『feel how I feel about you』


 降り注ぐ太陽は、どこまでも優しい。
 木立を揺らす風も、汗ばんだ身体をゆっくりと鎮めてくれる。
 肩口に掛かる僅かな重みと温もりに、収まらない鼓動の早さをどうにか
押し隠して。
 ただ。
 ほんの少しだけ。
 自分の肩に寄り掛かり眠るその顔を見たくて。
「ん、・・・・・」
 そろりと覗き込めば、微かな声が漏れたのにドキリとして。
「で、んか・・・」
「んー・・・・・」
 心地良さげな眠りを妨げてしまったかと自責の念に駆られてしまったの
だけれど。
 目は伏せられたまま。
 だがしかし、二の腕辺りに預けられていた身体が、次第に滑るように
傾いて、そのまま。
「・・・・・あ」
 ことり、と。
 崩していた脚、その太股の上。
 銀の髪が触れ、肩にあった重みと体温が、そこに移る。
「・・・・・ん・・・」
 しばらく、もぞもぞと身じろぎした後。
 程なく、また安らかな寝息が届くのに。
「・・・・・はー・・・・・」
 ほんの数分にも満たなかったであろうその出来事に、酷く緊張して
しまっていたらしいベルクートは、それでも王子を起こしてしまわない
ように、そっと詰めていた息を吐いた。




 手合わせをして貰えないかな、と。
三節棍を手ににっこり微笑む王子に声を掛けられたのは、数刻前。
 自分等が恐れ多くはないだろうかという迷いと、この方がそう望まれる
のであれば喜んでという思いと。勝ったのは後者で。
 宜しくお願いしますと頭を下げれば、こちらこそと銀色の髪が揺れる。
 そして、城に架かる長い橋を渡って出た見晴しの良い草地で、2人。
 始めるにあたって、手加減無用と王子は言っていたけれど、だからと
言って、本気など出してもし怪我でもさせてしまったら。
 誰が許したとて自分自身が許せないだろうとベルクートは分かっている。
 それでも。
 打ち込んでくる王子の攻撃は、受ければやはり真剣なのだと知れる重さ
があって、少しでも気を抜こうものならこちらが不様な格好を見せてしま
うのではと、剣を掲げる手にじわりと汗が滲む。
 そういえば、こうして王子の技を正面から見るのは初めてかもしれない。
お供させて貰えなかったという記憶がないくらい、戦闘時にはいつも側に
いられたけれど、その時にも思ったのは。
 王子の三節棍をふるう様は、舞いのようだと。
 かなり扱いにくいとされるその武器を巧みに操り、結った銀糸を揺らし
ながら。
 その美しさに思わず見蕩れてしまったことは幾度となくあって。
 今も。
 真っ向から、その舞うような姿に目を奪われてしまえば。
「く、っ・・・・・」
 一瞬の隙。
 鈍い音を立てて、ベルクートの手から剣が弾き飛ばされて。
「え、・・・っ」
 やや離れた地面を掠めて転がるのを、ベルクートは呆然として。
 そして王子は、狼狽した様子で。
「ど、して・・・」
 それは。
 まさかベルクートが自分の攻撃を受け損なうなんてことは、あるはず
ないのに、と。
 戸惑いも露な瞳が、立ち尽くす男に向けられた。
「・・・・・申し訳ありません」
 王子の本気を受け止め切れなかったのは、明らかに意識を違う方向に
向けていたせいだ。
 それを。
「ううん、・・・でも・・・」
 王子も。
「どうして・・・何、考えてたの・・・」
 気付いている。
 失態だった。
「僕との手合わせの最中に・・・別のこと考えてたんだ」
「殿下、それは・・・・・」
「僕は、ベルクートのことしか頭になかったのに」
「っ、・・・・・」
 それは。
 それなら。
「私が考えていたのは、殿下のことだけです・・・っ」
 自分の方こそ。
「ただ・・・殿下のお姿に見愡れてしまっておりました・・・・・」
 それだけなのだと。
 咎められるのならば、正直に打ち明けてしまう方がいっそ潔いと。
 項垂れてしまいそうになる顔を努めて真直ぐに上げて。
 向かい合う瞳に、そう訴えれば。
「・・・・・」
「・・・・・殿下・・・?」
 零れ落ちそうな程、見開かれた碧玉。
 ほんのり上気していた頬が、一気に赤く染まる。
「そ、そんなこと・・・言った、って・・・・・」
「も、申し訳ございません」
「あ、謝られたって・・・・・」
「申し訳、・・・あ・・・・・」
「・・・・・も、いいよ」
 どう詫びれば許しを頂けるのかとオロオロしてしまえば、溜息混じり
の言葉と困ったように微笑う貌。
「休憩、しない?」
「は、・・・・・」
「そこの木陰。良いよね」
「は、はい・・・」
 促されるまま、王子の後に付き従って木陰に入れば。
「座って」
「は、・・・はい」
 柔らかに命じられるままに幹を背に腰を下ろせば、すぐ隣に寄り添う
ようにして王子も脚を伸ばす。
 そして。
「・・・っ、殿下・・・・・」
「動かないで」
「・・・は、い・・・」
 ことりと、肩にかかる重みとやや高い体温。
 上気した肌から、ほんのり甘い香りが鼻をくすぐる。
「・・・気持ち良いね」
「・・・・・はい」
 強張った表情で頷けば、くすりと笑う気配がして。
 やがて。
 聞こえてくる規則正しい呼吸に、寝入ってしまったらしいと気付く。
 それは、あまりにも無防備な様で。
 だけど、それだけ自分を信頼してくれているのだと思えば、誇らしく
もあり、全力で応えることが出来る自負もある。
 けれど。
「・・・・・こんなに」
 こんな近くに。
 互いの体温が重なる距離が。
 嬉しくもあり、恐ろしくもある。
 そんな風に感じてしまう自分すら、怖いと思った。




