『それすらも恐らくは日々の思い出』



「そう落ち込まないのよ、カ・イ・ト!」
 元気を出してと明るい声で励ますヘルマの顔は、どこか困ったような笑みを
隠し切れていない。気遣ってくれているのだというのは分かるけれど、自分の
犯した失態を思えば、溜息は止まりようもなくて。
「・・・・・落ち込むよ、あんな・・・」
 あんな。
 情けない。
「その辺りはちゃんと計算に入れてたから、アタシもライカもしっかり貴方の
フォローに回れてたでしょ?」
「だから、っ・・・それが・・・・・」
 だから、よけいに。


 今日の任務は、とある町外れで大量に発生した魔物の殲滅だった。アニマ
ムンディ諸々とは直接の関係はなさそうなものの、どこでどんな手掛かりが
入手出来るか分からない。どんな小さなきっかけが転がっているか知れない。
 藁にも縋りたい-----ある意味それくらい現在における状況は少しずつとは
いえ、切羽詰まってきてはいたのだけれど。
 そして、調査員の示した場所に向かった面々のうち、約1名は穴の奥から
ガサガサと湧いて出てくる魔物たちを見て、一瞬にして蒼白となった。
「・・・・・ひ、・・・・・」
 何とか悲鳴は噛み殺した。背も向けなかった。
 ただ、視線はちょっとだけ逸らした。
「まあ、・・・黒光りのする大きな昆・・・・・」
「うあああああそれ以上言うなああああああああああ!」
 テレーゼがぽつりと呟こうとした言葉の先を、堪り兼ねたカイトの絶叫が
掻き消す。
「巨大コックローチの集団だね」
 さらりとジェフティが告げた言葉に遅れること、数秒。
「ああああああ何でここで日本語に訳しちゃうんだ俺えええええええ!」
 両手で頭を抱えながら、カイトはとうとう涙目で宣言した。
「でも、・・・でも俺はやる・・・!奴らを倒して、日本を救う!」
「・・・取り敢えず、前向きな姿勢は評価するよ、カイト」
 半ばヤケとしか思えない叫びにも、ジェフティはにっこりと微笑み。
「・・・・・だけど、念のため・・・宜しく」
 こっそりと、傍らのライカとヘルマに目配せを怠らない。
 了解、と2人が小声で応えたのを確認して、ギアを構えてすっかり臨戦体勢の
カイトの背中をポンと叩く。
「行くよ、・・・目障りなものは、さっさと片付けてしまおう」
「おおおおおおお!」
 気合いを漲らせたカイトが駆け出し、その後にやや遅れてライカたちが続く。
「皆さん、気をつけて・・・!」
 主に回復役に回りつつも、時に攻撃魔法でのアシストも担うテレーゼも、やや
後方から魔物が発生している穴へと近付く。
「特に、カイトさん・・・」
 そういえば、と少女はようやく思い出した。黒光りする、あの生物-----しかも
目の前にいるのは、それを更に巨大にしたもの。
「とても苦手だと・・・おっしゃってましたから・・・・・」
 ギアの柄をキュッと握り締め、テレーゼは不安げに先陣を切るカイトの背を
見つめる。
 こんな状況でなければ、あの虫に怯えるカイトが可愛いとすら思うのだが、
今相手にしているのはスリッパで叩いて退治出来るような小物ですらない。
 出会った頃より更に強くなっているカイトとはいえ、敵の姿に惑わされて判断が
狂うようなことがあれば、大怪我にも繋がるかもしれない。傷付いた仲間たちを
回復するための力が自分にあるとはいえ、やはり誰も怪我を負うことなく任務を
終えて欲しい。
「どうか・・・・・」
 そんなテレーゼの願いも、空しく。
 それは、あと少しで敵を殲滅出来るという頃に起きた。

「あと・・・あとちょっとだ・・・・・」
 とにかく早くこの気色悪い奴らを倒してしまいたい。その一心で、カイトはギア
をひたすらに振う。魔物たちは数こそ多かったものの、倒すこと自体は比較的簡単
