『自覚』
「・・・ひーちゃん」
行為の最中に、名前を呼ばれるのは好きではない。
酷く、甘ったるいものが込み上げて来て。
胸やけがする。
「んッ、・・・・ふ・・・ああ、・・・・・ッ」
応えるでもなく。
捩じ込まれ、突き上げられて。
呼吸さえ上手く出来ないくらいに揺さぶられれば、それは
意識的にではなく。
縋るように、背に回され爪をたてる指先。
信じられないくらい太くて熱いものを体奥まで咥え込んで
快楽を貪る己の姿に。
目眩が、する。
誘い掛けたのは、龍麻の方だった。
こういった行為に慣れていた訳でもなく、男をそういう対象
とする性癖があった訳でもない。
好奇心か。
気紛れだったのか。
それすらも思い出せない程、もう幾度となく繰り返された夜。
初めの内は、何処かしら戸惑う素振りを見せていた京一も、
今では龍麻が望む望まぬに関わらず、触れてきてはこうして身体
を繋げたがる。
それこそ、毎日のように。
京一は龍麻を求め、そのしなやかな身体を、肌を弄り。熱く
滾る自身を奥深くに突き立てた。
そして、今日も。
皆でラーメンを食べて、その後は。当然のように、この龍麻の
部屋に上がり込んで。
靴を脱ぐ間もなく壁に押し付けられるのを、どうにか躱して
宥めすかすようにして寝室へと誘えば、あとはもう日常と化した
行為。制服のズボンだけを下着ごと抜き取られ、乱されたシャツ
は、そのままに。大きく脚を広げられ、その間に着衣のままの
京一の腰を挟み込むようにして。
深々と貫かれ、その性急な挿入にも龍麻は痛みよりも強い快感
を得られるようになっていた。
そんな、自分の身体が。
酷く、恐ろしかった。
「ッ、・・・龍麻、・・・・・龍麻・・・ッ」
ひーちゃん、ではなく。そう呼ぶ時は、彼が昇り詰めようと
している証で。欲に上擦った声で何度も龍麻の名を口にしながら
半ば狂ったように激しく腰を打ち付け、快楽を追う。
…猿だな。
ふと、そんな感想を思い浮かべ。
つい、吐息で笑ってしまえば、その唇に噛み付くように口付け
られた。
「な、に・・・余裕、じゃねぇか・・・龍麻」
「ッ、お前より・・・は、な」
まだ、そこまで追い詰められてはいないのだと。
目の前の濡れた唇を、ペロリと舐め上げてやれば。
「そうでも、・・・なさそうだぜ」
「あ、ァ・・・・・ッん、・・・く」
互いの腹の間で、勃ち上がっていたものを、節くれだった指が
するりと撫で上げる。トロトロと先端から溢れる体液が、京一の
指先を濡らし、与えられた刺激にまた新たな蜜を零した。
「あァ、こんなことしなくても・・・お前、後ろだけでイける
んだよな」
「ん、ッ・・・・・あァ、・・・ッ」
その指先を龍麻の唇に押し込みながら、京一は再び抉るように
奥を突き上げる。確実に快楽のポイントを刺激され、龍麻は四肢
を震わせて、その衝撃に喘いだ。
「待、・・・・・ッ、京一・・・や・・・」
「待たねぇ」
「い、や・・・・・ッダ、メ・・・・・・・ッ」
「く、ッ・・・・・」
グ、と。
一番深いところ、根元まで突き入れたまま、京一が低く呻く。
内で跳ねた楔から吐き出された精が、熱く中を濡らしていく、
その感覚に龍麻はゾクリと駆け上がるものに、身を震わせ。
「あ、ァ・・・・・ッ」
掠れた高い声を上げて、彼もまた果てた。
ねっとりと濃い白濁が、京一の着たままのシャツを汚していた
けれども、もうそれすらも今更で。
それよりも。
「・・・・・あれ程、中で・・・出すな、って・・・・・」
幾度となく行為を繰り返しながら、龍麻は身体の中で射精され
ることを、酷く嫌った。中出しはするな、と京一に何度も言って
聞かせてはいたけれども、今回のように済し崩しで終わってしまう
ことが、殆どで。
顔に出されるのも不快だが、それ以上に。
体奥に広がる熱に、龍麻は言い知れぬ怯えを感じた。
そう、それは恐怖に近かった。
女ではないのだから、こんなことで孕まさたりする訳もないのだ
けれども。
だけど、この熱いものが。
何か、違うものを。
違うものに、自分を。
「だって、ひーちゃんの中、すげー気持ち良いし」
そんな龍麻の恨めしげな視線を全く意に留めていないかのように
京一は悪びれた様子もなく繋がったままの下肢を擦り寄せる。
「熱くて、キツくて・・・あんな、締め付けられたら・・・我慢
出来ねぇって」
「・・・・・知らない」
熱いだとか、キツいだとか。
そんなことは、龍麻の意志でどうこうなるものではない。
「ちゃんと後で綺麗にしてやるから、このままもう一回な」
「ッ、どうしてお前は・・・・・ッ」
勝手な言い草で、再び覆い被さってくる身体を、押し返して。
きつく睨み付けてやれば、それでも。
京一は、怯むことなく真直ぐに龍麻を見つめ返して。
