『MISSION-XXXX』


 そのミッションは、ソレスタルビーイングが本来行うべき紛争への武力介入
とは異なる種類の、イレギュラーなものであった。それでも、とある方面の
軍事産業を縮小あるいは撤退させるために必要不可欠な、さる要人に関係した
人物の警護がただちに必要であると、スメラギとヴェーダのミッションプラン
が一致した結果、とある都市にある高等学校に刹那が短期留学生として転入し、
ロックオンがその保護者として現地に赴くこととなった。

「刹那、学校生活はどうだ」
「問題ない」
 口数の少ないおとなしい優等生という人格を、どうやら刹那は見事に演じて
いるらしい。
「ほい、弁当。今日はお前の好きな卵の」
「行ってくる」
「・・・・・行ってらっしゃい」
 素っ気無いなあと苦笑しつつ、それでもロックオンお手製の弁当を刹那は
残さずに食べてくれている。米粒1つ残さずきれいに平らげられた空の弁当箱
を洗いながら、ささやかな喜びを感じてしまったりしている自分の方が、多分
重要な任務にあたっているという自覚が足りないのだろうが、やるべきことは
きっちりこなしているのだから、このくらいは良いよなと肩を竦める。
「ああ、そういえば今日は・・・」
 昨夜、いつもの報告の最後に刹那がついでのように告げた言葉を思い出す。
「担任の先生が、家庭訪問・・・ねえ」
 本人の報告によると、刹那は無難に学校生活をこなしている様子である。
ならば担任がわざわざ訪ねてきたところで、悪い話など出ないはずだ。そう
警戒することもない。
 取り敢えず、軽く掃除でもして茶菓子を用意して待つとするか、と何故か
スメラギ自ら用意してくれたハロ柄プリント付きエプロンを外し、ロックオン
はリビングへと向かった。



