『ある朝の風景』



 微かに、スズメの鳴き声が聞こえる。
 珍しく、誰にも促される事無く覚醒して。
 投げ出された腕が、何かを探るように、白い敷き布団の
上を掻けば。
「・・・・・ん?」
 そこに。
 いるはずの。
 確かに、寝入った時には、この腕で。
 抱いていたはずの、ぬくもりが。
 忽然と、消えていて。
 やや、不機嫌な面持ちで頭を掻きながら。
 おもむろに立ち上がると、傍らに無造作に脱ぎ捨てて
あった着物を羽織り。
 朝日が透ける障子を。
 思いっきり、開け放てば。
「ああ、おはよう・・・京梧」
 一瞬。
 眩しさに、目を細めつつ。
 面した庭を見遣れば。
 木々の間に吊られた紐に。
 白く白く。
 はためく、布、布、布。
 その、後ろから。
 ヒョイと、顔を覗かせたのは。
「・・・ひーちゃん」
 まさに、今。
 京梧が、探しに出たその人で。
「珍しく、早起きだね」
 クスリと、笑んで。
 洗濯したばかりであろう、手拭いやらを。
 パンパンと、小気味よい音を立てて皺を伸ばし。
 ひとつひとつ、干し掛けていくのを。
 柱に凭れ、眺めつつ。
「・・・・・目が覚めたら、お前がいなかった」
 ボソリと。
 呟けば。
 その手を止め。
 こちらを見遣り、小首を傾げて。
「声は、かけなかったから」
 よく眠っていたし、と。
 微笑みながら。
「そういうことじゃ、ねぇよ」
 言うのに。
 腕組みをし、憮然として視線を逸らして。
「いなかったんだよ、・・・お前が」
 何処か。
 拗ねたように。
 言うものだから。
 龍斗だって。
「・・・・・ああ」
 それ、が。
 何なのか。
 言わんとする、ところを。
 分かって、しまって。
「ごめん、京梧」
 いつも。
 抱き合った、後は。
 自分を、腕の中。
 包むように。
 眠る、彼。
「俺だって、・・・もう少し、ああしていたかったけど」
 暖かい腕に。
 包まれて、眠る。
 ひととき。
 それは、とても穏やかな時間。
 今までに知り得なかった。
 至福の。
「ふと目が覚めたら・・・お天気、良さそうだったから
溜まってる洗濯物、干さないとって・・・思って」
 フワリと。
 愛おしげな、微笑みを浮かべ。
 手に取った、白い布を。
 伸ばし、仰ぐように広げて。
「・・・・・ね」
 皺も取れ、紐に掛けられ風にたなびく、それは。
「・・・・・ッ」
 見覚えの有る。
 白く、長い。
「俺の、・・・・・褌」
 柔らかい笑顔のまま。
 次々と、いつも京梧が身に着ける、ものを。
 干していく。
 その、姿を。
 見ていると。
 見ている、だけで。
「ッ、もう我慢ならねぇ・・・ッ」
 どうにも、こうにも。
「え、・・・・・ッ」
 滾る、ものを。
 抑えるには、まだ。
 京梧も、若く。
 いくぜ、とばかりに。
 庭に飛び下り。
 そのまま、一直線に。
「ひーちゃん・・・ッ」
 京梧の褌を手に、驚いたように瞳を見開く、龍斗を。
 捕らえ、抱き締めて。
 そのまま。
「う、わ・・・ッ」
 洗濯物の、山の中へ。
 倒れ込んでしまえば。
「京梧、ッ・・・・・せっかく洗ったのに・・・ッ」
 洗ったばかりの洗濯物が、その下敷きになり。
 土にまみれ、すっかり汚れてしまうのに。
 非難するような、視線を向けてくるのを。
 気に留めた風もなく。
「しょうがねぇだろうがよッ・・・ひーちゃんが、こんなに
可愛いってのに・・・」
 龍斗の上に、覆い被さり。
 既に、欲に染まり切った声色で。
 耳元で。
「俺の、嫁さんみてぇ・・・」
 囁くから。
 その台詞にも、顔を赤くしてしまえば。
「可愛い・・・ッ堪んねぇ・・・」
 抵抗らしき抵抗がないのを良い事に。
 首筋に噛み付くように口付けて。
 手は既に、大腿を撫で上げ。
 性急に、その場所を目指そうとするから。
「や、ッ・・・京梧・・・」
 数刻前まで。
 この、手に。
 この、唇に。
 この身体に。
 この、男に。
 その記憶は、龍斗にもまだ生々しく。
 鮮明に、その熱を思い出させる、から。
「だ、め・・・ッ」
 それでも。
 こんな、朝っぱらから。
 こんな、場所で。
 熱くなる身体に、押しながされてしまいそうな理性を。
 どうにかして、取り戻そうと。
「京、梧・・・・・ッ」
 押し退けようと、して。
 その、身体が。
 不意に。
 グラリと、傾くのに。
「え、・・・・・?」
 突然。
 自分の上で、ぐったりと突っ伏してしまった男を、不審げに
窺えば。
 その、背に。
 サクリと、突き刺さる。
 苦無。
「・・・・・ケダモノ・・・」
「す、凉浬ッ!?」
「御無事で、・・・龍斗さん」
 音もなく歩み寄り。
 片膝をついて、龍斗の頬をスルリと撫で。
 ホッとしたように、息をつくのに。
「っていうか、京梧が無事じゃ・・・」
「暫く、頭を冷やしていれば良いのです」
 倒れ臥す京梧を一瞥し。
 サラリと。
「で、でも・・・」
「致死量の毒など、塗ってはおりませんから・・・」
 暫くしたら、目覚めるでしょうと。
 あくまで。
 龍斗を、安心させるように。
 告げて。
「さ、立って下さい・・・ああ、こんなに土まみれに・・・
すぐに湯殿に、どうぞ」
「でも、京梧・・・」
「心配なら、私が見ておりますから」
 その方が不安なんだけど、と。
 さすがに、口に出しては言えず。
 促されるまま、風呂場へと向かえば。
 その背を、龍斗以外には見せぬ、柔らかな笑顔で見送り。
 やがて、それが見えなくなると。
 京梧の背に刺さった苦無を抜き取り。
 冷ややかな視線と、口調で。
「同衾を許されただけでも、幸いに思うのですね」
 夜は、ともかく。
 それ以外で。
 時も場所も弁えず、行為に及ぶなど。
 もってのほか、と。
「・・・・・龍斗さんが、選んだ男でなければ・・・」
 その、呟きは。
 風に、消えて。


 その後。
 意識を取り戻した京梧が。
 風呂上がりの龍斗に、薬を塗るからと部屋に連れ戻され
るに至って。
 敷きっぱなしの布団の上に。
 再び、押し倒そうとしたとか。
 それからの、ことは。
 多分。
 ふたりだけが、知っている。




妹まで、暗躍・・・ッ(ブルブル)!?
京梧、新婚さん気分を味わうには、まだ
色々とありそうです・・・頑張らねばです。
京梧の褌を洗濯して、パンパンって伸ばして
干す、ひーたん・・・外法帖発売前からの
私の妄想(悦)vだって、萌えませんか(真顔問い)??