であった、から。
 ほんの少し。
 あと少しだから、という思いもあったからなのか。
「カイト、後ろだ!」
 斜め後ろにいた魔物を一刀両断にして、ほんの一瞬肩の力を抜いたのだと思う。
ライカの声に振り返ったカイトの目の前には、黒々とした巨体の魔物。間近で見る
その姿形に、カイトの動きが強張ったように止まる。
「この、バカ・・・・・!」
 その次の瞬間、ライカの怒声と銃声が響き、やや遅れてギアを構え直したカイト
の視界に飛び込んできたのは、ライカの攻撃を受けて消滅していく魔物。
 そして。
「ぐ、あ・・・・・っ」
「・・・くっ、テラメギド!」
 無理な体勢での攻撃でバランスを崩したライカの腕に食い込んだ別の魔物の爪。
その魔物は、すぐにヘルマの強力な魔法で倒されてはいたけれど。
 低く呻きながら片膝をつくライカ。
 腕から流れた、真っ赤な血。
 駆け寄ったテレーゼが回復魔法を唱えている間も。
 カイトは、ただ呆然として。
 その場から一歩も動けなかった。



「自分の目で確認したら?」
 ヘルマと共に、ライカの部屋の前まで来て。ライカと同室のジェフティが、シー
を抱えてちょうど部屋から出てきたから、ライカの怪我の具合はと問うてみれば、
淡々とそう返された。
「僕はまだ船長への報告やら色々とやることがあって忙しいんだ。ああヘルマ、
君にも手伝って貰えると助かるんだけど」
「ええ、お安い御用よ」
「っ、・・・ヘルマ!」
 あっさり頷いて。先に踵を返したジェフティの後に続いて、カイトを残し、立ち
去ろうとするヘルマにカイトが縋るように一歩踏み出せば。
「ライカと話をしなくちゃならないのは、カイト・・・貴方でしょ?」
「・・・・・っ」
 ヘルマの言う通りだ。
 だとしたら、もしかすると2人は気を遣って席を外そうとしてくれているのかも
しれないと、そう思えた。
「ごめん、・・・有難う」
「ふふ、頑張んなさいよ」
 肩ごしに振り返り、ウインク1つ残して歩いていくヘルマの背を見送り、カイト
は大きく深呼吸すると、傍らのドアをノックした。

「あの、さ。その・・・・・傷の具合、は」
「たいしたことはない」
 意を決して部屋に足を踏み入れれば、予想に反してライカはおとなしく寝ている
でもなく、いつものようにデスクの前で巧みにキーボードを操っていた。その姿を
見ただけでは、彼が怪我人だとは思えない。
「で、でも・・・血が・・・沢山・・・・・」
 今でも思い出すだけで震えが走る。
 裂かれた上着。
 岩場に落ちた、鮮血。
「傷自体はそう深くはなかった。もう殆ど痛みはない」
 キーボードを叩いていたライカの手が止まる。半分振り返ったライカの左腕は
袖に隠れていて見えなかったけれど、その下は包帯に覆われているに違いない。
「そ、そんなはず・・・」
 浅い傷だとて、怪我は怪我だ。テレーゼの回復魔法で傷口は塞がりかけているの
かもしれないが、痛みがないはずはない。
「カイト、お前は・・・そんなに俺を重傷にしたいのか?」
「ち、違う・・・」
 そうじゃない。
「なら、何をしに来た」
「・・・・・し、心配で・・・だって」
 ライカが怪我をしたのは。
「俺のせい、だから」
「・・・・・」
「だから、・・・ごめん・・・ライカ・・・・・」
 頭を下げれば。
 ふう、と。
 ライカが大きく溜息をついたのが聞こえた。
「言いたいことは、それだけか?」
「・・・・・助けてくれて、有難う・・・」
 ライカがあの魔物を倒してくれなかったら、怪我をしていたのはカイトの方だ。
 だが、いっそ。
 その方が良かったのかもしれない、なんて。
「同じ失敗は繰り返さない・・・ように、気をつける」
 ライカではなく自分がいっそ、なんて思わない。
 自分も、誰であっても。
