『愛でなく』



 彼の意図するところが。
 どうしても、読めない。

 あの華奢な肢体の裏に、とてつもない力が隠されて
いるように。
 あの微笑みの裏にも、また。
 何か。
 図り知れない、何かが。
 隠されているのだろうか。



「鍛練、付き合って?」
 ぼんやりと。
 縁側に腰掛け、地面を突つくスズメ達を眺めていた。
 頭上から、不意に掛けられた声に顔をあげれば、
小首を傾げながら相変わらず柔らかい微笑みを浮かべ
返事を待つ、龍斗がいて。
 前に立つ気配にも、全く気づけなかった事に、苦い
笑みを漏らしながら、すぐに立ち上がり。
「よっ、と・・・・・ここで、良いのか?」
 わざとらしく、腰を叩きながら問えば。
 その笑みを濃くし、頷いて。
「うん、お願いします」
「ああ、では・・・・・行くぞ」
 傍らに立て掛けてあった槍を手に、構えれば。
 柔和な顔つきは、そのままに。
 纏う、氣が。
 変わる。
 真直ぐに見据える瞳の奥に揺らめく、強い輝きに。
 ゾクリと。
 震えが走る程に。
 昂る、鼓動。
「はァッ」
 繰り出した突きを、スルリと躱し。
 その流れるような動きから、足払いを仕掛けてくる
のを、僅かに引いて避けながら。
 そして、互いに一歩後退し。
 相手の僅かな動きに、全神経を集中すれば。
 周りの。
 音さえ、消える。
 ふたり、だけ。
 感じるのは、互いの息遣い。
 互いの。
 存在、のみ。
 ゆるりと、龍斗の唇が弧を描く。
 自分もまた、笑んでいることだろう。
 今、この瞬間が。
 九桐には、至福に思えた。


「そこまでだ」
 何度、互いに攻撃を仕掛け、見切ってはまた仕掛けて
きただろう。
 不意に、張り詰めた空気を裂く、鋭い声に。
 ふたり、ハッとしたように振り返れば。
 腕を組み、こちらを見遣る、紅蓮の髪の。
「天戒」
 龍斗が纏っていた、氣が。
 途端、普段の柔らかいものとなる。
 九桐も構えを解き、向き直れば。
 既に、天戒の側に駆け寄り。
 楽しげに談笑する、姿が。
「随分と、楽しそうであったな」
「うん、やっぱり尚雲は強いね。良い汗かいたよ」
「そうか」
 うっすらと滲む汗に、額に張り付いた前髪を。
 天戒の指が、慣れた手付きで梳く。
 その、光景が。
 あまりにも。
「師匠は、やはり手強いですよ」
 鮮明に。
 目に。
「では、先に風呂を使わせてもらいます」
「うむ」
「尚雲、また相手してね」
 並んで。
 見送るふたりに、背を向け。
 立ち去ろうと、して。
「・・・・・龍」
 風に。
 流れて、耳に。
 届いた。
 囁き。
「今宵も、・・・・・伽を申し付ける」
 甘い。
 命令。
 立ち止まりかけた、足を。
 無理矢理、前に出して。
 龍斗の返事など、聞かずとも。
 夜毎、天戒の寝所に召されている、事など。
 とうに。
 知っていた、のだから。



 既に。
 慣れたと、思っていた。
 そう、思いたかったのかも知れない。
 目を閉じ、視覚を遮断してしまえば、その分聴覚が
否応無しに、研ぎ澄まされて。
 聞こえる。
 途切れ途切れの。
 声。
「・・・・・天、戒」
 聞きたくは。
「あ、あァ・・・ッん」
 聞きたくなど。
 ない、のに。
 聞き慣れてしまえば、たいしたことではない。
 そう。
 風の音と、同じ。
 そう思ってしまえば、いい。
「・・・・・ッ」
 何度。
 己に、言い聞かせてきたことだろう。
 あれ、は。
 己が主人の、ものだ。
 求めて求めて、手に入れて。
 寵愛する、ただひとりの。
 以前。
 九桐は、その彼に告げた。

