『shave』


 約束というものは、守るためにある。破るためにある、だなんて言う人も
いるようだが、基本的に初めから破るつもりで約束するなんてことは、ない
はずだと思いたい。少なくともアレルヤには破るつもりなんて毛頭なかった。

「・・・・・ごめんなさい」
 約束をしていた。不注意で、それを破ってしまった。仕方ないなあと相手は
いつものように笑って許してくれたけど、アレルヤにしてみればそういう訳
にはいかなかった。
 久し振りに、2人だけで出掛ける約束をしていたのだ。
 デートみたいだなんて考えてこっそり赤くなったりして、ハレルヤに呆れ
られながらも、アレルヤはその日を本当に楽しみにしていた。それこそ、前夜
ドキドキして寝付けなくなるほどに。
 そう、なかなか眠れなかった。アレルヤにそういった経験はないものの、
古くからの例に倣うなら、遠足前の子供のような心境だったとでも言うのか。
 ようやく眠りに落ちたのは、起床予定時間の1時間前。
 やたらと緊張していた分、まさにスコンと落ちるように眠ってしまった。
 そして。
 目が覚めた時に視界に飛び込んできた時計が表示していたのは、待ち合わせ
のために乗るはずだったシャトルがとっくに出ている時間だった。
 結局、遅刻どころか待ち合わせしていた場所に向かうことも出来ず、ひとり
戻ってきたデートの相手-----ロックオンの部屋で、土下座せんばかりの勢い
で頭を下げて謝っているというのが、今の状態である。
「だから、もう良いって。どうせ、ミス・スメラギたちに頼まれていたものを
買うついでだったんだし、お前も疲れてたん----------」
「良くないよ!」
 良いわけなんかない。少なくともアレルヤにとっては。ロックオンをずっと
待ちぼうけさせてしまったし、買い物のついでというならその軽くはない荷物
を彼ひとりに運ばせてしまった。ティエリアの言葉を借りるなら、まさに万死。
「そんな、おおげさな・・・」
 ロックオンにしてみれば、そりゃ確かに約束を破られてしまったという事実
に、全く何とも思わなかったというとウソになってしまうのだが、アレルヤ
だって別にそうしたくてしたわけじゃない。うっかり寝過ごすなんて、比較的
几帳面でしっかりしているというアレルヤに対する認識からは予想出来なかっ
たから、それが反って何だか新鮮な感じがして楽しくもある。そんな真面目な
アレルヤだから、今回のことは相当ショックでもあったのだろう。そういう
ところも分かっているから、こんなにも真剣に謝ってくれているから、責め
られないのだ。
 だが、簡単に許そうとしているロックオンの態度にアレルヤはますます頑な
になってしまっていた。
「どうしてそんな風に言えるの・・・? 僕は、本当に楽しみにしていて、
なのに・・・ロックオンにとっては、そうじゃなかった・・・?」
「んなわけないだろ。俺もお前と出掛けるのは楽しみにしてたよ」
 それは本当のことで、だからそう言っているのに。
「なら、どうしてそんな簡単に流してしまえるの・・・?」
「・・・・・あのなあ、アレルヤ・・・」
「僕、・・・僕は、約束破ったことで、ロックオンに嫌われたんじゃないか
って・・・すごく怖くて、なのに・・・」
 涙こそ見せてはいないものの、項垂れたその様子は叱られた子供のようで
可愛いなと思ってしまう。子供扱いなんてしたら、きっと拗ねてしまうんだ
ろうけれど。
「じゃあ、俺にどうして欲しいんだよ・・・」
 嫌いになんてなれないし、アレルヤもそういう事態になることを恐れていた
わけだから、それでもアレルヤの罪悪感を拭ってやるために、自分は何らかの
