『媚熱』



 いつか。
 その内にある、ものを。
 知りたいと。
 思う。



「如何した、こんな夜更けに」
 静かな、夜だった。
 風の、微かな流れすらもなく。
 妙に、息苦しさを感じて、廊下へと出れば。
 足音を、巧妙に隠してはいたものの。
 どこか、急いたような氣に。
 声をかければ。
「・・・ああ、驚いた」
 振り向いた顔は、その相手を認めてホッとしたように
息を吐き。
 怪訝そうな目が、手元の水を張った小さな盥に向けられて
いるのに、つられて視線を落とし。
 声を潜め、告げる。
「たーさんが、熱を出してね・・・・・昼間、ちょいと使いに
出た帰り道で、夕立に遭って・・・」
 急ぎの用だったから、と雨宿りもせずに。
 村に帰りついた時には、全身ずぶ濡れの有り様で。
 すぐに、熱い湯を使わせたものの。
 どうやら、夜半になって発熱したのに。
 同室の風祭がそれに気付いて、慌てた様子で薬の知識に明るい
桔梗に、そのことを告げに来たのだと。
「煎じ薬を飲ませたから、すぐに熱は下がるはずだけれど・・・
随分汗をかいているからねぇ・・・・・身体を拭いてあげようと
思ってさ」
「・・・ふむ」
 一通り、事の次第を説明して。
 じゃあ、と龍斗の部屋へと向かおうとするのを。
「俺が、行こう」
「・・・・・何だって?」
 引き留めて。
 告げれば。
 あからさまに、不審げな視線を向けられ。
「女のお前よりは、気安かろうと思ってな」
「・・・・・」
 探るような、瞳に。
 ただ、苦笑するしかなく。
「・・・・・なら、任せようかね」
 やがて。
 フ、と笑ったような気配と。
 盥と手拭いを、差し出されて。
 それを受け取る、刹那。
「・・・・・妙な気を、起こすんじゃないよ」
 低い声で。
 告げられた、言葉に。
 息を飲めば。
「天戒様に、成敗されたくなければね」
 冗談とも。
 本気ともつかぬ。
 含みのある、笑みにも。
 眼光だけは、真摯なもので。
「そのような心配は、無用だ」
「そうかい」
 両手で、盥をしっかりと受け取り。
 擦れ違い様、しっかりとした口調で応えれば。
 大して感慨もなく、返って来る言葉に。
 やれやれ、と溜め息をついて。
 真直ぐに。
 龍斗の部屋へと、足を向けた。


「・・・・・誰?」
 辿り着いた部屋の前。
 僅かに開かれた障子の隙間から、そっと中を伺えば。
 気配に、気付いたのか。
 やや、掠れた声が問うてくるのに。
「・・・・・俺だ、・・・」
「尚雲・・・・・」
 名乗ろうとして、先に。
 呼ばれ。
「ああ、・・・・・具合は、どうだ・・・師匠」
 流石に、聡いなと。
 苦笑しながら、そっと中に足を踏み入れ。
 見れば、身体を起こそうとするのを、慌てて押しとどめて。
「安静にしていろと、桔梗にも言われなかったか?」
「・・・・・で、も・・・」
 傍らに盥を置き。
 布団に戻した龍斗の額に、そっと触れ。
 まだ、かなり熱が高いのに、やや眉を潜めつつも。
 努めて、明るい声で。
「一晩ゆっくり寝れば、すぐに良くなるさ・・・なぁ」
「ん・・・・・」
 言い聞かせれば。
 熱のせいか、やや潤んだ瞳が。
 真直ぐに、見上げて来るのに。
 一瞬。
 鼓動が、高鳴ったのを。
 悟られぬよう、手拭いをパシャリと水に浸して。
「・・・汗をかいて、不快だろうからな。済まぬが、着物を
はだけさせて貰うぞ」
 きっちりと。
 ことわりを、入れて。
 そろりと、掛け布団を捲り上げ。
 やや寝乱れた夜着の胸元を寛げれば。
 うっすらと汗ばむ、白い肌が。
 夜目に。
 恐ろしく、鮮やかに。
「・・・・・」
 映るのに。
 一瞬、目眩すら感じながらも。
 固く絞った手拭いを。
 いっそ丁重な動きで。
 肌に、押し当てて。
「・・・・・済まない、尚雲」
「なに、こういう時はお互い様と言う奴だ」
 かけられた、言葉に。
 何故か。
 龍斗を、返り見るのが躊躇われて。
 ただ、ひたすら肌を浄めるのに。
 専念、しようと。
 する、のに。
「・・・・・」
 露な、胸は薄く。
 袖から覗く腕も、脆弱ではないにしろ、細くしなやかで。
 ゆっくりと、布団を捲っていけば、現れる脚も。
 同様に。
 この腕でもって、敵を打ち倒し。
 この脚から繰り出される蹴りが。
 その、力は。
 いったい、この華奢ともいえる、肢体の何処から。
 何処、に。
「・・・・・尚雲」
「ッ、・・・・・」
 手拭いが、スルリと。
 敷き布団に、落ち。
 いつしか。
 手、が。
 その肌を、辿っていた、ことに。
 気付き。
「す、まぬ・・・考え事を、していた」
 慌てて、手を引き。
 落とした手拭いを、グと掴み取って。
 剃髪した頭に手をやり、うっかりしていたのだと、笑い
かければ。
「・・・・・ッ」
 そこには。
 ただ、穏やかに。
 九桐を見つめる、深い色の瞳があって。
 吸い込まれそうに。
 美しい。
「・・・・・何だ、てっきり・・・」
 フワリと、微笑む貌に。
 目を奪われれば。
「夜這い、するつもりなのかと・・・思った」
 そんな、ことを。
 言ってくる、から。
「し、師匠 ! 」
 どうしたって。
 動揺は、隠せずに。
 思わず、声をあげれば。
「・・・・・違う、んだ・・・?」
「当然だ ! 」
 そんな、ことを。
 する、はずが。
 出来るはずが、ないと。
 昂る、鼓動を押し隠すように。
 言い募れば。
「・・・・・そ」
 溜め息のように。
 呟いた、のは。

