『hot choco hot』


「ジャーン! これ、なーんだ!」
 喜色を満面にカイトが両手に捧げ持ちつつ見せびらかしてきたものを
見て、そしてそのパッケージに書かれた文字を読んだライカは、僅かに
眉間に皺を寄せつつ溜息を零した。
「・・・どうしたんだ、それは」
「姉さんに貰った・・・仕事忙しいらしくて直接渡せそうにないからって
送られてきたんだけど」
 姉に会えなくて残念そうではあるものの、しかし贈られたそれをカイト
は、いたくお気に召した御様子で、ニマニマと口元のだらしない笑いを
もはや隠そうともしていない。
「こういうのあるって知らなかったなあ・・・さすが姉さん」
 タツキがカイトに贈ったもの。それは、確かに今日この日にふさわしい
贈り物であったのだろうけれど。
「で、どうするんだ」
 どうするもこうするも、カイトの答えなど分かり切ってはいたけれど、
一縷の望みを掛けて聞いてみる。
 そして、予想どおり。
「え、勿論今夜使うに決まってるじゃん!」
「・・・・・そうか」
 嬉しそうに断言するカイトに、やっぱりなとライカは視線を泳がせる。
まあ、カイトがそうしたいのならしたいようにすればいい。反対する気は
ライカにはなかったのだが。
「一緒に入ろうな、ライカ!」
「・・・・・何だって?」
「風呂。いつものことだけどさ」
 いつものこと。相棒は常に共に行動すべきと自分が言ったこともあって、
ほぼ毎日のように2人一緒に入浴はしているけれど。しかもこんな積極的
にライカに一緒に入ろうなどと言うカイトは、それこそクールな顔の下で
こっそりガッツポーズ的な出来事だというのに。
 一瞬表情を強張らせたライカに気付いたのか、カイトの笑顔が曇る。
「・・・・・イヤ、なのか・・・?」
「そ、うじゃない」
 言葉に詰まってしまったものの、一緒に風呂に入るのがイヤなわけは
ない。問題は、そこではない。
「姉さんの手紙にも書いてあったんだぜ。『ライカも御一緒にどうぞ』
って。ハートマーク付きで」
「それは、・・・御丁寧に」
 間違いない。嫌がらせにほかならない。あのタツキが溺愛する弟と自分
とが一緒に風呂なんて、もう半ば諦めてるとはいえ笑顔で勧めるはずが
ない。
「えっへへー、楽しみ」
「・・・・・」
 たかだか半時間程度のことだ。きっと耐えられる。
 ライカは見間違いではないだろうかと、もう1度パッケージの文字を
確認してみたけれど、そこには日本語でしっかりとこう印刷されていた。

 『チョコレート風呂の素』と。



「は・や・くー! ライカー!」
「・・・・・ああ」
 早速のようにカイトはウキウキと風呂を沸かして、チョコレート風呂の
素とやらを投入したらしい。バスルームからは、「おお、チョコの香りが」
だの「いい匂い〜美味しそう〜」だのと、弾んだ声が聞こえてくる。
 早く入って来いと呼ぶ声が、今夜ばかりはほんのり苦い。いっそビター
チョコな香りなら、何とかなりそうな気もするのだが。
「・・・・・入るぞ」
 躊躇しつつも、バスルームのドアに手を掛け、えいっと開く。
「・・・・・・・hっ・・・」
 固形のチョコレートなら、パッケージに包んでかれば控え目な香りしか
しない。しかし、チョコレート風呂という入浴剤と化したそれは、程よく
熱せられてフワフワの湯気となり、香りの粒となりバスルームに充満して
いた。
「・・・これ、は・・・・・」
 凄い。凄まじい。ビターなら良いどころではない。甘ったるいチョコの
香りに、ライカは目眩すら感じて立ちすくむ。
「ちゃんとチョコの色でチョコの香りで。味もほんのりチョコなんだぜ」
「・・・舐めたのか」
「ち、ちょっとだけだよ!」
 既に湯舟に浸かってビバノンノ状態のカイトの肌に褐色の湯がまとわり
ついているのは、なかなか悪くない光景ではある。
「美肌効果もあるんだってさ」
「お前が美肌になってもな・・・」
「わ、悪かったな!」
「いや、悪くはないが」
 元々、カイトの肌の手触りはかなり良い。特に、ライカのこだわりの
ある太股の辺りなど、ずっと撫で回していても飽きないくらいだ。それが
更にイイカンジになるのなら、それは歓迎すべきことで。
「・・・・・どんな具合だ?」
 手を伸ばし、湯から出ている肩の部分をまずはスルリと撫でる。そんな
すぐに効果が出るものではないだろうけれど、それでもやはりカイトの
肌は触り心地が良い。
「ちょ、手・・・冷たい・・・早く入れよ」
「ああ」
 促されて、掛け湯をするとライカもカイトと向き合うようにして湯舟の
中に腰を降ろす。チョコレートの中に身を浸してるのだと考えると、正直
どうにかしてくれと天を仰ぎそうになるけれど、だからといってカイト
との入浴タイムを無駄にするつもりは、優秀なヴァリアントたるライカ
にはなかった。
「ちょ、っ・・・ライ、カ・・・・・」
「もう冷たくはないだろう?」
 適当に湯に浸して温めていた手を湯の中をゆっくりと移動させながら
カイトの膝小僧を撫でる。濁った湯は中の様子が殆ど見えないから、突然
触れられてカイトの声が震えて裏返った。
「ふーん・・・確かに、美肌効果とやらはあるようだな」
「そ、そう・・・って、どこ触っ・・・」
「膝から太股に移動中だ」
「じ、実況しなくて、い・・・・・、っ・・・・・」
 するすると滑らせた手を、太股にそして、ゆっくりと内腿へと忍ばせる。
「く、すぐった、い・・・から」
「それだけか?」
「う、・・・や、あ、あ・・・あ」
 そこ、には触れぬように。柔らかな脚の間の肉を、確かめるように撫で
上げては、軽く揉みしだいてやる。数え切れない程繰り替えされた愛撫に、
カイトの抵抗はもう殆どないに等しい。ゆるゆると首を振りながらも、
零れる声には少しずつ艶めいたものが混じり始めていた。
「こ、こんな・・・とこ、で・・・あ、・・・」
「いつもしてるだろう」
「で、でも・・・今日、は・・・せっかく、チョコレート、なの・・・に
・・・中・・・は、っ・・・・・・・」
 カイトが濁した言葉を汲み取って、ライカはめったに見せない深い笑み
を口元に刻む。
「ミルクチョコレートにしてしまえば良い」
「う、あ、っな、何・・・ラ、イカ、バ・・・ッカ、・・・っ・・・・・」
 我ながらとんでもないセリフだなと思いながら、剥き出しの肩に口付け、
そろりと舌を這わせる。そこはやはり微かにチョコレートの味がして、
その人工的な甘さは好ましくはなかったけれど、カイトの肌を彩るもの
だと思えば、その不快さが消えていくから不思議だ。
 ふと、チョコレートには催淫効果があるのだと何かの本に書いてあった
のを思い出す。その真偽は定かではないけれど、このチョコレートの香りが
立ち上るバスルームに足を踏み入れて、かなり早い段階からその気になって
しまっている自分を思うと、あながち嘘などではないのかもしれない。
「・・・っ、ライ、カ・・・」
 湯舟の中にいるせいだけではなく上気した頬にもキスをすれば、無意識に
その先をねだってかカイトがキュッと目を閉じる。
 目眩がするくらい、可愛い仕草をしてくれるな。
 目を細め、ライカはうっすらと開いたカイトの唇に己のそれを重ねた。
 ああ、ほんとうに。
 クラクラしそうだ。