   若を、裏切るな

 その、言葉は。
 むしろ。
 己に、こそ。
 向けられたものであったのかも、しれない。



 1刻半程。
 続いていた、声も。
 今は。
 静かで。
 おそらく、存分に愛しあった身体を。
 腕に。
 眠りについているのだろう、と。
 そう思えば。
 静寂さえも。
 重く、のしかかるようで。
「・・・・・?」
 不意に。
 襖の向こう、佇む気配。
 その、氣に。
 まさかという、思いで。
 布団から、身を起こせば。
「・・・・・尚雲」
 それと、ほぼ同時。
 ス、と引かれた襖の隙間から、覗く。
 白い夜着を纏った、姿は。
「・・・師匠・・・」
 妙に。
 乾いた、喉から。
 絞り出すように、声を掛ければ。
 微かに、微笑んだ気配がして。
 そろりと、内に身を滑り込ませ。
 背で、襖を閉ざしてしまうのに。
「・・・・・どう、した?」
 まだ、何処か掠れた声色で。
 問えば。
 ゆっくりと、歩み寄り。
 布団の傍ら。
 ペタリと、膝をついて。
「・・・・・聞こえて、いたよね」
 それ、は。
 何かと、問わずとも。
「聞いて、いたんだよね」
 答えなくても。
 それ、は。
「・・・・・気に、しておらぬよ」
 今も、耳に。
 残る、甘い響きを。
 打ち消すように。
 笑みさえ、浮かべ。
 軽く肩を、叩こうと伸ばした。
 手、を。
「・・・・・ッ」
 白い。
 龍斗の、手が捕らえ。
 そのまま、それは。
 自らの、胸元。
 着物の前合わせを。
 開く、ように。
「ッ、龍斗・・・・・! 」
 思わず。
 手を振り解けば。
 半ば、突き飛ばすような形となってしまい。
 咄嗟で加減も出来なかったと、慌てて返り見れば。
「・・・・・、ッ」
 はだけた、胸元。
 白い、肌に。
 無数に散る、紅い。
「・・・・・戻れ」
 刻印が。
 恐ろしく、鮮やかに。
 瞳に、焼き付いて。
「戻るんだ、・・・・・師匠」
 自分の、部屋にか。
 それとも。
 それでも。
 ここに。
 いては、いけない。
 そんな、ものを。
 見せては。
「見て、・・・・・尚雲」
 自ら、胸元を開いて。
 何故。
 そんなことを、したら。
 もう。
「く、ッ・・・・・」
 自分の中で。
 何かが。
 崩れていく。
 壊される。
 音を立てて。
「尚、雲・・・ッ」
 飛び散った、破片が。
 突き刺さる、痛みなのか。
 それとも。
 それすらも、分からない。
 気がつけば、龍斗の腕を掴み上げて。
 腰を引き寄せ、そのまま。
 布団の上に押し付けるように、組み伏せ。
 名を紡ぐ、唇を噛み付くように重ねれば。
 微かに、血の味がして。
 それが、更に。
 昂った、ものを。
 煽る。
「あ、・・・・・ッ」
 性急に下肢に這わせた手の動きなど、最早愛撫と呼べる
ものではない。
 押し広げた蕾は、思っていたとおり既に、しっとりと濡れ。
 溢れ、指に伝うトロリとした体液は、間違いなく己が主人と
仰ぐ男の、情欲の名残りで。
 済ませていたであろう後始末の甲斐もなく、それは。
 あとからあとから、溢れ出て。
 今し方まで、男を受け入れていたという証を。
 その、所有を。
 主張するかのように。
「俺、は・・・・・誰のものでもない、よ・・・」
 過った、苦い思いを。
 見透かす、ように。
 しなやかな腕が、九桐の背をかき抱き。
 耳元に寄せた唇が。
 囁く。
「誰のもの、にも・・・ならない・・・・・なれない」
 それは。
 その言葉は。
 何を。
 示しているのか。
「だけど、ねぇ・・・・・今は、今だけは・・・どうか」
 尚雲の。
 ものに、して。
「・・・・・龍斗?」
 泣いている、のかと。
 瞳を覗き、確かめようとして。
 しかしそれは、肩口に顔を押し付けることで、隠されてしまう
から。
 ならば。
「ッん・・・・・」
 後孔を探っていた指を引き抜き、自身を押し当てれば。
 一瞬、怯えともつかぬ震えが、走って。
 他者が放ったものの滑りでもって、奥へと差し入れ、内壁を
擦りあげてやれば。
 くぐもった声が、漏れて。
 しっとりと纏わりつく肉壁を、拓き。
 衝動のままに、何度も突き上げ、揺さぶれば。
「あ、ッああァ・・・んッ」
 背を、仰け反らせ。
 露になった、貌は。
 やはり、涙で濡れていたけれども。
 快楽故、のものなのか。
 その正体は、掴めず。
 舐め取った滴は、苦く。
 突き入れる度に零れる嬌声ごと、唇を塞ぎ。
 舌を絡めれば、蜜を纏ったそれは甘く。
 どれが。
 彼の、味なのか。
 知りたくて。
 確かめたくて。
 貪欲に、穿ち続けて。
 分からない。
 それでも、知り得ない。
 彼は。
 彼の、本心も。
 天戒に、抱かれ。
 今また、九桐に身体を開く。
 何を、考えて。
 それとも。
 何も。
「・・・・・そう、か」
 故意に、か。
 それは、知る所ではないけれども。
 今、この瞬間にも。
 まざまざと、見せつけられる。
 欲を。
 己の、求めていたものを。
 死合いに際し、生まれる高揚。
 恍惚とした、それに。
 似ている。
 だから。
 彼を。
「・・・・・殺し、て・・・」
 悦楽に、震える唇が。
 強請る、のは。
「愛じゃなくて、いい・・・・・」
 甘い甘い、毒の。
 誘惑。
「・・・・・いつか」
 彼の、望むように。
 この身体を。
 鋭い切っ先で。
 貫く、日が。
 来るのだろうか。

 その日が、どうか来ない事を願い。
 熱い肌を、抱き締める。
 これ、は。
 「愛」と。
 そう呼べるものでは、ないのだろうか。




ハゲ、キラキラの裏デビュー(どないやねん)♪
コメントとは裏腹に、シリアスですが(目線逸らし)。
切ないハゲ(何)を目指していたつもりが、どうにも
切ないのはむしろ、天戒ですか、どうなんですか(悩)。
ひーたん、ちょっとそこに座りなさい(尋問希望←悦)。