『オトナの事情』



「・・・・・っ」
 まだ荒く息を乱したまま、重ねていた身体をようやく離す。深く繋げていた
それを名残惜しげに退けば、閉じていた瞼がピクリと震えた。
 だが、目を覚ました気配はない。
 散々に乱れた白いシーツの上、くたりと横たわる肢体は、まだ幼気な少年の
色を濃く残していて、今更ながら僅かばかりの罪悪感めいたものが過る。
 実際、長年の親友である男には犯罪だ犯罪だと、それこそ顔を合わせる度に
責められた。
 この日。既に日付が替わってしまっているから、正しくは昨日になるのだが、
アーサーは日本を訪れ、カイトを食事に誘った。ここまでは、いつもどおり。
食事をして、色んな話をして、そして零時までには家まで送り届ける。カイト
も、今回もそうなのだと思っていたに違いない。
 だが、この日。カイトは18歳の誕生日を迎えた。それは、アーサーにとって
密やかに待ち続けていた、特別な日。
 少年の成長を待っていたのだ、というと聞こえは良いだろう。それは間違い
ではなかったけれど、そこまで思いやりに満ち満ちての今日ではない。カイト
の故郷である、ここ日本の法律云々は建て前で、アーサーにしてみれば犯罪だ
何だのと言われるのが怖かった訳ではない。罪なら、とうの昔に幾つも犯して
いるのだから、今更だと開き直るつもりはないが、あの目紛しい日々の中で
芽生え、巣食い、大きく育っていたモノ。
 それ、を。
 自分の気持ちを再確認しなければならなかった。

 カイトを愛おしいという気持ちに偽りはない。
 だが、その想いだけで突き進んでしまってもいいのだろうか、と。
 本当にカイトが好きで、抱きたいのか。この日にと決めた時まで、その熱情
が冷えてしまうことなく。逆に欲情を堪え切れず、手を伸ばしてしまうのか。
 幾度も日本を訪れ、カイトに会い、その笑顔を目の前にして。
 自分の中にある想いは、どう変わるのか。
 身体を重ねてしまえば、もう戻れない一線というものが在る。それを越えて
尚、自分もカイトも手を離すことなくいられるのか。
 ここまでくると、もう何もかも言い訳で、結局のところ怖れにも似たものを
抱いて、躊躇しているだけなのではないかとも思えてくる。
 それなりに長い人生を歩んできたアーサーとは違って、カイトは誕生日を
迎えて、やっと18だ。そう、まだ18歳なのだ。
 この先の彼の人生に、自分は本当に必要なのだろうかとまで考えてしまって
しかしその答えを出すのはアーサーではなくカイトであって。
 あれこれと思い悩み始めると、それは尽きることなく。だからといって、
このまま何の解答も得ないままでは、きっといられない。
 
 答えが明白な形で出たというには、正直不確定要素の存在は否めない。
 けれど、いざこの日を迎えてアーサーが確信したのは、カイトを求めて止ま
ない自分がいて、カイトに触れたいと願う自分がいて。
 いっそ悔しいくらいに、自分がこの少年に囚われているのだという事実。
 この年になってこんな子供に本気で惚れちまうなんて、と自嘲したところで
覆しようもなく。
 そしてまた聡い悪友に、随分遅咲きな青い春だなとからかわれるはめになる
のだけれど。

 食事の後、妙なところで気を利かせたらしい知己であるホテルオーナーが
用意してくれた最上階のスウィートに場所を移して。神妙な面持ちで想いを
洗いざらいぶちまければ、少年は呆然としながらも、次の瞬間にはこちらが
思わず赤面するくらいに眩しい、はにかんだ笑顔で。

 ----俺、アーサーさんの恋人になるんですね

 そう、嬉しそうに言うものだから。
 理性を総動員な事態になりながらも、相手は男の子で初心でと、それなりに
配慮というか気遣わねばならないことというか、そういうものも考えてはいた
はず、だったのに。
 少なくとも。細心の注意を払って、まだ幼い性にまずはゆっくりと快感を
覚えさせ、じっくりと狭い部分を丹念に解し、性急にならぬよう傷つけぬよう
慎重に身体を繋げた時点までは。羞恥故の僅かばかりの抵抗と、だけど快楽に
抗えぬ戸惑いと、恐らくはアーサーへの思慕とで少しずつ、それこそ陳腐な
表現ではあるが、蕾が綻んでいくようにアーサーの下で開いていく肢体に、我
を忘れてしまいそうになるのを、どうにか堪えて。
 行為自体についてはさておき、自分では充分冷静で紳士であったはずなのだ。
 けれど。
 苦しげな息の元、それでも必死にアーサーにしがみつきながら、耳元で。

