『Timebomb』



   ほんと、シズイの奴・・・なんてものを寄越してくれたんだよ・・・

 押し寄せる疲労感に項垂れながら、ヨロヨロと会議室を出ようとしたところで、
カイトは背後から肩をポン、と。
 否、ガッシリと掴まれて足を止めた。
「カイト、この後は特に用はなかったはずだよね」
 振り返れば、にっこりと少女と見まごうばかりに可憐ともいえる笑みを浮かべた
ジェフティが、小首を傾げてそう問うてきた。
 本人に告げようものなら、ギアで殴打されること間違いなしながら、一見とても
可愛らしく見えるはずの、その仕草に。カイトは、得体の知れない戦慄を覚えて
後ずさる。
「え、えっと・・・用・・・・・は」
「ないよね、この後の予定。なら、ちょっと話したいことがあるから、僕の部屋に
来て貰えるかな」
 形だけは相手の意向を尋ねているような姿勢ではあるものの、連行する気満々の
態度に、ああこれは素直に従わないとという気にさせられてしまう。
「い、行くよ・・・了解」
 どこか引き攣った笑いを浮かべながら応えれば、ようやく肩に置かれた手が一旦
外され、今度は促すようにポンと叩かれる。
 先に歩き出したジェフティの後をついて会議室を出ると、続いてやや長身がその
数歩後をついてくる。取り敢えず確認がてら、ちらりと肩ごしに返り見れば、想像
通りの仏頂面が真直ぐにカイトを見据えていた。

