『favorite thing』
日下部貢
その日は朝から、あいにくの雨模様で。
天気予報外れたね、と。肩を竦めながらも龍麻の機嫌は悪くはなくて。
「別に何処かに出掛けなくてもさ。紅葉が居れば良いし」
パスンと。ソファに身を沈めながら、そんなことをサラリと。
「・・ね」
微笑まれて、一瞬言葉を失いながらも壬生は、誘われるようにその傍らへと
ゆっくりと歩み寄り、
「そう、だね・・君が居れば・・良いよ」
同じように、微笑んで。
二人で過ごす、穏やかな一日。
たまには良いよね、と笑い合って。
そのまま時間は、ゆったりと流れるはずだった。
なのに。
何時の間にやらソファから移動して。壬生の足元に転がりながら、雑誌をパラパラと
捲っていた龍麻の言葉が。
それを、唐突に塞き止めた。
「・・紅葉も、するの?」
「・・え・・?」
何を、と問いかけた視線の先、寝そべった姿勢のまま、龍麻の瞳がどこか
悪戯っぽい光を帯びて見上げてくる。
見つめられる、瞬間。トクリと高鳴ってしまう、鼓動。
病は深いな、と苦笑しつつ壬生は読んでいた文庫本を閉じ、
「僕が、何だって?」
ゆっくりと覆い被さるようにして、その貌を覗き込む。
そのまま、キスにだって発展してしまいそうな、極至近距離で。
壬生が愛おしんでやまない、その柔らかい笑顔のまま龍麻は。
「ひとりえっち」
サラリと、そう言ってのけた。
ほんの数秒。
壬生は放心していたのかもしれない。
「・・・ッな・・?」
龍麻が訝し気に首を傾げる仕種に、ふと我にかえる。
「・・今・・なん、て」
龍麻の言葉。一言一句、聞き漏らしなどしない。でも壬生は。
それでも、問うてみる。今、彼は何を口にしたのかと。
「だから、ひとりえっち。紅葉も、するのかなって」
やはり、聞き間違いではなかった。
ひとりえっち。つまりそれは、自慰行為を意味するわけで。
「・・・そんなこと、僕に聞いて・・どうするんだい」
脱力しつつも、龍麻専用の笑顔だけはどうにか崩さないままで。
平静を装いつつ、穏やかに問いかける。
「だって、気になるし」
何時の間にか、無造作に放り出された雑誌。察するに、そういう類いの
アンケートか何かであろう読み物が、そこに載っていたのだと。
「・・僕が、そういう行為をしているのか、が?」
「んー・・って言うか・・」
考えを巡らすように、そっと伏せられた瞳が。
やがて、ゆっくりと開かれ、壬生のそれを捕らえる頃には。
「どんな風に、してるのか・・が」
そこには、どこか艶めいた光が彩られていて。
まっすぐに、壬生を捕らえて。
「すごく気になる、から」
逃れる術もなく、むしろこのまま捕われていたいとさえ、思ってしまう。
「紅葉が、してるところ・・見せて」
その、瞳で。その、声で。
こんなにも簡単に、堕とされてしまう。
カチャリと。ベルトを外す音が、やけに部屋に響いて。
先程まで微かに聞こえていた雨音さえ、今は届かないくらいの奇妙な静けさの中。
「・・・」
ジッパーを下ろした手を、ふと止めて龍麻を見遣る。
「・・・本当に・・」
「見たい、よ?」
壬生に、皆まで言わせず。
その要求とは裏腹に、返す笑顔は何処か無邪気で。
諦めとも、何ともつかぬ曖昧な笑みを口元に浮かべ、壬生は無言で下着をずらすと
ゆっくりと、自身を外気に曝していく。
「・・・あ・・」
溜息のように、龍麻の唇から溢れた言葉にも、それはヒクリと反応を示して。
取り出す前から、既に半ば勃ちあがりかけていた熱塊に、壬生は長い指をソロリと絡めた。
「・・ッ」
根元から、じわじわと追い上げるように。器用な指が、まだ緩やかなリズムのまま
自身の快楽に火を灯していく。
時折、先端を親指の腹でそっと弧を描くようにしては、糸を引く先走りを絡め取り。
くちゅり、と微かに濡れた音が、乱れ始めた吐息に交ざって淫らな旋律を奏でていく。
「・・くれ、は」
囁くように。ソファに腰を下ろした壬生に、床の上に膝立ちのまま覗き込むようにして。
「今・・なに、考えてる、の」
吐息が触れそうな、その一歩手前の距離で、視線を合わせようとして。
うっすらと上気させた目元を、龍麻の白い指先がそっと辿れば。
「・・・君、の」
あからさまに欲を含んだ瞳が、まっすぐに龍麻を射抜いて。
「君のことを・・龍麻・・」
その熱に、貫かれて。
龍麻の躯が、ピクリと震える。
「いつも・・君の・・こと、を・・考えている、よ」
そう告げて。浮かべた笑みは、凄絶としていて。
壬生の頬を辿っていた龍麻の指が、微かに熱を帯びる。
「・・・紅葉・・」
「・・何、だい」
す、と。俯いてしまった龍麻に、優し気な声色で壬生が問う。
その声に、ゆるゆると顔を上げた龍麻の貌は、少しだけ拗ねたような表情で。
「・・・くれ、は・・」
「・・・ん・・?」
熱が。
どんどん上がっていくのを。
「も・・我慢、出来な・・い」
持て余すそれを、どうすればいいのか。お互いに分かっているから。
「・・・そうだね」
お互いに、知っているから。
「おいで・・龍麻」
薄手のGパンを、下着ごと脱ぎ落として。
性急に跨がった壬生の上。
