『微熱』



 考えるべきことは、たくさんある。
 なすべきことも。

 それでも。
 やはり、どうしても。



 天戒が、風邪をひいた。
 大事な御屋形様が、ということで屋敷中が慌ただしく。
 余計な心配をかけてはならぬとの配慮から、村民たちが
知るところではなかったのだが。
「風邪は万病の元ですぞ」
 との、九桐の忠言で。
 天戒は、桔梗によって床へと押し込まれてしまった。
「・・・・皆、大袈裟なのだ・・・」
 少なくとも数日は、安静にしているようにと。
 医術にも明るい、桔梗に言い含められ。
「何を言っているんです。御熱なんて、御幼少の頃以来出した
ことなどなかったってのに・・・・」
 そう言って。
 額にそっと、白い手を当てて。
「奈涸に取り寄せてもらった薬がありますから、すぐに良くなる
でしょうけど・・・今夜は、少し熱が上がるかもしれませんねぇ」
「・・・済まんな」
 まだ微熱程度ではあったけれども。
 喉に炎症がみられて。
「・・・早く、皆に元気な御姿を見せて差し上げなければ・・・」
「・・・・・そうだな」
 鬼道衆の要である者。
 それが健在であることは、全体の志気にも関わることで。
 おとなしく養生する心づもりを固めたらしい様子に、桔梗も
ようやく安堵の息を漏らして。
「御入用のものがありましたら、何なりとお申し付けを」
 そう、告げれば。
「・・・・・を・・・・」
「はい?」
 浅い息の元。
 微かに呟いた、それを。
 もう一度、しかと聞きとろうと、その口元に耳を寄せて。



「ああもう!!馬鹿らしいったら、ありゃしないよ」
 天戒の寝室から出て。
 面々が待機している広間へと、気忙しく現れた桔梗の、台詞に。
 一同、ぎょっとして振り返るのに。
「・・・わ、若の御加減はどんな具合だ」
 何やら虫の居所が良くなさそうなのを煽ることのないよう、九桐が
そろりと問えば。
「・・・・・少し御熱があるけれど、薬を飲んで休んでいれば、じき
回復なさるだろうよ」
 己を落ち着かせる為だろうか、大きく息を吐き。
 桔梗の言葉に、そう大事ないことを知り、皆一様に安堵の顔を見せる
のに。
「たーさん、ちょいと」
 その中で。
 同じようにホッとした表情をしながらも、まだ何処か不安げな瞳を
揺らす、彼を。
 手招きして。
「あんたを、お呼びだよ」
 誰がとは、言わずもがな。
 告げられて、戸惑ったように周りを伺い見ながら。
「・・・・俺、だけ?」
「そうだよ。早く・・・・・行って看病して差し上げとくれ」
 何やら言いたげな他の面々の間を擦り抜け、まだ怪訝そうな目を
向けて問うてくるのに、苦笑し。
 ポン、と。
 その肩を叩いて。
「頼んだよ」
「・・・分かった」
 送りだして。
 駆け出しはしなかったものの、気が急いてか足早に天戒の寝室へと
向かうのを。
 見送って。
 また、ひとつ溜息。
「・・・桔梗?」
「全く、あたしたちの気も知らないでさ」
 ヒラヒラと、手を振って去ろうとするのを。
「何を、そんなに不貞腐れているんだ」
「誰が不貞腐れてるって!?」
 何気なく引き止めれば、柳眉を跳ね上げた形相で、詰め寄られて。
「他人に当たるなよ」
 まあまあ、と宥める九桐に尚も剣呑な視線を向ける桔梗に。
 欠伸をしながら、風祭がボソリと呟けば。
「煩いよ、坊やは黙っといで」
「坊やって言うな!!」
 お決まりの、光景。
「・・・なんや、只のヤキモチかいな」
 繰り広げられる喧噪を、扇をハタハタと仰ぎながら面白そうに
眺めていた們天丸が。
「せやなー、甲斐甲斐しく世話してきた姐さんやのうて、今は
龍斗はんベッタリやもんなぁ」
「・・・・・・・」
 うんうん、と。
 さも得心したように、頷くのに。
「・・・・・あたしは、あの方の望みを叶えて差し上げたいだけさ」
 龍斗を側に置きたいというのなら。
 喜んで、それを叶えるだけだ。
 そう、だから。ほんの、少しだけ。
「・・・・寂しいような、そんな気がするのは何もお前だけじゃ
ないさ、桔梗」
 そう言って、苦笑する九桐だって。
 ずっと、傍らにいたから。
 だから、少しだけ。
「・・・そうさね」
 ふふ、と笑って。
 広間を出ていく桔梗を見送って。
 皆、何も言わずに。
 それぞれの為すべきことのために、散っていった。