 怪我をしたら、悲しむ人がいるのだと。
 そう、気付かせてくれたから。
「・・・・・分かっているなら、それでいい」
 少しだけ柔らかくなった声に顔を上げれば、微かに。
 本当に微かに笑ったライカの顔があって。
「で、でも・・・御礼とかお詫びとか・・・・・その・・・」
 訳も分からずドキドキしてしまって、しどろもどろに告げれば。
「それはもう聞いた」
「っ、それじゃ俺の気が済まないんだよ!」
 何で俺、逆ギレしてんだよ、と。
 思っていることと言っていることが、どこかチグハグで、よけいに混乱して。
 だから。
「・・・・・どうしたいんだ、お前は」
 やや呆れた顔のライカに。
 更に感情が昂ってしまって。
「御礼とお詫び!お前の好きなもの、やるからな!」
 握りこぶしで、宣言する。
 ライカの好きなものは、とっくに知っているから。
「太股!俺の太股、今日1日お前の好きにしていい!」
 だからといって。
 それはないだろうと、溜息をついたのはカイトの内心だったのか、それとも
今回のことに口出し無用と黙らされていたスイヒだったのか、宣言されたライカ
の方であったのか。
「・・・・・・・・っ、ナシ!」
 しばしの沈黙。
 それを破ったのは、言い出しっぺのカイト。
「い、今のナシ!冗談!」
 ブンブンと首と手を振るジェスチャー付きで、慌てて発言撤回する。
 せっかく真面目に御礼と謝罪に来て、自分は何を口走ったんだろう。そりゃあ
ライカも呆れるよな、と改めて情けなさに項垂れていると。
「・・・・・ぬか喜びさせるつもりか」
「・・・・・は?」
 ぽつりと。
 呟かれた声は、怒っているようにも失望しているようにも聞こえて。
 まじまじと見つめ直したライカの顔も、やはりそのどちらにも見えたから。
「・・・・・えっ、と・・・」
「どうなんだ」
 どうなんだと聞かれても。
 カイトは、ライカの言葉を反芻してみる。
 ぬか喜び、とライカは言った。
 つまり、カイトの申し出を、ライカは嬉しく思っていたのかもしれない。
 ライカに。
 喜んで貰えたのだとしたら、それは立派に御礼でお詫びになる。
「・・・・・じゃあ、ナシもナシで・・・」
「はっきりと言え」
「だから、今日1日俺の太股はライカの好きにしていい!」
 はっきり。
 きっぱり告げれば。
 また微笑ったように見えたライカが、やおら立ち上がり、カイトに歩み寄った
かと思えば、いきなり肩を軽く突かれて、そのままよろけるように後ろのベッド
に転がってしまう。
「な、っ・・・何するんだよ!」
 突然、突き飛ばされて。
 ベッドがそこになければ、尻餅どころか後頭部を床に打ち付けていたかもしれ
ないのに。
 そう抗議すれば、疎いにも程がある、と。
 呟きながら、ギシリと音を立ててライカが覆い被さるようにベッドに乗り上げ
てくる。
「ちょ、ライ・・・・・」
「男に二言はないな?」
「な、ない・・・けど・・・・・」
 この体勢は、何だか居心地が悪い。
 追い詰められ、捕らえられているような感覚。
「なら、好きにさせて貰う」
 そう。
 どこか楽しげに告げたライカの手の平が、するりとカイトの太股を撫で上げる。
「う、わあああっ!」
「・・・・・もう少し、色気のある声を・・・・・期待するだけ無駄か」
 溜息をつきつつも、尚もサワサワと衣服の上から太股を撫でてくるのに。
 くすぐったいのか、気持ち悪いのか。
 とにかく、うっかり口を開けばどんな声が洩れてしまうのか、想像するのが
何だか恐ろしくて、口を引き結んで目を閉じる。
「・・・・・フッ」
 すぐ近くで、ライカが笑った気配がして。
 そのまま耳元、吐息と共にライカが囁いたのは。
「脱げ、・・・・・カイト」
「っ、な・・・・・!」
 今。