 そうして。
 肩から膝へと枕を替えて眠る小さな横顔を、この体勢ならば大丈夫で
あろうと、そっと覗き込む。
 朱に染まっていた頬は元の色を取り戻して透き通るように白く。伏せ
られた睫毛は思いのほか長く、緩やかなカーブを描いて。微かな寝息を
紡ぐ唇は淡い淡い紅をひいたような彩。
 綺麗だな、と胸の内で感嘆の声を上げながら、引き寄せられるように
手が頬にかかる銀の髪を梳くように撫でる。
 王子は起きない。
 サラリと指の間をすり抜ける髪を、絡めるようにかき上げて。
 身を屈め、ゆっくりと。
 唇を押しあてた。
 これは、不敬罪に問われ兼ねない行為なのだろうとの自覚はある。
 無防備に眠る人の隙をつくようなそれは、酷くやましい。
 けれど、今。
 この瞬間が、どうしようもなく愛おしくて。
 止まらなかった。
 刹那。
「・・・・・な、に・・・」
「っ、・・・・・」
 僅かな身じろぎの後、仰向けの姿勢になって。
 睫毛が震え、ふわりと。
 まだぼんやりとしたような瞳が強張ったベルクートの顔をとらえ、
掠れた声が問い掛けてくる。
「わ、たしは・・・・・」
 自分は。
 何をしているのだろう。
「私、は・・・・・」
 言い訳など浮かばない。
 だが、この行為の意味を言葉にすることも出来ずに。
「・・・ベルクート」
 咄嗟に離した手が、惑うように幾度か宙を彷徨って。
 やがて、決したように静かに滑らかな頬に触れれば、微かに肩を
揺らしたものの、拒む様子はなくて。
 ただそれだけのことに、泣き出してしまいそうになりながら、その
言葉を告げた。
「貴方に・・・・・触れたかった」
 そう。
 口にしてしまえば、そうなのだと納得出来る。
「触れたかったんです・・・」
「・・・・・僕に?」
「・・・はい」
 奇妙なほど冷静に答える自分が可笑しくて、苦い笑いがもれる。
「・・・・・髪・・・キス、した?」
「・・・・・はい」
 気付かれてしまっていたのなら、もう隠し立てしたところで。
「・・・どうして」
「ですから、・・・私は貴方に」
「髪、なの・・・?」
 え、と。
 何を聞かれているのか咄嗟に理解出来ずにいれば。
「・・・髪、だけ・・・?」
「・・・殿、下・・・」
「ねえ、触れたいのは・・・僕の髪だけ・・・?」
 この人は。
 何を。
 聞くのだろう。
「頬、だけ・・・?」
 頬に触れていた手に、王子のそれが重なる。
 そっと捕らえられ、導かれるままに手の平が頬を滑って、薄っすら
と開いた唇を指先が掠めた。
「・・・っ・・・」
 柔らかな感触に、鼓動が高鳴る。
「殿下、私は・・・・・」
「言って、欲しい」
「私、は・・・」
「御願い、だから」
 曝け出してしまったら。
 どうなってしまうのか分からないのに。
「・・・・・貴方、の」
 自分も。
 この人、だって。
「全てに・・・・・触れたい」
 どうしてしまうか。
 分からないというのに。
「触れたくて・・・どうしたらいいか分からない・・・っ」
 なのに。
「・・・・・触って」
 外せずにいた、手。
 強張る指先を、吐息がくすぐる。
「ベルクートに、・・・触って欲しいよ」
 そんな風に。
 言われてしまったら。
「・・・・・それが・・・どういう意味なのか、殿下は御存じでは
ないのでしょう・・・」
 箍が。
「好きな人に触れたいって言われて、好きな人に触って欲しいって
言ってるのに・・・じゃあ僕はどうしたらいいの」
 外れてしまう。
「・・・・・、っ・・・・・」
 もう。

 止まる術など。





「・・・申し訳ありません・・・」
「いいよもう。・・・恥ずかしいから」
 ぎごちない足取りで、並んで橋を渡る。
 互いの頬が不自然に赤いのを誰かに見咎められないようにと願い
ながら、どうにか王子の部屋まで。

 あの後。
 もつれあうように身体を重ねながら、奪い貪り合うように幾度と
なくキスを交わして。
 それだけで、互いに昇り詰めてしまったから。
「どうしたの、ベルクート」
 いざ、こうして部屋に招き入れられて。
 ベッドに腰掛け、ドアの前に突っ立ったままの自分を見て首を
傾げている様子に、今更のように緊張してしまって。
「で、殿下・・・あの」
「ちゃんと、しよう?」
 微笑む貌は、幼げな印象を残しながらもどこか艶めいていて。
 誘う手に、ようやく一歩踏み出す。
「全部、・・・・・触ってね」
「・・・・・はい」
 伸ばされた手を取り、その甲に口付けて。

 熱を持て余した身体を、シーツに沈めた。





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初々しいのか何なのか微妙。でもチェリー。