「・・・天戒」
 そろりと。
 襖を開けて、中を伺えば。
「・・・・・龍、か」
 床に臥していた天戒が、身を起こそうとするから。
「だ、め・・・寝てないと」
 慌てて駆け寄って。
 それを押しとどめて。
 横になる、その肩まで。
 そっと、布団を引き上げ掛ける。
「龍・・・・」
「ああ、ほんとに・・・熱いね」
 そして、額に手を押し当てて。
 そのまま、薄らとかいた汗に貼り付いた前髪を、そろりと梳くように
する。
 その、感触に。
 ゆったりと目を閉じれば。
 何度もそうして、髪を静かに撫でるのを。
 夢見心地に感じながら。
「でも、大丈夫・・・薬も飲んだし・・・・・それに」
「・・・・・お前が、いる・・・・・」
 それでも、これは夢などではないのだと。
 目を開けて。
 傍らに座す龍斗を、見上げれば。
「・・・・・うん、ここに・・・いるよ」
 ふわりと。
 笑みを返されて。
「だから・・・・・安心して眠って・・・」
「せっかく、こうして・・・お前がいるのに・・・勿体無いな」
「・・・天戒」
 軽く咎めるような口調にも。
 でも、やはりそれは真実で。
 ずっと。
 この美しい生き物を。
 眺めていたいと思うのに。
「・・・・・眠っても、ちゃんと此処にいるよ」
 そう、囁くけれど。
 それでも、薬が効いてきたのか、次第に重くなる瞼を何とか
持ち上げて。
 もしも。見る夢にも、彼が現れてくれるのなら。
 このまま目を閉じてしまっても良いかもしれないと、思うのに。
「・・・・・ふふ」
 何とか寝入ってしまうまいとする、その様子に。
「・・・子供みたいだね・・・時々、天戒は」
 微笑んで。
 そんな慈愛に満ちた表情をされても。
 何やら、面白くないような。
「ほんと・・・・・可愛い」
 クスクスと、笑うのに。
 やはり。
 それでは。
「龍」
「え、・・・・ッ」
 まだ、ゆっくりと髪を梳いていた、手を。
 取って。
 力を入れるのも、今は大儀であったけれども。
「ッ天、戒・・・・・」
 それでも。
 ありったけの力を込めて。
 掴んだ手を、強く。
 引けば。
 不意打ちに、体勢を崩して。
 胸の上に倒れ込んでくる、しなやかな身体。
「な、に考えて・・・・」
「お前、の・・・・・ことだけ、だ」
 いつもなら、何でもない動作にも。
 酷く、疲労を感じて。
 でも。
 抱き寄せた身体だけは。
 離さずに、そのまま。
「・・・・・熱出して、気弱になったりするのかな・・・・・
何だか、ほんとに子供みたいだよ・・・?」
 なすがままに。
 身を任せて。
 熱を持った身体。その胸に抱かれて。
 ポツリと、呟くのに。
 ふ、と。
 笑った気配がして。
 顔を上げれば。
「・・・・・ッ」
 後頭部を、いつのまにか回された手が。
 押す、から。
「子供は・・・・このようなことは、せぬだろうよ」
 悪戯っぽい笑みを敷いた唇。
 ああ、やはり子供だと。
 そんなことを、こっそりと考えながら。
 求められるままに、触れあわせて。
 熱のせいか、少しかさついた、それを。
 潤したくて、ペロリと舐めれば。
 熱い吐息と共に、舌が絡められて。
「・・・・ふ、・・・・・ッん」
 その熱さに。
 相手は、病人なのだと。
 そう、理性は囁くけれども。
 触れあう、箇所から。
 トロリと、溶けてしまいそうな。
 そんな、錯覚さえ。
「・・・・・伝染(うつ)す、の・・・?」
 風邪、を。
 熱、を。
 それとも。
「・・・・・伝染(うつ)るようなことを、しても良いのか・・・?」
 そう問いかけながらも。
 背を辿っていた手は、やんわりと双丘を掴み。
 その手触りを。張りを確かめるように、動くから。
「・・・・・ッあ・・・」
 それだけで。
 その手を知っている、身体は。
 従順に、その感覚に囚われて。
「・・・・龍・・・?」
 しっとりとした唇を、何度も味わいながら。
 囁けば、もう。
「・・・・・伝染(うつ)し、て・・・・・」
 答えなんて。
 あってないようなもので。
 熱を持った吐息を、また分け合いながら。
 ひたひたと寄せる、波に。
 ふたり、溺れる。

「・・・・・ふたりとも、寝込むことになったら・・・」
 さすがに困るかな、と。
 思ったけれども。
「・・・・・共に、桔梗に叱られるとするか」
 その言葉に。
 笑顔で頷いて。

 ふたり。
 深く深く。
 その、淵へと。
 身を委ねた。 




ナニやってんですか、貴方達ーーーーーッ(笑)!!!!
や、確かに汗かけば熱も下がりますが(待て)。
風邪ひきさんは、おとなしく寝ていましょう。
・・・・・御屋形様ったら・・メロリンです(何)。