 こいつは何と言った。
「好きにしていいんだろう?直接触りたい。だから、脱げ」
「な、な、な、な・・・・・」
 閉じていた目を見開いて凝視すれば、だが目の前の男は涼しい顔で。
「それとも、・・・・・俺に脱がせて欲しいのか?」
「ぬ、脱いでやるよ!ああ脱げばいいんだろ?!」
 約束は約束だ。
 どっちにしても脱がねばならないというのなら、自分で脱いだ方が恥ずかしく
ないかもしれない。そう、一気に脱いでしまえば、どうってことない。そもそも、
男同士で今更照れてもしょうがないじゃないか、と。
 そう自分に言い聞かせながら、カイトは手早くズボンを脱いでみせる。好きに
していいと言ったのは太股だけだから、下だけで構わないよなと、ボトムは全て
そのままで。
 下肢だけを曝け出した己の姿を、ライカがどんな思いで眺めているかなんて。
 知っていれば、この時点でどうとでも理由をつけて逃げ出していただろう。
「こ、これで文句ないだろ!」
「・・・・・そうだな」
 ふ、と。
 微笑う吐息が耳朶に触れる。
 くすぐったいから、それは止めて欲しいと思うのに。
「いい眺めだ」
 満足げに呟いて、再びライカが手を伸ばしてくる。
「あっ、・・・・・」
 素肌に直に触れてきた手の平は、渇いてさらりとしていて。
 だけどほんのり温かく、ゆっくりと滑るようにカイトの肌を辿る。
「触り心地も、・・・申し分ない」
 だから、そんな風に。
 耳元で喋らないで。
「・・・っ、いちいちそんな・・・こと・・・言うな・・・っ」
 恥ずかしい。どうしたって恥ずかしい。
 よくよく考えてみれば、どうしてライカのベッドの上で下半身を曝け出して、
太股をいやらしい手付きで撫で回されなきゃいけないんだろう。
 確かにこれは、お詫びと御礼の一環であるのだけれど、それにしたって。
「っつーか、こんなこと・・・して。楽しいのか、お前・・・」
「ああ、楽しい」
「っ、・・・・・」
 即答されて。
 カイトは言葉に詰まる。
「楽しい、・・・・・とても」
 低く、しみじみと囁いて。
 内腿を辿っていた手の平が、そのまま何の違和感もなく足の付け根の方へと
移動していく。
「ひ、・・・・・」
 下着との境目辺りの、極薄い皮膚を指先がなぞる。
 くすぐったさと、何と表現して良いか分からない奇妙な感覚に咄嗟にやや開き
気味になっていた脚を閉じてしまえば、そこにあるライカの手をしっかりと挟み
込んでしまって。
「ぅ、・・・・・っ・・・」
 その感覚に、また意味不明な声が洩れそうになるのをどうにか堪える。
「脚を開け、カイト」
「や、・・・・だ」
「・・・・・カイト」
 咎める、でもなく。
 促す声の柔らかさに、カイトは自分でもどうしちゃったんだと驚く程素直に
ライカの求めに応じて、おずおずと脚を開く。
 そして、まるで良く出来ましたといわんばかりに。
 優しげな手付きで、内腿を撫でられて。
「っ、え・・・・・」
 ゆっくりと沈み込むライカの上体に、どうしたんだろうと疑問に思った次の
瞬間、カイトは堪らず声を上げた。
「や、っ・・・・・あ・・・・・!」
 立てた膝の頭に軽く唇が触れたかと思うと、やがて太股の内側をくすぐる
ライカの髪の感触と、そして。
 柔らかな皮膚に押し当てられた、それは。
 ライカの。
「何、・・・っ何して・・・・・」
「手だけで触るのは勿体ない」
 だからって。
「や、・・・そんなところで喋るな、・・・・・っ」
 内腿にかかる、ライカの吐息。
 啄むように触れてくる、それはライカの唇。
 咄嗟にその行為を阻もうとライカの頭を両手で捕らえれば、それに抗議するか
のように、軽く立てられた歯がやんわりと肌に食い込む。
「い、っ・・・・・」
 痛くはなかった、けれど。