 ----アーサーさん、大好き

 掠れた声で囁かれたその一言で、何かが切れた。
 カイトの漏らす声に苦痛ではなく少しずつ快楽の兆しが表れ始めたことも、
拍車を掛けたのかもしれないが、幾度目かの絶頂を迎えた後、ふと組み敷いた
少年の様子を伺ってみれば、ぐったりと意識を手放してしまっているのに我に
返って。
 どれだけ、この身体を貪っていたのだろう。半ば夢見心地に、カイトが囁く
好き、という甘い言葉を聞いていた。
 どこまでも、余裕のない。
 苦笑しながら、汗で額に張り付いた前髪をそっと梳く。まだ、幼いとさえ
思える貌が、ほんのり悦楽の余韻を残して眠っている。
「・・・・・ふう・・・」
 まだ己の中にも燻る火種を鎮めたくて、大きく深呼吸すると、取り敢えず
脱ぎ散らかしてあったシャツを纏い、ベッドから降りる。乱されたシーツに
横たわる素肌には、情交の痕跡があちこちに散っていて、己の仕業とはいえ
その風情は目の毒としか言いようがない。
「・・・このままだとあれだし、だからって起こしちまうのは、可哀想・・・
だからな」
 半ば言い訳のように呟いて、自分より幾回りも小さな身体を軽々と、だが
そっと大切に抱き上げる。
 これもまた自己嫌悪に陥ってしまうのだが、途中から付け替える暇さえ惜し
んで、結局1度外したまま中で何度も達してしまっていたから、ちゃんと綺麗
にしてやらなければならない。ぐっすり眠っているうちに手早く済ませてしま
えばカイトも気恥ずかしい思いをしないだろうと、浴室へと向かおうとして。
「・・・・・ん」
 静かに抱き上げたつもりだったが、やはり覚醒を促してしまったのだろうか。
伏せられていた瞼が、微かに震える。
「ア、・・・サー・・・さん・・・?」
 やがて、薄らと開いた瞳が何度か瞬きして、やや掠れた声がアーサーを呼ぶ。
「・・・・・寝ていろ」
「で、も・・・」
 何も身に纏わないままで抱き上げられているのが落ち着かないのか、どこか
居心地悪そうに身体を丸めるように身じろぎするのを、しっかりと抱え直して。
「それより、・・・その、何だ・・・・・大丈夫、か・・・?」
「・・・・・え?」
 言葉を濁しつつ問えば、すぐにはその意味が分からなかったようで。何度か
パチパチと瞬きをして、ようやく聞かれた内容に気付いたのか、カイトは頬を
染めて俯いてしまう。
 初々し過ぎて困るなと苦笑しつつ、取り敢えずは風呂だと足を踏み出すと。
「・・・・・で、・・・」
「ん?どうした・・・どこか・・・痛む、か・・・?」
 傷付けてはいないのは確認済みではあったが、やはりそれなりに無理をさせ
てしまったことは否めず、改めて問うてみれば。
「い、痛くはない・・・けど、何だか・・・まだ・・・・・お尻に挟まってる
・・・みたいな」
 ボソボソと胸元で呟かれた言葉に、一瞬腕の力が抜けそうになる。
 この少年は。
 本当に、無自覚に。
「・・・・・もう、無理だからな」
「・・・はい?」
「俺は大丈夫でも、お前にこれ以上無理はさせられんからな・・・」
「・・・・・無理・・・?」
 こうまでも、雄を煽るのか。
 言い掛かりも甚だしいのかもしれないが、いっそこのまま風呂場でさっきの
続きに持ち込んでしまいそうになるのを、どうにか堪える。
「えっと、・・・俺、頑張ります、から」
「何、・・・・・」
「今日は途中で寝ちゃったけど、今度は・・・その、ちゃんと・・・・・」
「・・・・・ああ」
 寝ちゃった訳ではなく、意識を飛ばしていたんだと。その原因を作ったのは
目の前にいる男なのにと。
「・・・・・今度は、加減・・・しないとな」
「しなくて良いです、加減なんて! 俺、アーサーさんの恋人になったんだし
・・・だから・・・・・」
「ああ、そうだ・・・恋人だから、ちゃんと・・・大事にしたいんだ」
 自分が一体どんな顔でこんな甘ったるい台詞を口にしているのか、考えるの
は止めておこうと思う。少なくともそれを見ているのはカイトだけで、この先
カイト以外に見せてやる気など更々なくて、それに。
「・・・・・恋人、かあ・・・」
 えへへと照れくさそうに微笑いながら身を預けてくるカイトが、自惚れでは
なく幸せそうに見えたから。
「俺にとっては、幼妻ともいえるがな」
「・・・・・それ、ちょっと・・・響きがいやらしい・・・ような」
「まあ、確かにいやらしい中年男だからな、俺は」
 笑って、浴室のドアを片手で開ける。
「取り敢えず、サッパリするか」
「はい、・・・あ、俺アーサーさんの背中流してあげますね!」
 ウキウキと語るカイトには、さっきまでアーサーの下で見せた艶っぽさは
感じられないけれど。
「・・・・・俺だけが知っていればいいさ」
「うわ、何かすげー豪華な風呂・・・ほら、こことか金ピカ!」
「・・・・・そうだな」
 いっそ湯を張った中で2人座って、数でも数えてやるかと苦笑を隠しつつ。
 湯舟の中にカイトを降ろし、シャワーのコックを捻った。






オトナなアーサーでも、色々いっぱいいっぱいだった模様。
『オトナの時間』の裏話というか、サイドストーリー?