「セカンドチャンス」

 


 目が覚めたら、裸だった。

(えええっ!?)
 驚きを辛うじて声にしなかったのは、目の前に龍麻の寝顔があったからだ。
 眠りを妨げないように、そっと身体を起こす。
 別に紳士的精神が発揮されたわけではなく、龍麻は睡眠と食事を邪魔されるとひどく機嫌が悪くなるからだ。
(―――これは・・・一体)
 頭をフル回転させて昨夜の出来事を思い出そうとする。
(確か・・・昨夜は皆でひーちゃんの部屋に押しかけて・・・酒飲んでバカ騒ぎして・・・)
「―――痛ぇ・・・」
 二日酔いでズキズキする頭を抱え、更に思い出そうと身体をエビのように丸める。
 その弾みで布団がずれ、龍麻の上半身が露わになった。
(―――げ!?ひーちゃんも裸かよ?)
 恐る恐る布団の中を覗き、下半身も何も着けていないことを確認して青くなる。

(―――俺、もしかしてやっちまったのか!?)
 ざざーっと血の気が引く音が聞こえた。

(落ち着け。よく考えて思い出せ。ええと―――)
 必死で記憶の糸を手繰る。
(罰ゲームで一気飲みさせられて、その前後も結構飲んだし、一回意識ぶっ飛んで・・・気付いたら皆帰っちまってて・・・)
 そこまでは思い出せた。
 問題はその後だ。
(水を貰うついでに、引き寄せてキスしたのは覚えている・・・が)
 しかし、その後がはっきりしない。
(そういうとき、俺がキスだけで終わらせる訳ねぇんだよな。絶対何かしてそうなんだけど・・・でも一体どこまでしたんだ!?)
 どんなに頭を捻ってもそれ以上思い出せない。
 漠然と、キス以上のことをしたような気がするだけだ。
 途切れ途切れに思い出す龍麻の喘ぎ声や肌の感触。
 しかしそれが現実なのか、それとも単なる都合の良い夢なのか判断がつかなかった。
(もしかして夢だったとか?ひーちゃんの性格で大人しくされるがままになるとは思えねぇし)
 そう考えて、すぐに打ち消す。
(いや、それにしちゃあまりにリアルだ)
 声、感触、体温―――思い出す全てが、夢にしてはあまりにも鮮明だった。
 そして、裸の自分と―――裸の龍麻。
 何かあったのはほぼ間違いない。
(やっぱ、やっちまったんだろうな。とすると問題は・・・)
 問題は―――『どこまで』『何を』したのかということだ。
(もし、最後までやっちまってたら・・・ひーちゃんとの『初えっち』ってことになるじゃねぇか)
 そんな大事なイベントを覚えていないなどというのは、蓬莱寺京一、一生の不覚。
 絶対に思い出す!と気合いを入れ直し、必死で頭を捻る。


 しかし、二日酔いで痛む頭はなかなか働かない。
 京一はすぐに音を上げた。
「―――ダメだ、思い出せねぇ」
 小さく呟いたときだった。
「ふーん。思い出せないんだ」
「うわあ!!」
 突然隣から発せられた声に、文字通り飛び上がった。
 龍麻がいつの間にか目を覚まして、京一を見上げていた。
 相変わらずの低血圧も手伝って、目つきが怖い。
「おはよう、京一」
「ひ、ひひひひーちゃん!!」
「昨夜俺にあんなことしたクセに、思い出せないんだ」
「あ、あのな。その、えーとそれはだな」
 じーっと注がれる恨みがましい視線に、京一の背中を嫌な汗が流れる。
「お前のせいで俺、全身だるくて死にそうなのに」
「えと・・・」
 だらだらだら。
 額からも汗が流れる。
 何もフォローできないまま、京一は目を白黒させた。
「京一」
「はいっ」
 反射的に背筋が伸びる。
「汗で気持ち悪い。身体拭いて」
「わ、わかった。待ってろ。えーとタオル」
「そこのタンスの三段目。洗面器は風呂場な」
「よっしゃ、すぐ持ってくるからな!」
 ベッドから飛び出そうとするのを、龍麻に引き止められる。
「バカ!パンツくらい穿け!」