   もしかしてライカも、かよ・・・

 こっそり溜息をつきながら歩いて行くと、すぐにそれぞれに割り当てられた部屋
のドアが並ぶフロアに辿り着く。さあどうぞ、と促されて足を踏み入れたそこは、
ジェフティ、そしてライカの部屋だ。カイトが部屋に入ると、やはり続いてライカ
も入って来て、しっかりとドアを閉めた。
 ドアを閉めるのは別に何ら不自然ではなく当たり前のことなのに、その音を背中
越しに聞いただけで、何故だかやたらと心細くなる。
 ジェフティの言うところの、話と。
 そこに当然のように同席するライカ。
 2人に囲まれて、カイトは自分が一体どんな失敗をしでかしてしまったせいでの
お小言なんだろうと記憶を探り、これといった心当たりがありそうでなさそうなの
に、首を捻る。
「さて、落ち着いたところで本題だ」
 落ち着いたのは自分たちの部屋で椅子に座ったジェフティたちだけのような気も
する。2人の席の、ちょうど真ん中ぐらいに立ち尽くすカイトは、だからと言って
どこかに腰掛けるのも躊躇われて、そのままジェフティの方に身体を向けた。
「これ、本当に凄いよね」
 そう言ってジェフティが掲げてみせたのは、さっき会議室でちょっとした話題に
なった書類。ブ厚いそれは、シズイによる『カイト取扱説明書』なるものである。
レポートの殆どは、カイトの幼い頃からの怪我遍歴で、それについてはもう散々
ジェフティからアレコレ言い含められたはずだったのに。
「しかも、これ・・・おまけまで付いてたんだよ」
「お、おまけ?」
「そう。見る?」
 にーっこりと。
 意味深な笑顔を貼り付かせてジェフティが差し出した1枚の紙を、カイトは恐る
恐る受け取って、まじまじと眺める。
「何だ、これ・・・人形(ひとがた)の図・・・何かのツボ・・・?」
 パッと見たところ、人の全身図-----気のせいでなければ、それはカイトによく
似ていたけれど-----のあちこちに小さな点と、それに対する解説のような文章が
添えられている。
 これの何が、と顔を上げて目で問えば、タイトルを見てみなよと変わらぬ笑顔の
まま、そう告げられて。
 紙面上部にアンダーライン付きの大きめの字で記されていた、それを。
 素直にカイトは口に出して読んだ。
「えーっと、何々・・・『カイトの性感帯分布図』」
「・・・・・」
「・・・・・」
「って、・・・・・何だこりゃあああああああ?!」
 どこかで見た刑事ドラマばりの絶叫が部屋に響く。見間違いだと思いたくて、
何度も目を見開きながら文字を追うけれど、36ptのゴシック体日本語で明記された
それは、読み間違えようもなく。
 だが、何かの間違いだと思いたくもあり。
「な、何だよ、これ・・・!」
「それはこっちが聞きたいよ、カイト・・・これはどういうことかな?」
 ジェフティの声が、心持ち低くなる。まだ笑みこそ浮かべていたものの、その目
は、どこまでも真実を追求する目だ。
「ああ、・・・そういうことは、はっきりさせておかないとな」
 椅子を引く音がして、立ち上がったライカが一歩こちらへ足を踏み出してくる。
「は、はっきりと、って・・・俺こんなの知らないし!」
 こんなものの存在も。
 シズイが、取扱説明書のみならず、再び口にするのも憚られるそんな類いの書類
を作成して、しかもこうして届けてくるなんて。
 全ては、カイトの知らないところで行われていたのだから、ここでカイトが糾弾
などされていいはずがない。
 そんな風に。
 怖い目で睨まれる理由はないはず、なのに。
「ふーん・・・君の知らないところで、彼はこんなデータを取っていた訳だね。と
いうことは、つまり」
「・・・・・ふともも」
 ああまた。
 そんな無駄に美形な面構えでちょっと怒ってるみたいなだけど涼しい顔でそんな
単語をサラリと言うし。
「そうだね、それ以外もきっと」
「・・・・・触らせたんだな」
「さ、・・・・・っ」
 ゆっくりと歩み寄るライカは、さりげなくドアを後ろにする位置でカイトの退路
を断って、ジェフティの言葉を受けて頷いてみせる。2人の見事な連携で、カイト
はジワジワと追い詰められていくのを感じる。自分は全然悪くなどないはずなのに、
どうしてこんな目に遭わなくてはならないのか。
「許し難いね、これは」
「全くだな」
 頷き合うライカたちに、カイトは何としても名誉挽回せねばな勢いで訴える。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、シズイは俺の親友で、だから例えば風呂やプール
で、ふざけあって・・・・・」
 だが、必死のその釈明すらも。
「風呂やプールで淫らな行為に及んだのか」
 どこをどうすればそう解釈されてしまうのか。
「ただのスキンシップだろ!」
「おそらくは、彼はそう言って君に触れてきたんだろうけど。勿論、未遂だろうね、
・・・・・スイヒ?」
「そこで何故、我に振る!」
 今まで黙って、というか余りの展開に口を挟めずにカイトのリュックに収まって
スイヒが、とうとう飛び出してくる。憤慨する竜に、だがライカたちは至って冷静
な様子で。
「スイヒ、・・・まさかお前ともあろう者が、カイトに邪な欲望を抱いている男が
親友とかいう立ち場を利用して、カイトのふとももにいやらしい手付きで触れるの
を見過ごしていた訳ではあるまいな」
 ライカの冷ややかな問いに、スイヒの表情が引き攣る。
「ぐっ、・・・そ、それは・・・・・」
「へえ、君ともあろう者が、そんなことも見抜けなかったんだ・・・」
「う、うぬぬぬぬ・・・・・」
 半ば嫌みのようなその言葉にも反論出来ず、唸りながら宙を漂うスイヒに、更に
追い討ちをかけるように。
「「・・・スイヒともあろう者が」」
 ライカとジェフティの声が、同時にスイヒを追い詰め。
「ぐおおおおおおおおお・・・!」
 唸り声のような咆哮を上げて、スイヒはグルグルと宙を舞うと、そのままスッと
姿を消してしまった。
「ちょ、・・・っスイヒ!?おいっ!」
「・・・・・逃げたか」
「・・・・・逃げたね」
 やれやれ、と溜息をつく2人に、カイトは半ば涙目でキッと向き直る。
「お前ら!どういうつもりでスイヒにあんな・・・・・!」
「僕たちは事実を述べたまでだよ」
 さらりとあしらい、ジェフティもゆっくりと立ち上がってカイトに歩み寄る。
「まあ、スイヒがうっかり見過ごしてしまったのも、元はといえば君の警戒心の
なさが原因といえば原因だね」
 す、と。
 頬をくすぐった指先に、思わず肩を揺らせば。
「このレポートはレポートとして・・・実際のところは、きちんと調べ直す必要が
あるな」
 いつの間にかすぐ後ろに立っていたライカが、やや屈んで耳元で囁いてくるのに
も、ピクリと身を震わせてしまって。
「ああ、そうだね・・・ちゃんと調べて、正確な情報を得ないと」
 くすくす、と。
 無邪気に笑っているように見えるのに、カイトにはその笑顔が恐ろしい。
「というわけだから、ね・・・カイト」
 見上げてくる視線に。
「協力して貰うぞ」
 囁く声に、逃げ場を失う。
「な、何を・・・俺に、どうしろって・・・・・」
「悪いようにはしないよ、安心して」
「そう怯えるな・・・ほら、やる」
 そう言って、いつもより高級なチョコを差し出されたところで。
 引き攣ったような、泣き笑いの表情は消えず。


「・・・・・、っシズイのバカああああああああああ!!!」


 数時間後、酷く疲労困憊した様子のカイトがフラフラ歩いているのを、たまたま
通り掛かったアーサーが見付け、肩を抱きつつ自室に連れ帰ったのを目撃したと
ビスタから聞いたライカたちが乗り込んで、ガウェインも巻込んで一悶着あった
とか、なかったとか。
 テレーゼが顛末を日記にしたためているのを、サラが興味深げに眺めていた。






シズイが落とした爆弾の余波。わざとか、わざとなのか・・・!?