だけど、まだそれは与えられずに、龍麻の膝が小刻みに震えるのを、壬生は
ちらりと見遣る。
「や・・ッく・・れは・・はや、く・・ッ」
指だけを銜え込まされたまま、堪え切れずに龍麻が懇願するのに、
「・・・だめだよ・・もう少し、慣らさないと」
宥めるように胸元に唇を寄せ、色付いた突起を甘噛みしてやる。
「や・・だ・・・ッ」
その刺激に、首を打ち降りながらも。それは拒絶などではなくて。
「・・・ここ。好き、だろう・・こうやって・・」
ペロリと。啄むように、時に舌を這わせ執拗に攻め立ててやれば。
「・・・・ッあァ・・ッ・・ん・・ッ」
敏感な部分を嬲られ、仰け反るようにして乱れるその様を、壬生は満足げな笑みを
口元に浮かべ、見遣る。
その間にも、突き込まれた三本の指が、濡れた音を立てる度に。既に行為に慣らされた
粘膜は熱くうねり、それを待ち望んでいて。
「・・・・・ッ」
不意に、引き抜かれる。
その刺激と喪失感に、龍麻が表情を強張らせた、次の瞬間。
「ッあ、あああァ・・・ッ」
一気に。
引き落とされるままに。
「・・・ふ・・ッ」
深い、ところ。根元まで埋め込まれて。
「・・あ・・・あ、ァ・・」
指なんかとは比べ物にならない熱と質量と、圧迫感に。
戦慄く唇をそっと舐めあげてやると、おずおずとそれに応えるように、舌が絡み付いてくる。
「んッ・・・ふ・・」
吐息を分け合うような口付けを味わいながら。
ゆっくりと探るように、壬生は腰を突き上げる。
「・・・ッや・・あァ・・ッア・・ああ」
「・・いそが、ないで・・」
緩慢な動きに、龍麻がじれったそうに躯を捩るのを、やんわりと止め。
「まだまだ・・ねえ・・これから、だろう・・?」
龍麻、と。
熱い息とともに、耳元に吹き込んで。そのまま首筋に歯を立てるだけで。
限界まで張り詰めて、涙を零し続ける龍麻の快楽の証を。
「や、い・・やァ・・ッ・・く、れは・・ぁ」
壬生の長い指が絡み、解放を阻んでしまう。
愛おしむように、包み込みながらも。逃げ道は完全に断ってしまって。
「だ・・・め・・ッ・・も・・だ、め・・ッ」
ポロポロと、涙を零しながらの懇願も。壬生は優し気な笑みのままに受け流す。
そして。
「もっと・・もっと・・・ね、龍麻」
「・・・・・ッああああ・・ッ」
突然に、激しい動きで。
突き上げられ、揺さぶられて。
縋るようにしがみついてくる龍麻の首筋に顔を埋めながら、その柔らかい皮膚に、
その下に脈打つ熱を捕らえるように、紅い印を刻んでいく。
「くれ、は・・ッくれはァ・・・ッ」
追い上げられて。追い詰められて、何度も何度も。
請うように、名前を呼ぶから、もう。
「たつ、ま」
絡めていた指が、微かに湿った音を立てて、滑るようにその先端を刺激した途端。
「ッあ・・・・・」
呆気ない程簡単に、それは弾けて。
声にならない悲鳴を上げて、龍麻が達するのを壬生は、やはり変わらぬ笑みを浮かべたまま
見つめていて。
そして。そのまま、意識を飛ばしそうになった龍麻の躯を引き戻すように、力強い腕が崩れ落ちる
躯を捕らえる。
「・・まだ、だよ」
「・・あ・・」
その言葉通りに。
龍麻を貫いた壬生の半身はまだ、勢いを保ったままで。
「何度でも、イかせてあげるよ・・でも」
僕も、満足させて。
ここで、イかせて。
何度でも、ね。
「ほら・・龍麻」
繋がったまま。力の入り切らない汗ばんだ躯を、ソファにゆっくりと横たえる。
「・・・いい?」
問えば、だらりと投げ出されていた龍麻の脚が、そろりと壬生の腰に絡み付く。
見下ろすと、困ったような戸惑ったような、そんな貌がそこにあって。
「・・・やっぱり紅葉って・・」
「・・なに?」
何でもない、とフイと逸らされた顔を、やや強引に戻して覗き込んで。
「何・・龍麻?」
問いかけながら、コツリとおでこをぶつければ、不意にそのまま引き寄せられる。
自然と深くなった交わりに、内壁がもどかしそうに反応するのを感じながら、
「本当に・・君は・・」
忍び笑いを漏らし、その要求のまま奥まで突き入れてやると、欲を放ったばかりの
龍麻のそれも、やおら熱を取り戻して。
「好き、だね」
揶揄するように、囁く壬生に。
その背に回した手が。キリリと爪を、たてる。
「その、言葉。そっくり・・お前に返す」
「・・ああ」
一瞬。言葉を失いながらも、やがて口元にうっすらと笑みを敷いて、そして。
「好きだよ。君も。君とする、ことも・・・君が、することも・・ね」
全部、好きなんだよと。
囁く声は、欲に染まって掠れていて。
「・・・好き・・」
呟きながら、龍麻も。
その彩に染まっていくのに、時間はかからなかった。
◆END◆
・・・・・元ネタ提供は、霞月ちゃんです(脱兎)。
バラすなよ、貢ーーーーーッ(捕獲)!!!!確かにネタを書いたメモを
託したのは私だ。更に、えっちシーンにコソリと追加を入れたのも
私だ(や、許可してくれたしさ・爽笑)!!!!
・・・・・でも、あなただって愉しんだじゃない・・(艶笑)。
ともあれ、ナイスSSに仕上げて下さって有難うなのよ(愛)!!!!