 洗面器に張った湯で、丁寧に龍麻の身体を拭く。
 龍麻の首筋に、胸に、背中に―――あらゆるところに押された刻印が、昨夜の出来事を物語る。
 下半身にも、その赤い痕跡は残っていた。
 そして更に―――太腿や腰に、渇いて貼りついている白い残滓。
 明るい光の下で見るそれは妙に官能的で、京一の下半身を直撃する。
(何で俺、こんなオイシイことしといて覚えてねぇんだよ・・・)
 記憶には残っていないが、自分の、若しくは龍麻自身のものである筈のそれを丁寧に拭う。
(もう一度したら、思い出すかな・・・)
 不埒なことを考えていると、見透かしたように龍麻が釘を刺した。
「変な気起こしたら殺すからな」
「わかってるって」
 軽く答えたものの、一旦催した劣情を抑えるのは至難の技だった。
 そのままなだれ込みたい衝動を、理性総動員で辛うじて堪える。


 その後龍麻の命令で作った朝食の片づけを終えて寝室に戻ると、京一はベッドの端にそっと腰掛け、相変わらず横たわったままの龍麻に声をかけた。
「なあ、ひーちゃん」
「何だ」
 不機嫌な声の主を直視できず、視線を逸らして言葉を続ける。
「その、何だ。えっとな」
「早く言え」
 苛立ったような龍麻の声に、何かを吹っ切るかのように頭を掻き、頭を下げる。
「昨夜は悪かった。謝るよ」
「何が悪かったんだよ、思い出せてないんだろ?なのに訳もわからず謝るなよ」
「まあ、な。けど実際俺のせいでひーちゃんは動けねぇんだし」
「で?」
 じろり、と睨まれて一瞬怯むが、覚悟を決めて言葉を続けた。
「それで―――つまり、その、だな。俺も男として責任取るべきだと思うワケだ」
「―――へえ」
 龍麻の声が、面白がるような響きを帯びる。
「けど、何があったか思い出せねぇってのがどうにもスッキリしなくてよ。ひーちゃん、教えてくれねぇ・・・よな」
「当たり前だ。んなこと、誰が言うかよ」
「だろ?だったら自力で思い出すしかねぇよな」
「だろうな」
「けどよ、いくら頭で考えても肝心のトコロが全然思い出せねぇ。となると、あとは身体が覚えてる分だけが頼りだ。だから・・・」
「―――だから?」
「もう一度させて・・・くれない・・・かなーなんて」
 刺すような視線に、語尾が小さくなっていくのが情けない。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 たっぷりの沈黙の後。
 耐えられなくなって京一が口を開こうとした、そのとき。

「京一」
「ひぃっ!」
 思わず黄龍を覚悟して身構えるが、予想に反してそれは飛んでこなかった。
 細く目を開けると、いつの間にか龍麻は布団を頭まで引き上げている。
「・・・ひーちゃん?」
 恐る恐る構えを解き、顔を近づけて龍麻を覗き込むと、布団の中から龍麻が小さい声で聞いた。
「絶対、思い出すか?」
「おう、絶対!」
「思い出せなかったら黄龍、それでもいいか?」
「よっしゃあ!!」
 少々危険なGOサインにガッツポーズで叫ぶと、京一はそのまま勢い良くベッドに潜り込んだ。


 かすかな記憶を頼りに龍麻の身体を辿る。
「・・・はっ、ん・・・やっ」
 噛み殺し損ねた声が、龍麻の濡れた唇から漏れる。
 その、声も。
 敏感に反応して跳ねる身体も、熱い吐息も、ちゃんと覚えている。
「ひーちゃん、もっと声、聞かせろよ」
「・・・だ、れが・・・」
 覚えのある台詞に、覚えのある答え。
 龍麻自身を唇で刺激すれば、あっという間に陥落するのも、同じ。
 吐き出されたばかりの白濁を指で掬い、入り口を湿らせる。
 指をぐ、と押しこんだ瞬間、龍麻の身体が強張った。
「あ・・・悪い。痛かったか?」
「・・・う」
 違和感に顰められた眉も、喘ぎが漏れる濡れた唇も。
 全てが甘く、蕩けそうに京一を誘う。