「・・・・・なぁ、ひーちゃんさ・・・」
…何、怖がってんの
酷く、真面目な顔をして。
突き立てられた言葉に、思わず。
肩を揺らしてしまって。
「なぁ、・・・・・何そんなに怖がってんだよ」
「怖がって、なんか・・・」
返した言葉が、声が掠れてしまっていたのは。情交の余韻から
だけではないことを、龍麻は。
そして京一も、悟っているのかもしれない。
龍麻の中にある、その。
「・・・・・大丈夫、だって」
「な、・・・・・」
「大丈夫だから。そんな、怯えんな」
「何、・・・・・言って・・・」
何が。
大丈夫だと言うのだ。
そんな、あっさりと。
何でもないことのように、言い放って。
「お前に、何が・・・・・」
「何が分かるのか、って?分かんねーよ、難しいこたァな」
それでも。
「俺が、大丈夫ってんだから、大丈夫なんだよ」
「・・・・・その自信は、どこからくるんだ」
半ば、呆れたように呟けば。
茶色の瞳が、ニッと笑みの形に細められて。
「ひーちゃん、俺のこと好きだろ」
「・・・・・は、ァ!?」
「だから、大丈夫」
何を。
言っているんだ。
「何も、・・・・・変わんねぇよ」
「・・・・・、ッ」
「積み重なっていく、そんだけだ」
どうして。
「・・・・・そんな、こと・・・」
「ひーちゃんの中にも、俺の中にも。好きだ、って想いが沢山
降り積もってくんだ」
「・・・・・」
「好きだぜ、今更かもしれないけど。すげー、好きだ」
龍麻、と。
額に、頬に。
そして、唇に。
落とされるキスは、羽のように優しく。
触れて。
欲を刺激するものではないのに、酷く。
龍麻の中の何かを、震わせた。
「・・・・・知らなかった」
「あ?」
「お前が、俺のことを好きだなんて。ヤりたいだけなのかと
思っていた」
「・・・・・おいおい」
苦笑しつつ。
額を、コツンとぶつけられて。
「気持ちイイのは、ひーちゃんだから・・・なんだぜ」
「・・・・・熱くて、キツいって?」
具合が良いのだと言っていた。
そういうこと、なんだろうと。
「そいつは、カラダの問題。気持ちイイってのは、もっと全部
引っ括めて、な」
「・・・・・お前にしては、随分小難しいことを言うんだな」
「お前にしては、ってのは余計だっての」
コツリと額を打ち合わせたまま。
何となく、互いに。
笑い合えば。
「・・・・・笑った顔も、すげー好き」
そのまま、また口付けられて。
啄むようなそれが、少しずつ。
深く、龍麻を侵食していく。
「ん、ッ・・・・・」
受け入れ、絡めてくる舌に応えながら、そろりと。
広い背に、腕を回せば。
「ん、ちょっと・・・待って」
名残惜しげに銀糸を引きながら、唇が離れ。
上体を起こすと、京一はシャツを無造作に床に脱ぎ捨てた。
曝された上半身の、その鍛えられた肩に胸板に。
初めて見る訳でもないのに、トクリと鼓動が高鳴って。
「・・・・・京一」
その、日に焼けた逞しい身体に手を伸ばし。
首に腕を絡めるようにして、引き寄せて。
「ッ、・・・あァ・・・・・」
唇を強請れば、まだ龍麻の中に収められていたものが震え、
一段とその体積を増して。
「・・・・・大きい」
「ん、・・・まだまだ、こんなもんじゃないぜ」
「知ってる・・・もっと、凄くなる」
吐息混じりに呟いた声は、どこかうっとりと。
熱を帯びて。
「・・・・・不思議、だな」
「ん?人体の神秘ってか」
「・・・バカ、そんなんじゃない」
不思議だ、と思う。
何かか剥がれ落ちてしまったかのように。
すんなりと。
「・・・・・キモチイイ」
「あァ、・・・・・俺も」
それは、身体の快楽だけではなく。
もっと、奥深いところから。
「もっと、気持ち良くしてやるよ」
「・・・・・オヤジ」
「っつーか、気持ち良くなろうぜ・・・・・龍麻」
一緒に、な。
耳朶に囁かれて。
くすぐったさと、快感に。
微笑みながら、甘く溜息を零す。
心の在り方ひとつで、こんなにも。
「京一・・・」
好き、と。
本当に、小さな声で。
殆ど吐息だけの、その囁きは。
届く。
パチパチと、何度か瞬きした後、京一は。
嬉しそうに、微笑って。
「やっと、言ってくれたな」
ギュッと、強く。
抱き締めてくるから。
「・・・・・大好き」
今度は、はっきりと言葉にすれば。
「チョー、幸せ」
チョーは、よせと。
苦笑しつつも。
京一の笑顔に、言葉に、存在に。
充たされていく、自分を確かに感じながら。
「・・・・・好き」
囁いて、何度も。
自分の言葉に、また。
心が震えた。
心と身体が伴ってると、キモチイイもの
らしいです(笑)v
自覚のないままに身体先行しちゃって
おりますが、気付いてしまえば後は
何とでもなるもので。
っつーか、挿れっぱなしかよー(地団駄)!!