『symptom』


 フンフンフフ〜ン♪
 自然と鼻唄が出てしまうほど、一汗かいた後のシャワーは気持ち良い。
 今日は特に任務というものは入っていなかったから、街の方に出てあれこれと
物資をまとめて買い求めた。やや汗ばむ程の陽気に大荷物。船員たちに混じって
それらを船に運び込む作業自体は全く苦ではなかったものの、全て積み込んで
しまうと、ドッと汗が吹き出てきた。
 先に風呂どうぞ〜、と船員たちに勧められて、ガウェインは申し訳ないと思い
ながらも厚意を有り難く受け取り、船内のバスルームに向かう。ヴァリアントで
ある自分たち用には別にバスルームがあるのだが、昨日ライカがシーを洗おうと
した時の騒動で、どうやら不具合が起こったらしく、点検諸々で今日いっぱいは
使用不可になっていた。
「・・・・・ん?」
 ひとまず汗を洗い流したところでボディソープを手に取ろうとして、そこに
いつも置いてあるはずの容器がないのに首を傾げる。自分の前に使った誰かが
切らして、補充を忘れたままになっているようで、しょうがありませんねと苦笑
しつつ、1度出てまた夜にでも入り直そうと考えていると。
「ガウェインさん?」
「・・・・・カイトくん?」
 脱衣所の方から扉越しに声を掛けられて顔を上げれば、すりガラスの向こうに
見知った影が映る。
「済みません、ボディソープ切らしたままになってて・・・すぐ詰め替えます
から、容器取って貰えますか?」
「ええ、宜しくお願いします」
 自分の前に使ったのは、どうやらカイトであったらしい。詰め替え用パックは
確かまだ倉庫に梱包されたままだったのを思い出して、きっとそれを探していた
んだろうなと考え至る。
 空の容器を拾い上げ、扉の向こうで待っているカイトに手渡そうとノブに手を
かけた、その時。
「う、っぎ、ゃあああああああああああああっ!」
「カイトくん!?」
 奇妙な悲鳴が響き渡るのに、何事かとガウェインが飛び出してみれば、蒼白に
なったカイトが自分目掛けて突進してくるのを、慌てて受け止める。
「ど、どうしたんですか、カイトくん・・・!」
「ゴ、ゴ、ゴ、ゴ・・・・・」
 震える声は、まともに言葉になっていない。
 けれど、カイトの様子と繰り返される「ゴ」という頭文字らしきものから、
大方の予想はついた。
「・・・・・出たんですね?」
 きっとその名前すら口にするのも耳にするのもおぞましいのだろうと、敢えて
固有名詞を避けて問えば、赤毛の頭がコクコクと頷く。
「で、でも・・・そこのドアの隙間から・・・そ、外に・・・・・」
「逃げられてしまいましたか・・・大丈夫ですよ、カイトくん・・・船員たち
にも通達して、必ずしとめておきますから」
 御安心を、と告げると、強張っていた身体からようやく少し力が抜ける。
「・・・・・有難うございます・・・」
 ホッとしたように息を吐きつつ見上げてくる瞳は、余程驚いて怖い思いをした
のか、やや潤んだように見えて。
「っ、・・・・・」
 思わず鼓動が跳ねてしまったのに、ガウェインは何だろうこれはと、カイトの
顔をしげしげと眺める。
 まだ幼さを残した少年の貌。腕の中にすっぽり収まる、自分の幾周りも小柄な
身体。
 サラとは、当然のことながら随分と違う。
 年頃になった少女を可愛いからといって抱き締めるなんてことは今は出来ない
けれど、ずっと小さかった頃のサラを抱きしめた時に感じたのは、ただ可愛らし
くて、心がほんわりと温かくなるような感覚。そして、庇護欲をかき立てられて
しまうのは同様だけれど、カイトの場合はそれとはどこか違う。
 ただ護ってやりたいというだけでなく、何だか酷く飢えたような焦れたような
凶暴な気持ちになるなんて、自分はどこかおかしいんだろうか。
 その答えを探すように、しがみついてくる身体に、その背に腕を回して抱き
締める。ああどうしてこんなに抱き心地が良いんだろう、と。思わず力を込めて
しまえば、顔を押し付ける形になった胸元から躊躇いがちな声がする。
「あ、あの・・・ガウェインさん・・・」
「・・・・・何ですか?」
 吐息がくすぐったくて、微かに笑い混じりに応えれば。
「その・・・毛、が・・・・・」
 告げられて、ふと我に返る。
「あ、ああ・・・済みません」