 掃除はした。お茶と茶菓子の準備も出来た。ラフな服装ではあるが、保護者
としては問題ない清潔感溢れる身なりだろう。
 刹那が告げていた担任教諭の訪問の時刻まで、あと1時間近くもある。さあ
いつでも来やがれとロックオンは満足げに鼻を鳴らし、リビングのソファに
どっかりと腰を下ろす。最上階に位置する部屋の日当たりの良い場所だ。昼寝
するにはもってこいだよなあと思いながら、いやいや寝ちゃいかんだろうと
首を振っていても、睡魔とは勝手にやってくるものである。
「あ、ふ・・・・・眠・・・いや、寝たら・・・ダメ・・・・・」
 昨夜は結構遅い時間まで報告のデータをまとめて作成していたこともあり、
ポカポカ陽気と相乗して襲ってくる睡魔の波状攻撃に、ロックオンは必死に
抗っていた。だがしかしそれは、10分も経たない内に無駄な抵抗に終わる。
ロックオンの瞼が落ち、ずるずると身体がソファに沈み込んでしまってから、
約30分経った頃。幾度かチャイムが鳴らされた後、カチャリと玄関ドアの
開く音がした。
「・・・・・おや」
 殆ど足音もなくリビングに足を踏み入れた侵入者は、ソファに身を預けて
眠るロックオンの姿に一瞬驚いたように目を瞬かせ、そして口元に愉しげな
笑みを浮かべた。
「見付けた・・・私の眠り姫」
 どこかうっとりと呟きながら、あくまで慎重にそのソファへと忍び寄る。
眠り姫とは王子のキスで目覚めるものだ。そしてその役目は、自分を置いて
他にあろうはずがない。そんな信念を抱きつつ、彼にとっての眠り姫の傍ら
へと跪く。
「今宵、君と踊るワルツは忘れ難きものになりそうだ」
「真っ昼間から意味不明な夢見てんじゃねえよ」
 甘い言葉を囁く唇が触れたのは姫君の柔らかなそれではなく、固く無機質
なハンドガン。前触れもなく目を覚ましたロックオンと、その銃とを眺め
ながら、侵入者は不敵に笑った。
「怪しい者ではないよ」
 さらりと告げられた言葉に、ロックオンは眉を顰める。
「人んちに無断で上がり込んでおいて、怪しくないが聞いて呆れるぜ」
「何度もインターホンを鳴らしたのだが、応答がなかった。カギも開いて
いた。眠る姫を護る茨もない城とは、いささか不用心ではないかな」
「・・・・・う」
 指摘のされ方がどうにもおかしい気はするのだが、確かにやや不用心では
あったかなと小指の先ほど反省していれば。
「もしや何か良からぬ事態でも起こったのではないかと、一応失礼すると
断って上がらせて貰ったのだが・・・そうしたら私の眠り姫に出会った。
乙女座の私にはセンチメンタリズムな運命を感じられずにはいら-------」
「で、どういったご用件ですかね」
 芝居がかったセリフに引き攣った笑いを浮かべながら、一体どこの会社の
セールスマンだとうんざりして問うロックオンに、男は堂々と答える。
「ああ、これは失礼した。私は刹那君のクラスを担当しているグラハム・
エーカー。見ての通りの軍人だ!」
「・・・教師だろ」
 こいつやっぱりどっかおかしい。だが、今日来るはずだった刹那の担任
だというのなら、そう邪険に扱うわけにもいかない。彼の機嫌を損ねて、
今後のミッションに支障が出るようなことがあってはならない。
「銃を向けられるのには慣れているが、今の私たちに武器など不要ではない
かな、姫」
「誰が姫だ、誰が」
 というか、何で一介の高校教師が銃を突き付けられるのに慣れてるんだ。
もはやどこから突っ込んで良いのか分からないし、こういう男を雇っている
学校にも不信感を抱いてしまっても、しょうがないのではないか。それとも
もしや学校では極普通の態度の教師だったりするのだろうか。
 あからさまに不審者を見る目で対峙するロックオンに、グラハムと名乗る
刹那の担任らしい男は、隙のない所作でその隣に当然のように腰を下ろした。
「ところで、刹那君のことだが」
 至極真面目な顔で切り出され、ハッとしたようにロックオンも居住まいを
正した。どうして正面ではなく隣に寄り添うように座るのか、怪訝に思う暇
すらなく。
「あ、ああ・・・家庭訪問でしたね。済みません、えっと、エーカー先生」
「つれないな、姫。私のことはグラハムと呼んでくれたまえ」
 だから、何で姫なんだ。馴れ馴れしいというか偉そうな態度も微妙に気に
触る。だが、そんな負の感情はしっかりと隠して、あくまで保護者の顔で
ロックオンはグラハムに向き合う。
「で、うちの刹那のことですが。グラハム先生」
 こいつはただ家庭訪問にきた、刹那の担任なんだ。俺もマイスターとして
任務はきっちりこなしてみせるぜ、と決意も固くグラハムの顔を見つめれば、
綺麗な碧の瞳が熱っぽく見つめ返してきた。どうしてこんなに顔が近いんだ
と今更のように気付いて、ロックオンは不自然にはならないよう、やや身を
退く。
「先生、は付けずとも・・・いや、そういうシチュエーションもいけるな。
教師と団地妻、真昼の逢瀬は禁断の」
「不穏な独り言は聞き流してあげますから、話を進めて下さい先生」
「階級は中尉だ」
「だからあんたは教師だろ」
 このやりとりも、ミッションに組み込まれているのか。俺は何かを試さ
れているんだろうか。何とか言ってくれよ、ミス・スメラギ…と項垂れた
ところで返事があろうはずもなく、任務なのか何なのか知りようもない会話
は更に続けられる。
「そろそろ姫の名を教えて貰えまいか」
「・・・転入の際の書類に書いてんじゃないのか」
 そういった書類を用意したのは確かティエリアだった。ヴェーダの指示に
従って完璧に作成したと言っていたのを疑いもせずにそのまま提出したの
だが、記入漏れでもあったのか。
「いや、機密事項とあるが」
「・・・何、そのあからさまに怪しい記述」