「・・・・・大丈夫か?」
「・・・・・ああ」
 額に乗せられた濡れタオルが気持ち良い。ぼんやりと靄が掛かったような
した思考が、その冷たさにはっきりとしたものになってくる。
「・・・びっくり、した」
「・・・俺もだ」
 風呂場でのああいった行為は湯あたりしやすいから、それなりに気をつけ
てはいた。
 なのに。
 あんなに早々に、のぼせてしまうなんて。
「沈んでくから、ほんとに・・・びっくりした」
「・・・・・」
 そう、のぼせて意識を失ってしまったのだ。危うく溺れてしまうところ
だった。
「俺、倒れたお前を運ぶの、2度目な気がする」
「・・・・・そうだったな」
 今回は、どこもぶつけられずに済んだようだが、とライカは小さく苦笑
する。
 つい、半時間前。バスルーム、湯舟の中でフッと意識が途切れた。カイト
は最初、ライカは湯あたりしてしまったのだと思ったのだが、それにしては
ちょっと様子がおかしい。慌てて素っ裸のまんまのライカを半ば引き摺る
ようにして寝室に運んで、チョコの湯まみれでシーツが汚れてしまうけど
後で洗濯出来るしと、そのまま寝かせてぐったりしたライカを甲斐甲斐しく
介抱しながら、ふとその原因に思い当たった。
 甘いものが、物凄く苦手なライカ。甘い匂いを嗅いだだけで、倒れそうに
なると言っていたライカ。
「・・・・・俺の、せいだ・・・」
 うっかりしていた。というか、多分浮かれ過ぎて失念していた。
 ライカは。
 甘ったるいチョコレートの匂いに、酔ってしまったのだ。
「ゴメン、ライカ・・・」
「・・・・・お前は悪くない。俺が、迂闊だっただけだ」
「でも、・・・俺・・・・・」
 誘ったのはカイトだ。一緒に入るのはイヤなのか、とズルい聞き方をした。
ああ言われれば、イヤだなんてきっと言えない。
「誘ってくれて、嬉しかった」
「・・・・・うう」
 そんな風に、優しく微笑まれたら。
「済まないな、・・・俺がもう少し、甘いものに耐性があれば」
「・・・・・ライカ」
 ますます罪悪感が強くなって、泣きたくなるのに。
「カイト」
 だけど、もう既に涙を浮かべてしまっていたんだろうか。目元をライカの
指がそっと撫でてくる。少し冷たくなってしまった指先が、少し切ない。
「・・・・・ここに」
「え」
 ポンポン、と。
 ライカが横たわったベッドの脇を叩くのに。
「眠るのも一緒だと言っただろう?」
 それは。
 いつも、そうしているけれど。
「で、でも、まだ」
「今はダルくて何も出来ないが・・・明日、ちゃんと貰う」
「な、に・・・」
 それは。
 そう、なんだろうか。
「お前はいつもチョコを食っているから、・・・そんなお前だけで充分だ」
 バレンタインデー。甘いものが苦手なライカだから、チョコをあげるのは
カイトも諦めていたけれど。
「・・・・・俺で、いいのか」
「お前が良いと言っただろう」
 甘いものが苦手なくせに。
 時々、恥ずかしくなるくらい甘ったるいセリフをサラリと言う。

「・・・・・いいよ、いくらでもやるよ」
 ライカの隣に、モゾモゾと潜り込んで。
 いつものように抱き込んでくる腕に、カイトはその身を委ねた。




バレンタインなので、ムズムズに甘いのを。
胸焼けするぐらい食らうがいい、ライカ。