『すき』


  それは、確信にも似た。



「はああっ ! 」
 身体に似合わぬ勇ましい掛け声と共に、三節棍が下から抉るように
繰り出される。ブン、と勢いよく振り上げられたそれは、だがしかし
鈍い光を放つ剣にいとも容易く受け止め、軽々と弾き返された。
「っ、・・・・・」
 渾身の攻撃が。
 片手1本、しかも相手は涼しい顔で。
「まだ無駄な動きが多いな」
 ふ、と。
 悔しげに見上げる青い瞳を見つめ返す隻眼が細められる。
 その柔らかい表情に、一気に緊張が解かれて。ファルーシュは腕を
下ろすと、肩で大きく息をついた。
「まだまだ?」
「そうだな」
「・・・・・う」
 そんなあっさり肯定しなくても。
 恨めしげに見上げれば、苦笑混じりの瞳が応える。
「俺は、ガレオン殿のように甘くはないぞ」
「・・・分かってるよ」
 少しは強くなってると思っていた。
 先日、久し振りにガレオンと手合わせした時に、「おお、これほど
までに上達しておられるとは」と感嘆の声を引き出したのだ。
 だから、多分、少し。
 ほんの少しだけ、自惚れていたのだろう。
「全く腕を上げていない訳じゃない。だが、慢心するなということだ」
 僅かに肩を落としたのを見て取ってか、大きな手が銀の髪を乱暴に
かき混ぜる。アレニアなどが見掛けようものなら、王子殿下に無礼な
と騒ぎ立てるだろう行為も。
 イヤじゃなかった。
 むしろ。
 くすぐったくも、嬉しかった。
「その細身で腕の力に頼った攻撃は俺に言わせれば無謀だな」
「・・・・・どうせ貧弱だよ」
「確かに華奢ではあるが・・・だが、貧弱という程でもない」
 するりと手の平を滑らせた肩にも腕にも薄いながらもしなやかな筋肉
がついている。伊達に幼い頃から半分は遊戯のようなものではあったに
せよ、三節棍を手にしてきた訳ではない。
「お前なりの戦い方というものを見つけることだ」
「僕、なりの」
「そこから先は自分自身で見い出すしかない。指南役とはいえ、その
領分にまでは干渉は出来ん」
 その言葉に、ファルーシュは素直に頷いた。
 ああしろこうしろと手取り足取りの戦い方が本当に実になるだろう
とは思えなかったし、自分に合ったものを試行錯誤していくのもまた
面白そうでもある。
 それに。
 少なくとも、基礎的な部分は指南役である彼がしっかり叩き上げて
くれるのだろうと思えば、それだけで迷いが消えていく気がした。
「少し休むか」
 曇りのない真直ぐな瞳に、口元が弛む。
 飲み込みの良いこの少年のことだ、近い内に女王騎士の手練ですら
手加減無用な使い手になることだろう。
「でも、・・・・・ゲオルグ、忙しい?」
「・・・いや、そういう訳ではないが」
「だったら、もうちょっと・・・お願い」
「っ、・・・・・・」
 自分で納得のいくまで鍛練に励むのは悪いことではない。
 だが、張り詰めた心身に適度に休息を与えていかないと。
 そう、口にしかけて。
「・・・・・ダメ、かな」
「・・・お前・・・・・」
 縋るように。
 上目遣いになるのは、身長差からして仕方がないのだが。
 さっきまで動き回っていたせいか、白い頬はうっすらと上気して。
 澄んだ青い瞳は、こもる熱のせいか潤んで揺れて。
 とどめに、小首まで傾げられては。
「・・・・・そういうことは、あまり・・・他の奴の前でするな」
「何・・・?」
 だから。
 きょとんとした幼い仕草で小首を傾げるなと言うのに。
「・・・・・取り敢えず、休むことも鍛練の一環だ」
「・・・分かった」
 どこか気まずげに不自然にはならないよう視線を逸らし、努めて
ゆっくりと踵を返せば。
「そうだ、料理長がチーズケーキ作ってくれてるんだよ」
 迷いもなく伸ばされた手が腕に触れて、そのまま。
 しなやかに組まれ、ことりと凭れかかる頭。
 銀の髪が、ふわりとニの腕をくすぐる。
「ファ、・・・・・」
「嬉しい?」
 嬉しいとか。
 嬉しくないとか。
 そういう問題ではないような気がする。
「だって、好きでしょ?」
 無意識の仕草ならば、相当たちが悪い。
 視線を落とせば、僅かに甘えを含ませた瞳にぶつかる。
「す、・・・・・」
「知ってるよ。ゲオルグ、大好きだって」
 無邪気に笑う様が、恨めしい。
「でも、僕も好きだから・・・全部はあげないよ」
「・・・・・ずるいな」
 本当に。
 この子供は。
「だって、ぼ・・・・・」
 無自覚で。
 無防備で。
 だから。
「・・・・・、っ・・・」
 誰かさんの頼みだとか恩だとか、そういうのじゃなく。
 気に掛かる。
 目が離せない。
「な、・・・・・に?」
 離せない。
 多分。
「・・・・・ゲオルグ・・・?」
 まだ吐息が触れ合う距離。
 やや乱れた呼吸と、微かに色付いて濡れた唇。
 自分が何をしてしまったか、分かり過ぎる程に分かっていて。
 なのに。
 酷く冷静なのが不思議なくらいで。
「・・・・・すき、だ・・・」
「な、何・・・」
 戸惑いながらも、全く嫌悪の色を見せないところが。
「・・・・・隙だらけだ、というんだ。お前は」
「す、・・・・・っ」
 何それ酷いよもう、と。
 滑らかな頬を膨らませて抗議するのを、はははと笑って受け流し
て。そういえば、チーズケーキがどうこう言ってたのを、今更の
ように思い出す。
「そうか、そっちの好きだったか」
「だから何言ってんだってば、ゲオルグっ」
 文句を垂れ流しながらも、離れようとはしない。
 ぶら下がるように、また絡めてくる腕。
「今、食っちまったら・・・フェリドに殺されるな」
「・・・父上がどうしたって?」
「・・・・・味見だけでも首が飛びそうだ」
 忍び笑いをもらすのに、不審げな瞳が見上げてくる。
「ゲオルグって、・・・・・やらしい」
 独り言の意味を計りかねてか、ぷーと拗ねたように呟くのに。
「そうだな」
 肯定せざるをえない、だろう。
 おそらく、きっと。
 誰がどうしたって。

 離せなくなる。

 それは、そう遠い日のことではないだろう。




ちゅう。パパに見付かると怖いです。
EDでは、攫ってく方向で。