「・・・・・痛かったのか?」
 上げてしまった声は、そう解釈されてしまったのか。
 歯を立てた箇所に、今度は温かく濡れた感触がして。
 舐められているんだ、と。
 認識した途端、ゾクリと震えが走る。
「い、いやだ・・・っ何、して・・・・・」
「好きにしている」
「そ、それ・・・は・・・・・」
 好きにしていいと言ったのは自分。
 だから、ライカの行為はそれに従ったもので。
 だけど。
「こ、こんなこと・・・」
 こんな触れ方をされる、なんて。
 思ってもみなかったことで。
「やめ、・・・ライカ・・・く、くすぐったい、から・・・・・」
 唇で触れられ、舌先で突つかれる度に、ビクビクと跳ね上がる身体が、何だか
けだるい。少しずつ、熱を帯びていくような。
「・・・・・それだけ、か?」
 くすり、と。
 微かに笑った吐息にさえ、震えて。
 だけど、その言葉にまた熱くなっていく身体、そして。
「・・・・・っ、い・・・いやだ、いやだ・・・!」
 気付いてしまった。
 気付かれてしまった、かもしれない。
 次第に熱を帯びていた、そこに。
 その変化に。
「ああ、・・・窮屈そうだな」
 呟いて。
 ライカの指が、下着にかかったのを慌てて止めようとしたのに、間に合わず。
 熱くなった部分が渇いた外気に触れて、それでその部分がどうなっているのか
が、否応無しにカイトにも分かるのに。
「・・・・・濡れている」
「い、言う、な・・・ぁっ・・・・・」
 なのに、そんなことまで。
 律儀に解説してくれなくても。
 悪気はないとかデリカシーがとか、もうそんなことよりも自分自身がひたすら
羞恥に震えるばかりで、罵倒どころか口から出た声は酷く弱々しげに響く。
「・・・こんなに震えて」
 可哀想にな、と。
 囁く吐息が敏感な皮膚を掠めて、ピクリと反応してしまったそれを。
 ライカの長い指がそっと捕え、逃れようもないまま呆然としているカイトの
目の前で、ゆっくりと。
 先走りを滲ませた先端に、口付けた。
「や、だ・・・っいやだ、ライカ・・・ッやめ・・・ろ・・・っ!」
 暴れて。
 逃げ出してしまいたいのに、強張ったように身体がいうことを聞かない。
 ライカは怪我をしているんだ、ということが頭の片隅にあるからなのだろうか、
乱暴に突き飛ばすことも躊躇われて。ただ、止めろと口走るばかりで、カイトに
他になすすべはなく。
 ろくに抵抗してこないのを幸いとばかりに、口付けた先端に今度は更に舌を
這わせてくるのを、目を逸らすことすら出来ずにカイトは目の当たりにする。
「や・・・だ・・・いや・・・汚い・・・そんな、こと・・・する、な・・・」
 もう殆ど涙声だ。
 そんなカイトの様子を、ライカが上目遣いにちらりと見上げてくるけれど、
やや目を細めただけで、カイトのまだ幼げな性器に執拗なまでに愛撫を施して
くる。
 そう、これは。
 愛撫と呼べるものではないのか。
 さっきまでの、太股への行為だって。
 もしかしなくても、そういう類いのものだったのではないか。
 性的な知識なんて、恐らく同年代の少年たちより相当少ない自覚はある。姉の
タツキがカイトをそういったものから遠ざけようとしていたことは知っていたし、
自分でも敢えて知りたいとも思わなかった。
 でも、性行為というもがどういうものかくらいはカイトにだって分かる。
 その全てを知っているわけではないけれど、漠然とした知識はある。
 だけど、まさかライカが。
 自分に対して、こんなことを仕掛けてくるだなんて。
 肌を撫で回されるくらいなら、まだふざけてだとか悪戯だとか、冗談という
言葉できっと片付けてしまえたのに。
 ここまできてしまったら、もう。
 途中で止めて貰えたとしても、既に。
「・・・・・泣くな」
