『咎、生まれ出ずる』



「彼」と出逢った、その時から。
 ああ恐らくは。
 我が咎は生まれたのだ。

 マティアスの息子、2人のテオドール-----カインとアベル。双子の弟アベルの影として、
私は生きてきた。
 ただ、影として。
 ただ、それだけ。
 何も、望まず。
 それでも、マティアスの息子としてアベルの兄として、私は幸せだった。
 幸せだったはずなのだ。

 その赤い髪の幼子は、その無垢な瞳に私を映し出した。私自身を。それまで、テオドール・
A・ライデンとして、その影として、その小さな存在を慈しみ愛おしんできた私にとって、
 それは魂を根底から揺さぶられるような出来事であった。
 カインのことは、3人だけの秘密。
 アベルの愛娘エルモの提案に、自分たちだけの内緒事だとか秘密事だとかいう言葉に
きっと心惹かれたであろう子供は、嬉しそうに頷いてキラキラと輝く瞳で私を見上げると、
その小さな口で私を呼んだ。
 カイン、と。
 その瞬間の気持ちは-----その歓喜は。
 今でも私の中に強く熱く忘れ難きものとして残っている。

 私は、カイン。
 君の-----カイト、君だけのテオおじさんだよ、と。
 告げれば、純真な笑顔が視界いっぱいに広がる。
 抱きついてくる小さな身体に、腕の中のその温もりに、堪らない愛おしさが込み上げて
くる。

 カイト-----小さな、私のカイト。
 君の大切なものを、私が守ってあげるよ。
 君のことも。
 私が、必ず守るから。

 その誓いが潰えた、あの夜。悪夢の始まり。
 だが、我が罪は-----この咎は、恐らくは。
 きっと、それよりも前に。
 カイトと出逢って。カイトに名を呼ばれて。
 カイトを抱きしめて。
 カイトを。
 どうしようもなく求め、欲している自分自身に戦慄した時から。

 それは、始まっていたのだと。

 何も求めない。
 何も欲しがってはいけない。
 私はアベルの影なのだから、と。
 自分に言い聞かせるまでもなく、それが当たり前のこととして生きてきて、生きて
いくのだと確信していた私が。
 ただひとつ、欲した。
 欲しいと、手を伸ばしてしまった。

 それが、罪の始まり。
 あの惨劇は、我が罪が生み出した悪夢。
 あの日から、ずっと。
 昏い悪夢を彷徨っていた、罪の結晶のような私を。
 再び、救い上げてくれたのも、「彼」で。
 もう、触れることも叶わぬと絶望していた温もりが、今。
 白い闇に閉ざされた世界にのみ存在を許された仮初めの肉体に、触れて。
「今、怖い顔してた」
「・・・・・私は元々こういう顔だよ」
「また、そうやってはぐらかす・・・」
 滑らかな頬を拗ねたように膨らませながら、だがしかしそれ以上追求する気はない
のか、閉じ込めた腕の中、甘えるように胸元に頭を寄せる。
「・・・暖かい」
 カイトが呟いたそれは、幻惑の感覚。だが、カイトがそう感じるのなら、きっと
それは真実。

 覚めた悪夢。
 そして、カイトがもたらした白い夢の中。
 私は存在する。
 カイトのために。
 カイトが望むままに。
 抱きしめて。
 触れて。
 それが赦された場所に私は在る。

 カイトのためだけに。
 私は、在る。






ペインキラーでテオおじさんでカインで。
呼ばせ方が悩みどころです。臨機応変?