 よくよく見れば、自分の胸毛に頬を押し付けるように抱きしめてしまっている
ものだから、恐らく。
「やはり、気持ち悪いですか?」
 そして、どうしても幼かったサラに思いっきり毟られた時のことを思い出して
苦笑する。あれから、ある程度は手入れをするようにしているので、そこそこ
毛が残っているのは胸元では乳首周辺くらいなのだけれど、やはりあまり気持ち
の良いものではないのだろう。
「気持ち悪いとか、そんなことないです・・・けど、何ていうか・・・男の人、
だなあ・・・って意識しちゃうっていうか」
 そう言って、胸元で笑うカイトに。
 その、はにかんだ笑顔に引き寄せられる。
「あ・・・っ、あの・・・ガウェインさ、ん・・・?」
「・・・何ですか、カイトくん・・・」
 思わずキスしそうになっていた。
 極至近距離、覗き込んだ顔が赤くて。
 可愛くて、可愛らしくてならない。
 耳まで美味しそうに真っ赤に染め上げながら、おずおずとカイトが訴えたのは。
「そ、その・・・えっと・・・お腹に・・・あ、当たって・・・・・」
 何が、と。
 カイトが言い辛そうにしているものを、うっかり尋ねてしまいそうになって、
だがしかし己の身体の変化に、はたと気付く。
 すっかり昂ってしまっていた、下肢の。
「っ、・・・これは・・・失礼しました」
「い、いえ・・・・・」
 ぎごちなく言葉を交わしつつ、とうとうガウェインの顔も赤くなる。
 何ということだろう。騎士にあるまじき己の失態に、天を仰ぎたくなるけれど、
なのにカイトを抱きしめたまま。
 離さなければと思うのに、離せない。
「・・・・・気持ち悪い、ですよね・・・?」
 そんなこと、わざわざ聞くまでもないだろう。素っ裸の大男に抱きしめられて
しかもその男の固くなった股間を腹に押し付けられているのだ。自分だったら、
この馬鹿変態と罵って突き飛ばして逃げ去るだろうに。
「・・・っ、そ・・・んなことないです、あの・・・・・やっぱり大人の男の人、
なんだなあって」
 そんな風に言ったりして。
 更に、とどめとばかりに胸元に顔を隠すように埋めながら「ガウェインさんの、
すげーおっきいし」だなんて、小さく呟くものだから。
 またトクリと鼓動が跳ねて。連動するように下肢に熱が集まってしまうから、
その反応に気付いたらしい腕の中のカイトの身体が微かに震え、戸惑ったような
顔が見上げてくる。
「・・・・・ガウェインさん・・・?」
 相手は、まだ日本という国でいうところの未成年で、しかも男の子で。
 なのに、ただの生理現象だとか条件反射だとかいう適当な言い訳で片付けて
しまうには、あまりにもこの状態は危機的な気がするのに。
「カイトくん、私は・・・・・」
 耳元に吐息で囁くように、名を呼んで。
 そのまま、滑らかな頬に唇を滑らせようとしたところで。
「ガウェインさ〜ん、お湯どうですか〜」
 と。
 半開きのドアの向こう、長い廊下を歩いてくる足音と船員の声にハッとして、
ガウェインがようやく腕を解けば、半ば呆然としていたカイトも弾かれたように
一歩後ずさって、どこか挙動不審に手を振ったり視線を彷徨わせたりしながら。
「すすすすみません、お・・・風呂の邪魔しちゃって・・・ご、ごゆっくり!」
 勢い良く頭を下げ、そのままガウェインと視線を合わせることなく、真っ赤に
顔を火照らせたまま、カイトは走り去って行く。
 廊下の途中で船員たちとぶつかりでもしたのか、何やら謝る声と笑い声とが
聞こえてくる。
「・・・逃げられてしまいましたね」
 逃げてくれて、良かったのかも知れない。
 もし、あのまま2人きりでいたら。
「どうなっていたか、・・・・・分からない」
 それでなくとも、充分セクハラと呼べることをしてしまっているのだから、
どうこうなる以前にカイトには嫌われてしまったかもしれないと思うと、気分は
沈んでしまう。

 だがしかし、それも夕食時に顔を合わしたカイトが、ややぎごちないながらも
微笑んで話し掛けてくれたことで、杞憂に終わるのだけれど。

「・・・・・我としたことが・・・サラの下僕と侮っておったわ」
 スイヒのブラックリストにガウェインの名が記されたのは、致し方ないこと。





オトナって、オトナって・・・!!←何
そしてやはりいまいち危機感のないカイト。