 ここまでは覚えている。
(問題は―――この後なんだよな)

 そう、いよいよこの後。

 緊張して指を引き抜く。
 代わりに自分の怒張を押しつけ―――。

 ぐ、と押し入ろうとしたとき、龍麻が口を開いた。
「―――初めてなんだから、そっとしろよ」
「へ?」
 京一は見事にフリーズした。
 龍麻は頬を染めて怒ったように繰り返す。
「だから!初めてなんだってば」
「何で・・・だってひーちゃんさっき」
「あんなの嘘に決まってるだろ」
「へ」
「あれだけベロンベロンに酔ってて役に立つわけないだろ」
 ソレ、と今はばっちり臨戦状態のモノを視線で示され、京一は苦笑する。
「ひーちゃん、下品」
「放っとけ。で、どうする?」
「え」
「絶対思い出すからって約束だったよな」
「んなこと言われたって、今更止まらねぇって。ほら、こんなだぜ」
 ぐ、と押しつけられ、龍麻は妙に納得した表情で頷く。
「だな」
「ひーちゃんも、そうだろ?」
「一言多いんだよ、京一は」
 龍麻は京一の背中に腕を回して引き寄せると、その唇を塞いだ。


 龍麻の中は狭く、そして熱かった。
 初めての感覚に、何とも言えない感慨を覚える。
 これを忘れるわけなど絶対にないと、そう思う。
「―――んっ、い、た・・・!」
 龍麻は歯を食いしばって痛みに耐えている。固く瞑った目尻には涙が滲む。
 背中に爪を立てられ、京一が悲鳴を上げた。
「いてて。ひーちゃん、力抜けって」
「んなの・・・絶対無理っ。痛ぇ・・・!」
 少しでも負担を減らそうと、京一は萎えてしまった龍麻自身に愛撫を加える。
「はっ、ん・・・」
 強く弱く刺激を加えるうち、徐々に龍麻の声に艶めいた響きが混じり始める。
「きょうい、ち・・・」
 甘えるように縋りついてくる龍麻。
 その何とも言えない仕草に、愛しさが増す。
「―――ひーちゃん、愛してるからな・・・」
 京一は、思いのたけを刻み付けようとするかのように、更に深く自身を埋め込んだ。


「それにしてもひーちゃんも意地が悪いよな」
 ベッドに横たわり、腕の中の龍麻の髪を梳きながら京一が囁く。
 その頬は、幸せでだらしなく緩み切っている。
「何が」
「してねぇこと思い出すなんて絶対無理じゃねぇかよ」
「これで懲りてもらわないと困る。指は入ってたわけだし、しかもお前酔ってて乱暴だったし、かなり痛かったんだからな」
「う・・・すみません」
「もう―――酔った勢いなんてのはゴメンだからな」
 拗ねた表情で、目元を赤く染めて龍麻が睨む。
「―――約束する」
 京一は神妙に頷いて、龍麻を抱き寄せて軽いキスをした。
 唇が離れ、視線が合うと妙にくすぐったい気分になる。
「へへっ、誓いのキス、なんてな」
 照れ隠しにおちゃらけた京一に、龍麻は無言のまま―――。
「うっぎゃああぁ!!」

 黄龍でのツッコミも、愛ゆえに。


 その後、京一がすっぱり禁酒したのは、言うまでもない。

−END−
 

 


一周年記念企画のお土産SS第2弾の京主です。
管理人、蓬莱寺スキーのはずなのに何故か京一の扱いが酷いです。・・・なんでだろう・・・。
参加者の皆様、これもよろしければお持ち帰り下さいませ。



弘樹さん宅『愚者の杜』様の1周年記念企画の
参加者特典で、御持ち帰りさせて頂きましたv
3つあって、迷いに迷って・・・コレをvvv
ああああもう、こういう京一が!!とてつもなく
愛おしいです・・・くふーvvv
そして、ひーたんが・・・さりげに尻に敷いて
しまってるあたり、さすがです!!
それにしても、お初か・・・羨ましいぜ、京一!!!!
弘樹さん、企画に参加させて頂き、そしてこんな
ステキなお土産を下さいまして、有難うござい
ますですーーーーッvvvvv