先程垣間見せた翳りは、もう無かった
けれども。
困った、ような。
そして。
探る、のではなく。
見透かす、ような。
深い色の瞳が、真直ぐに九桐を捕らえる。
「もしかして、分かってて・・・そうなんだったら・・・俺、
殴るからね」
「・・・・・待ってくれ、師匠・・・俺には、さっぱり・・・」
分からない。
本当に、彼の言葉の意味も。
憂いを帯びた、あの表情も。
「・・・・・我侭、言ったね・・・ごめん」
気付いて欲しいと思うのに。
分かってて、というのも嫌、だなんて。
「ごめん、・・・・・気にしないで」
そう言われたって。
酷く、気に掛かるのに。
知りたいと、思うのに。
「・・・・・」
でも、それっきり。
お互い、言葉が見付からずに。
取りあえず、土産の団子を包んで貰って茶屋を出る。
九桐が代金を支払っている時に、茶屋の娘がしきりに傍らの
龍斗の横顔に、熱っぽい視線を向けていたのが、とても。
気を、波立たせた。
買った団子の包みを差し出せば、龍斗は素直にそれを受け取り
やや日の落ちかけた街道を、ふたり並んで歩く。
長く伸びた影は、いつもと変わり無く寄り添っているのに。
どうにも。
隣を歩く龍斗の心が。
遠く、感じられて。
「・・・・・やっぱり、気にしてるんだね」
村の結界を通り抜けて、すぐに。
黙ったままであった龍斗が、ゆっくりと口を開く。
独り言のようなそれに、視線を向ければ。
澄んだ瞳が、九桐を映す。
「・・・・・気にするなと言われても、な・・・師匠、済まぬが
俺にも分かるように・・・」
「・・・・・良いよ」
夜の湖面のような、それに映る自分の姿が。
近く。
「・・・・・ッ」
視界一杯に広がって。
見えなくなったのは、ほんの一瞬。
瞬きすら、出来なかったというのに。
その空白のような時間、感じられたのは。
羽根のように掠めていった、柔らかな温もり。
「・・・・・分かった・・・?」
まだ近い、吐息。
呆然と、口元に手を押し当てて。
刹那、鼓動が早鐘のように打ち始めるから。
目眩と、そして。
それ、は。
「・・・・・好いて、いる・・・と」
「・・・・・」
「・・・・・師、・・・・・龍斗」
名を呼べば。
不意に、風が凪いだように。
瞳が、揺れて。
「龍斗、逃げるな ! 」
背を向け駆け出そうとした、龍斗の腕を捕らえて。
そのまま。
強く引けば、腕の中。
驚く程に馴染んで、すっぽりと収まる身体を。
「・・・・・間違いだと言うのなら、嘲笑ってくれて良い」
抱き締めれば、ゆっくりと。
自分の中で明瞭になる、その答えを。
「俺は、・・・・・お前を好いている、ということ・・・か」
「・・・・・」
抱き締められたまま、身じろぎひとつせず。
淡々と、九桐が落とす言葉を待って。
「いや、・・・・・そうなのだな、俺は・・・龍斗、お前が
好きなのだ・・・そういう、意味合いで」
龍斗は、何も応えずに。
だが、否定も肯定もしないその態度の中に。
九桐は、想いの形を明確にしていく。
「・・・・・お前が好きだ、龍斗」
ああ、だから。
笑えなかったのだ。
本当の、意味で。
笑顔には、ならなかったのだ。
「・・・・・尚雲」
ようやく、もぞりと身を動かした龍斗を、そろりと束縛から
解いて。それでも、逃してしまいたくなくて、両の肩だけは
抱いたまま。
もう一度。
額を突き合わせるようにして、瞳を覗き込めば。
さざ波のように揺れた、それは。
息を飲む程に綺麗に。
笑んで。
「・・・・・好きだ」
互いに囁く唇が、ゆっくりとその距離を縮めていく。
今度は、しっかりと触れて。
合わせて、深く。
それが夢でも幻でも無いのだと、確かめるように。
カサリ、と。
龍斗の抱えていた包みが立てた音に、少しだけ。
痛みにも似た何かが、胸を過ったけれど。
もう、これは。
誰にとて、止めだて出来ぬ事と。
白い項に、刻み込むように。
歯を、立てれば。
甘やかな溜め息が、藍色の空に。
解けていった。
ハゲ(ヲイ)、おめでとうなのよvvv
ちょこりと遅くなってしまいましたが、やはり我慢ならぬ!!
というコトで、九桐の御誕生祝いにSSをv
ナニやら、微妙ですがね・・・むー。
夕餉に間に合ったかどうかも、微妙です(笑)v
・・・・・大遅刻に3000点(何)♪