『接触衝動』



 本当に大切なものなら、触れるのも怖い。
 だから、見ているだけ。
 大切に、ただずっと見守っていけたらいい。
 その思いは変わらず自分の中に在る、はず。
 なのに。

 大切で、大切にしたいと思った。
 危なっかしくて目が離せない、それだけじゃなくて。
 自分の視界の範囲にいないと、酷く不安でもどかしい。いっそずっと手元に
置いておければいいのに。
 この手に。
 腕に絡めとって。
 一回り小さなその身体を閉じ込めて。
 ずっと、自分だけのものに。
 出来れば、どんなにか。

 それ以上に思考が堕ちていくのが恐ろしくて、ライカは軽く頭を振って小さく
溜め息をつく。
 やや灯りを落とした部屋、開いたパソコンの画面など先程から全く目に入って
いない。考えること、やらなけれはならないことは山積みのはずで、余計な雑念に
心奪われている余裕などないはずだ。
 否、余計なものなら、そう出来た。
 デモンズイコン、アニマムンディーーーこれからのことを考えていく上で、彼は。
 彼の存在は決して切り離せないもので。
 そして、それ以上に。
 ライカが自覚している以上に、彼の存在は深く深いところまで、自分の心を侵食
していて。
 彼のことを考えない日はない。彼のことを考えない時間が、1日の中にどれくらい
あるだろう。
 夢の中にまで現れ、時として自分にはめったに向けることのない笑顔で、囁いて
くるのだ。

 ライカが好きだよ、と。

「それこそ、・・・・・有り得ない」
 コツリとモニターを指先で叩く。
 彼、は。ライカを好きなはずがない。それどころか、嫌っている。面と向かって、
嫌いだと言う。
 自分の行動や発言が、どうやら彼の何かに障るらしいということは薄々気付いては
いたし、出来ればそれを回避したいとは思うのだが、どうすればいいのか分からない。
自分なりに彼を気遣ってみても、言葉をかけてみたところで、それらは全て裏目に
出てしまうのだから、どうしようもない。
 嫌い、だなんて言われて傷つかない訳がない。まして、その相手は自分が。
「・・・・・俺、が」
 そっと声に出して、反芻してみる。小さく、小さな声で。
 ああ、そうか自分は。
「・・・・・大切、だ」
 彼のことが。
「だから、・・・触れるのが怖い」
 だから、こそ。
「なのに、触れてみたくて堪らなくなる」
 恐ろしい、のだ。
「・・・・・好きだ、から」
 その気持ちを自覚して、己の中の欲望に気が付いて。
 想いのままに、触れて。
 その熱情をぶつけ、ねじ込んで。
 彼を。
 壊してしまうのではないかと。

 だから、自ら制限をかけた。
 見ているだけ、それでいいと。
 自分からは引き留めない、けれど離れずどこまでもついていくのだと。

 想いを自覚してしまえば、きっと歯止めが効かなくなる。己の内に芽生えて育って
巣食った欲望は、彼が知ってしまえば逃げ出してしまうだろう程に、酷く淫らで
生々しい。

 まだ、今は。
 まだ、抑えていられる。
 彼は自分を嫌っていて、適度な距離を置いているから。
 それが図らずも、ライカの暴走を食い止めているだなんて、そう思うと苦い笑いが
 込み上げてくる。
 だけど、彼は。
 ライカを嫌いだと言う、彼は。
 ライカだけに、それを言う。
 ライカだけに、嫌いだという感情をあからさまにする。
 それは。
 ライカが特別な位置にあるのだと、そう公言しているようなものではないのか。

 嫌い、という感情。
 自分だけに向けられる、それが。
 彼の中で、自分こそが彼を侵食している部分ではないのだろうか。

 トクリ、と鼓動が高鳴る。
 彼の中、きっと無意識だろうけれど、ライカという存在が特別な位置にある。
 そう解釈してしまえば、彼の向ける好意的ではない表情も言葉も。
 堪らなく愛おしい。
「・・・・・ダメだな」
 ク、と。自分でも、らしくないなと思う自嘲めいた声が漏れる。
「とっくに、・・・もう手遅れだ」

 もう、ダメだ。
 逃がしてなんてやらない。
 どこへでも、ついていくのだと。それだけだと言いながら、結局は離れないの
ではなく、離すつもりなどないのだと。
 そして、もし。
 彼がライカに心を開き、好意を持ち、笑顔を向けてきたとしたら。
 ライカは彼に触れるだろう。
 少しずつ、彼に触れて、そしていつか必ず。
 彼の全て、余すところなく触れたいと願い、それを叶えるだろう。

「・・・カイト」
 呟いた名は、甘く苦く。
 けれど、とても愛おしい響き。

 心掻き乱す、音。






カイトがライカに言う「嫌い」は酷く特別な気がします。
取り敢えず、逃げてカイト・・・。