『雷歌注意報発令中』


 ライカの機嫌が悪い。
 ような気がする。
 それを何となく察したのか、だからどういう気遣いからなのか、あとは君たちの
問題だからねとニッコリ笑顔で肩を叩き、通称白鳥城に用意された客間の扉をしっか
と閉ざしたのはジェフティ。
 部屋に残されたのは、窓際に佇み、どこか思案顔のライカと、何が何だかよく分から
ないままジェフティの言うところの「君たちの問題」解決を促されて立ち尽くすカイト
の2人。
「何だってんだよ・・・・・」
 ジェフティの言いざまからすれば、あのライカの眉間にうっすらと寄せられた皺の
原因は、どうやら「君たち」と1括りにされた内の1人であるカイトにあると考え
られるのだが、カイトからしてみれば心当たりがない。
 いや、あるとすればプリンヴェールを助けようとして船から落ちて行方不明になったり
して心配を掛けてしまったことが思い付くのだが、それに関してはライカを含めみんなに
ちゃんと詫びたのに。
 それだけではライカの気が済まないということなのだろうかと、こっそり溜め息を
つけば。
「あの男に拉致されている間、本当に何もされなかったか?」
「っ、ひ・・・・・!」
 不意に耳元で声がして、カイトは文字通り飛び上がって驚き、声の主を振り返れば、
窓際にいたはずのライカがすぐ後ろにいて。足音も近寄る気配すら感じさせなかった
ことに半ば抗議するように上目遣いに睨み付ければ、だがそんなことには全く動じた
様子もなく。
「何もされなかったのかと聞いている」
 繰り返し、問われるのに。
「あの男って、アーサーさん?別にライカが心配してるような酷いこととかされてないよ。
アーサーさん、そんな人じゃな・・・・・」
「酷いこと以外はされたのか?」
「・・・はあ?」
 しょうがないとばかりに素直にカイトが答えれば、何故だか更に表情を険しくした
ライカに詰め寄られる。
 その眼光にたじろいで思わず1歩後ずされば、ライカが1歩踏み出して。
 1歩下がれば1歩近付く。ほんの数歩でカイトの背が閉ざされた扉に当たり、だが
またライカが1歩踏み出したから、その分互いの距離が一層近くなる。
 扉に押し付けられるように、にじり寄られて。
「な、何・・・・・」
 一体何がそんなにライカの機嫌を損ねてしまったのかと。訳が分からなくて、知らず
怯えたように出た声は掠れてしまったのだけれど。
「・・・ふともも」
「・・・・・はい?」
 今。
 この状況で。
 その口から。
 何故、その単語が出るのか。
 一瞬固まってしまったカイトに、淡々とライカの詰問が続く。
「まさか、・・・・・触らせたのか?」
 ここを、と。
 確認するかのように、ライカの手のひらがカイトの太股を撫で上げる。
「・・・っ、んなわけあるかーーー!!!」
 触れた手の感触に、その動きに。とっさに零れそうになった震える声を飲み込んで、
腹に力を込めて目の前の不埒な男を怒鳴りつける。
 一体、全くもう。
 何だって、この男は。
「・・・そうなのか?」
 キレイな顔を、少しも崩れさせずに。
 真顔で。
 そんなことを。
「・・・カイト?」
 また、するりと。答えを促すように太股を撫で上げられて。耳朶に吐息が掛かる距離で。
 こっちはもう、多分きっと耳まで赤くなって。どうにも、いっぱいいっぱいだというのに。
「そ、そ、そんないやらしいことするの、・・・お前しかいない!」
 そうだ。
 こんな風に、こんなことを仕掛けてくる奴なんて。
 他に誰がいるだろう。
 それくらい分かれよコンチクショウとばかりに半ば涙目で睨み付ければ、詰問者の表情が。
 ふ、と緩む。
「・・・そうか」
 その満足げな笑顔に、声に。
 みるみるカイトの踏ん張っていた脚から力が抜けて、その場に座り込んでしまう。
 この場面で、そのライカの笑顔は反則だと思う。身体に力が入らなくなって、逃げられ
なくなる。
「わ、あああああっ!」
 そう思った次の瞬間、伸びてきた腕がカイトを引き上げ、そしてそのまま視界が高く
なって。
「何、す・・・」
 その腕に、捕らえられて。気が付けば、まるでお姫様よろしく横抱きにされてしまって
いることに狼狽する暇もなく、スタスタと迷いなくライカが向かった先、これまたお姫様
仕様かと気恥ずかしくなるような寝台に殊の外丁重に横たえられる。
「っ、どういうつもり、だよ・・・・・っ」
「こういうつもりだが」
 ギシリと2人分の重みでベッドが小さく軋んだ音を立てる。やたら器用に動く指が、
確実にカイトの衣服を乱していく。
「ちょっと待てよ、こんなところで・・・・・」
 ここは、人様のお城の客間だ。ライカと2人で使った部屋の、ベッドがいかにもコトに
及びましたな風情で乱れてたりしたら。
「ベッドは本来そういうことに使う場所だと思うが」
 ベッドは本来横になって休息睡眠をとるところだと思います、という突っ込みすら出来
ないままに。
「それとも、ベッド以外の場所がいいのか?」
「それはもっと嫌だ・・・・・」
 半ば諦めモードで溜め息混じりに応えれば、素足に微かに笑った吐息が触れる。
「シーツの替えの心配は要らないと言われている」
「・・・・・」
 誰に、とは。
 尋ねることすら叶わず。
 愛おしげに柔らかな内股の皮膚に口付けられて、カイトは立てた膝の間で揺れる濃い色
の髪をやや乱暴に掻き乱した。



 ライカの機嫌は、言わずもがな。







城主様お気遣い有難う(笑)!