 頬に、とうとう涙が零れ落ちるのをライカも気付いたのか。
 掠れた声が、耳に届く。
「酷いことは、・・・しない」
 もうとっくにしているじゃないかと言ってやりたかった。
 だけど、しゃくりあげるばかりで、まともに声にはならなくて。
 こんな風に泣いてしまう自分が情けなくて。
「これ、は・・・俺のせいだから。鎮めてやる・・・ただ、それだけだ」
 まるでライカ自身にも言い聞かせているようだと、ぼんやりとカイトは思った。
 ゆるゆると動く指も、舌の動きも。
 淫らなのに、どこか優しい。
 だから、酷く混乱する。
 ライカはどういうつもりで、こんなことをカイトにしているんだろう。
 聞けば、答えてくれるのだろうか。
 それとも、聞いてはいけないことなのだろうか。
「は、ぁ・・・・・っん、・・・・・ん・・・・・っ」
 そんな考え事をしているうちに、下肢から響く水音が大きくなって。口腔に
含まれたのだと、涙で歪んだ視界に映る光景で知る。
「あ、あ・・・っ、ん・・・あ・・・や・・・・・っ」
 ゆるゆると出し入れされて、唇で扱かれて。時折絡めてくる舌に、ライカの
与えてくる刺激全てに翻弄される。
 怖いくらいに、気持ち良い。
 ライカの髪を無意識に掻き乱す指は、時にもっととねだるように髪を引く。
 促されるようにきつく吸い上げれば、必死に堪えながらも切れ切れなか細い
嬌声がカイトの唇から零れる。
「や、・・・ライカ、・・・ライ、カ・・・・・」
 ライカの指。
 ライカの吐息。
 ライカの唇。
 ライカの舌。
「・・・・・カイト・・・」
 ライカの声。
 他には、もう何も。
 ライカのことしか考えられなくなる。
「ラ、イカ・・・っ、も・・・う・・・・・、っ・・・」
 今までに経験したことのない刺激に、その凄まじい快感に飲み込まれそうに
なる。ライカの指が裏筋をくすぐり、張り詰めた皮膚を滑り降りて、双球を
やんわりと転がすように揉みしだいても、滑る体液が導くままに奥の窄まりに
触れても、嫌悪なんて感じる余裕もなく。
 ライカの与えてくれるもの全てが。
 気持ち良くて。
「だ、め・・・もう・・・も、ぅ、・・・・・っあ・・・あああ・・・っ」
 無意識に揺らめいていた腰を、更に押し付けてしまった弾みだったのか。
 ヒクヒクと収縮を繰り返していた入り口を宥めるように蠢いていた指先が、
浅い位置に潜り込んでしまった、時。
「あ、あ・・・あ、・・・・・っ」
 弾けていた。
 真っ白に。
 急激に高いところに押し上げられ、そしてゆるゆると落下していく感覚。
「・・・・・ん」
 喉を鳴らした音にギクリとなって、まだどこか朧げな視線を落とす。
 白い、体液。
 紅い舌が、口の端を伝うそれを舐めとる様が、まるでスローモーション映像
のようで。
 現実感がない、けれど。
「・・・・・何、・・・俺・・・ライカ・・・・・」
「・・・・・鎮まったか?」
 鎮まったか、ではない。
 今、自分は。ライカは何をした。
 恐らく偶発的とはいえ、指を突き入れられて、その刺激に誘われるように
達してしまった。
 口の中に放ってしまったものを、ライカはあろうことか飲み下して。
「・・・・・っ、・・・」
 ショック、なんてものじゃない。
 何よりも衝撃的だったのは、なされた行為でも己の反応でもなく。
 それら全てを、酷く甘い記憶にしてしまいそうな自分自身。
 こんなに自分は快楽というものに弱かったのだろうか。
 それとも。
「・・・・・まだ、か?」
 まだ萎え切らずにトクトクと脈打ってライカの手に収まっている自分の一部を
信じられない思いで見つめてしまう。
 そして、ライカを。
 ライカは。
「お、前・・・・・、っ・・・」
「つ、っ・・・・・」