 おいおい勘弁してくれよ、ティエリア。いや、これはヴェーダのせいに
するべきなのか、ティエリアも記入していておかしいとは思わなかったの
だろうか。
 もう笑うしかないとばかりに、渇いた笑いを貼り付かせる。
「知っているかな、・・・秘密は女をより美しく装うという」
「俺は黒の組織でも女でもねえよ」
 自分の突っ込みの意味すらよく分からない。これは本当にヴェーダの
推奨したミッションプランの一部なんだろうかという疑問がロックオンの
頭の中をグルグル回る。
「そうだな。姫は私の姫だ」
「は、はは・・・・・」
 何なんだ、このミッションは。無駄に変なとこで難易度高いぞ。だが
これも世界から戦争を根絶させるための足掛かりの1つなのだと思えば
何とかどうにか耐えられる。耐えてみせる、とロックオンは膝の上で緩く
握っていた拳にグッと力を入れ直した。
「それでは、刹那君の学校でのことについて話そうと思うのだが」
「あ、はいはい」
 やっと本題きたー、とロックオンの表情が弛む。自然と浮かんだその
笑顔も心のアルバムにしっかりと収めながら、グラハムはようやく本来の
目的である家庭訪問らしきことをこなし始めたのだが。
「刹那君は、いつも熱心に------------」
「勉強以外でも、例えば--------------」
「そう、先日も----------------------」
 グラハムが、刹那の学校でのことと称して語り始めてから、どれくらい
時間が過ぎただろう。刹那が報告してくること以外にどういうことを学校
の中で行っているのか聞けるのは保護者の立場としても有り難い。しかも
どれもこれも刹那を褒めたたえる言葉ばかりだ。偉いな刹那、とすっかり
父親かお兄さん気分で感慨深く聞いていたロックオンであったが、その
時間が長くなるにつれ、あまりにも熱く饒舌に事細かに刹那の素晴らしさ
を語るグラハムに、どうにも苛立ちのようなものが募っていく。
 話が長過ぎるせいなのか。
 いや、担任だか何だか知らないけど、そこまで情熱的に語るってのも
どうなんだよ。いくら何でも、入れ込み過ぎなんじゃねえの。
 もしかして、こいつ刹那に。
「どうかしたのかな、姫」
「あ? ・・・何でもねえよ」
 つい、ぶっきらぼうな返答をしてしまったことに、ロックオンは気付い
てはいない。グラハムはうっすらと微笑んで、するりとロックオンの頬に
手を滑らせた。
「憂い顔の姫も美しいが、私は姫の笑顔が見ていたいな」
「・・・話続けろよ。あんたの可愛い刹那がどうしたって?」 
 苛々した気持ちのままに、その手を振り払ってしまう。そのことよりも
口をついて出た刺々しい口調とその内容に、ロックオンは驚いてソファの
上を大きく後ずさった。
「・・・困ったな」
 苦笑混じりのグラハムの言葉に、己の失態を知る。
「す、済まん・・・ちょっと考え事、というか・・・」
 言い訳にもならないことを並べようとしていると、不意に力強い腕が
ロックオンを捕えた。
「抱きしめたいな・・・私の愛しい姫」
「う、わっ・・・!?」
 言う前に抱きしめてるじゃねえか、ガッチリと。突っ込みも入れられ
ずに、その束縛から逃れようともがくけれど、見掛けよりずっと逞しい
腕の力にそれは叶うことなく、勢いのままソファに押し倒されるような
形となってしまう。
「姫の可愛らしいヤキモチに私は欲情した!」
「するな!」
 ストレートにぶつけられた言葉を具現化した熱が下肢に押し当てられる
感触に、ロックオンは身の危険というものをまざまざと感じる。
「今日の私は・・・阿修羅すら凌駕する存在だ!」
「ちょっ・・・何、・・・嘘、すげ・・・デカ・・・って、そんなの、お
・・・っ押し付けるなああ!」
「押し付けるだけでは済まさんよ」
 じゃあどうするんですか、なんて恐ろしくて聞けない。この状況が理解
出来ないほど初心でもない。
「や、止め・・・っせ、刹那が! もうじき帰って・・・」
 さすがに生徒の前で不埒な行為には及べまいと、縋る思いで少年の名を
口にしたというのに。
「彼が来なければ続けても良いと言っているようだ」
「い、言ってな・・・あ・・・ああ、っん・・・・・」
 巧みにシャツをはだけさせ、胸元に忍び込んできた手が肌を撫でていく
のに、疼くような痺れが走る。まるで喘ぎのような声が自分の口から漏れ
たことに、ロックオンは羞恥より絶望を感じた。
「私よりも・・・我慢弱いようだ、可愛らしいな・・・姫・・・」
「ひ・・・っ、姫って呼ぶな・・・っや、ああああ!!!」

 半ば悲鳴のように叫んだ途端、けたたましく警報音が鳴り響いた。




『緊急事態発生! 緊急事態発生! 計器破損! 計器破損! 仮想
ミッション中断! 仮想ミッション中断!』

 様々な機器が並んだ室内に、何かが破壊されるような物音が響く。
「ちょっと、何をしているの! アレルヤ!」
「止めないで下さい、スメラギさん! ロックオンが・・・何だかよく
分からないけど、ものすごくいやらしい表情で・・・何だか僕・・・って
いうか、どんな仮想ミッションをさせているんですか!」
「く、詳しいことはヴェーダにしか分からないけれど、だからって装置を
壊してどうするの!」
 蒼白なスメラギに、頬を紅潮させたアレルヤが珍しく食って掛かって
いるのを尻目に、刹那はまだ仮想ミッションのための眠りから覚めない
ロックオンのほんのり色付いた肌を何やら難しい顔で眺め、ティエリアは
ヴェーダが記録したデータを事細かに閲覧するために、システムルームに
向かった。


 数時間後、ようやく目覚めたロックオンの、うんざりしたような第一声
は、「ハムは当分食いたくねえ」だったらしい。