   残念、だな

「な、ッ・・・・・」
 いっそ。
 聞き間違い、であればと。
 思う、のに。
「・・・・・ちょっと、期待してたのに・・・」
 そんな、言葉で。
 どうか。
 惑わさないで、くれと。
 でないと。
「・・・・・着ているものも、替えんとな」
 そうやって。
 誤魔化す、ように。
 立ち上がりかけた、九桐の着物の裾を。
 まだ、力の入り切らないであろう、手が。
 そっと、掴んで。
「・・・・・熱のせい、じゃないよ」
 見上げて来る、瞳に。
 その、彩に。
 囚われる。
「・・・・・たつ、と」
 思わず。
 口にしなくなって久しい、名を。
 漏らせば。
 薄く紅をさしたような、唇が。
 ゆるりと、弧を描いて。
「早く、治すから・・・・・」

 だから。
 また。
 そう呼んで、くれる?

「・・・・今夜は、・・・どっちみち無理だろうしね」
 何が、と問いかける間もなく。
 ゆっくりと、解かれる手。
 立ち尽くす九桐に向けていた頭を、気だるそうに戻して。
 目を、閉じれば。
 視線に囚われていた身体が、不意に軽くなったようで。
「・・・・・桔梗を、呼んで来よう」
「・・・・・」
 返事は、なく。
 静かに横たわる、龍斗に。
 そっと、布団を掛け直して。
 半ば。
 逃げるように。
 部屋を、後にした。


「・・・・・俺と、したことが・・・な」
 足早に、部屋を出たものの。
 盥を、置いたままであったことに、ふと気付き。
 極まり悪げに、溜め息をついて。
「・・・・・怖い、人だ」
 心底。
 そう、思う。
 あの、深い瞳に。
 肌に。
 言葉に。
 囚われそうに、なる。
「・・・・・いや、・・・」
 もう。
 既に。
「・・・・・ふ、・・・」
 打ち消す、ように。
 ゆるりと、頭を振って。
 桔梗の部屋へと、向かう。
 何か、小言を言われそうな気はするが。
 それでも。
 今。
 彼に、近付けば。
 今度は。
 どうなるか、自分にも。
「・・・・・恐ろしいよ、本当に」
 今の、自分も。
 龍斗も。


 ザワリ、と。
 小枝が、揺れる。
 風が。
 孕んだ熱を。
 ゆっくりと。




・・・・・せっかくのチャンスを(何)!!!!
初の、ハゲ(待て)×龍斗が、どうにも煮え切らない
ヒトで、どうしてくれましょう(どうもこうも)。
さしものツルリン(謎)も、ひーたんフェロモンを
躱す事は不可能の模様(悦)。手合わせと言わず
ナニもかも合わせては如何かな(煽るな)。