 それを確かめるように、肩を掴んで押し退けてしまえば、ライカの口から苦痛
を訴える声が洩れてハッとする。
「ご、ごめ・・・ん」
 怪我のことをすっかり失念していたことを詫びつつも、カイトの目はライカの
下肢に釘付けになる。
「お前、だって・・・・・」
 そこ、は。
 明らかに反応を示して隆起しているのが分かる。
「生理現象だ・・・適当に散らす。気にするな」
「な、に言ってんだよ・・・!」
 自分だけ、そんな。
 涼しい顔をして。
「ずるい、俺だけこんな・・・俺、も・・・俺もするから!」
「・・・・・バカを言うな」
 半ば意地になって叫んでいることくらい、自覚している。
 けれど。
「バカとは何だよ!お前、俺には出来ないと思ってるんだろ・・・見くびるなよ
っこれくらい、俺にだって・・・・・!」
「見くびっているとかいないとか、そういう問題じゃないだろう・・・カイト、
俺が・・・調子に乗り過ぎていた。済まない・・・・・出来れば、忘れろ」
「はあ!?ふざけんなよ、絶対忘れないからな!」
 忘れられるものか。
 忘れてなんて、やるものか。
「とにかく、お前も脱げ、ライカ!」
「・・・・・カイト、俺は・・・・・」
「じゃあ、脱がしてやる!」
「っ、・・・・・いい加減にしろ!」
「い、・・・・・っ」
 グイ、と。
 強い力で腕を掴まれたと思ったら、視界が回って。
 背に当たる、ベッドの感触。
 天井、そしてライカの怒ったような、それでいて苦しそうな貌。
 整った顔が、どこか泣き出しそうに見える。
「俺に何をされたか、よく考えてみろ・・・知らないぞ、俺を図に乗らせたら
お前は、・・・どうなるか・・・・・」
「どう、なるんだよ・・・・・」
 ゴクリ、と。
 喉が鳴る。
「あんなもんじゃ済まない・・・きっと止まらなくなる。止められなくなる」
「だから、何・・・」
「俺がしたように、口と指で・・・なんて。それだけでは、きっと俺は満足なんて
出来ない」
 ベッドに転がされた時に開いた脚の間に、ライカが腰を押し進める。
「ここまでしてしまうつもりじゃなかった・・・・・抑えられる自信があったはず
なのに、・・・・・なんてざまだ・・・」
 自嘲する言葉を。
 聞きたくないと思った。
「なら、抑えなくて・・・いいじゃないか・・・」
「だから、そうやって俺を煽るなと言っている」
「煽ってるんじゃない、これは・・・・・えっと・・・」
 うまく言えない。
 適当な言葉が見付からなくて、つるりと。
 零れた、のは。
「・・・・・誘ってるんだ」
「・・・・・な」
 絶句。
 まさに、そんな表情で。
 こんな妙な状況だというのに、それが何だか可笑しくて。
「・・・・・本当に、・・・止まらないぞ」
「だから、それでいいって言ってるのに・・・」
 もしかしたら、この時。
 自分は、ライカの考えていたことや言いたいことの半分も理解出来ていなかった
のかもしれないと、後でカイトは思った。
 でも、気が付いたら両手を伸ばして。
 ライカの頭を引き寄せてしまっていて。
 ほんと、何やってるんだろうって、考えるとやっぱり可笑しかったけれど。
「ライカのしたいようにすればいいよ」
「・・・・・」
「太股限定、解除・・・って、もしかしたら今更だけど、っ・・・・・」
 笑い声は、噛み付くように押し付けられた唇に飲み込まれて。
 何だよ今頃キスしてくんのかよ、なんて。
 呆れている自分も、そしてこれから自分の身に起こること、みんな。
 予想を遥かに超えてしまっていたけれど。


 ライカの腕の傷口が開いて、大騒ぎになって大目玉を食らったことも。
 笑って思い出せる出来事になるのだから。





・・・・・指しか入ってないけど、これエロ?
天然積極的受けなカイトでありました。