行動を起こさねばならないのだとは思う。だが、責めるつもりもなかったの
だから、具体的にどうしたらいいものかと伺ってみれば。
「・・・・・罰を与えてくれれば」
「罰ぅ!?」
 何だそりゃ、とロックオンは素っ頓狂な声を上げた。罰。そうきたか。
「何でも良いよ・・・僕のしたことに見合うだけの罰を、ちょうだい」
 おいおいどんなおねだりだよ、とこっそりと溜息をつく。だが、アレルヤは
真剣だ。ここまできて、流したりはぐらかしたりするわけにはいかない。
「罰、ねえ・・・」
 それって何かのプレイみたいだなあ、なんて苦笑してしまって、その瞬間
ふと浮かんだ考えに、ロックオンはやや人の悪い笑みを唇に描いた。
「何でも、つったよな」
「ええ。あなたの気が済むように」
 俺はとっくに気は済んでて、済んでないのはお前の方だろ、とは更に事態を
ややこしくするので言わない。
「じゃあ、1個やってみたいこと、あるんだよな・・・それで良いか?」
「・・・・・どうぞ」
 神妙な瞳に、また笑いがこぼれる。これから自分が言い出すことを聞いたら
アレルヤはもしかしたら拒否するか抵抗するか、それとも。
 多分きっとおとなしく従うんだろうけれど。
「んじゃ、剃らせろ」
「・・・・・は?」
 予定範囲外の言葉だったのか聞き取れなかったのか、アレルヤが怪訝な顔を
して首を傾げている。ロックオンは一歩踏み出すと、アレルヤの耳に囁くよう
にして、それを告げた。
「お前のあそこの毛、俺に剃らせろよ・・・それで許してやるから」
 許すも何もないのだが、付け加えればアレルヤは納得するだろう。我ながら
狡いよなあなんて思いながら反応を伺えば。
「・・・・・そ、んなことで良いの?」
 きょとんとした顔も可愛い。どんな罰を想定していたのかは知らないが、
これはこれで、かなり痛い罰だと思うのに。
「良いぜ」
「・・・・・ロックオンが、そういうのなら」
 アレルヤはどこかホッとしたように笑うと、ロックオンの真正面から見つめ
ながら、きっぱりと告げてきた。
「僕のあそこの毛、剃って下さい」
「あ、・・・ああ」
 もしかして選択ミスったかな、とロックオンはちょっとだけ口元を引き攣ら
せた。もし、少しでも嫌がったりする素振りをみせたなら、冗談だよと笑って
撤回するつもりだったのに。
「じゃあ、今すぐにでもやって下さい。えっと、ここで?」
「・・・・・あー・・・そうだな」
 しかも、今すぐにでもときた。これはもう実行に移すしかないとロックオン
も腹を括る。それに、やってみたいなと思ったのは事実なのだ。別にそういう
性癖があるわけではなく、単なる好奇心に過ぎないのだが、それにしたって
困った大人だよなと自分でも呆れてしまう。
「すぐ準備するから」
 渇いた笑いを浮かべるロックオンの目の前で、アレルヤはてきぱきとその
準備とやらを整えていく。大きめのタオルを敷いて、桶に水を汲んできて、
そしてシェービングクリームを手際良く泡立てる。シェーバーも新品が用意
された。
「脱ぎますね」
「お、おう」
 ちょっとは照れたり恥ずかしがったりしろよと溜息をついてしまうくらい、
アレルヤは潔くベルトを外し、下着も一気に脱ぎさってしまう。
「上も脱いだ方が良い?」
「いや、そこまでは・・・」
 何も全裸にならなくてもいい。とはいえ、下半身だけ晒しているというのも
何だかなあと思う。
「さあ、どうぞ」
「・・・・・はいはい」
 大真面目に促されて、ロックオンは覚悟を決めてアレルヤの前に膝をついた。
言い出したのは自分なのだ。躊躇せずにとにかくさっさとやってしまえば多分
気まずさも感じなくなる、と思いたい。
「・・・・・」
 とはいえ。今まで、口淫を行う際にこういう位置からアレルヤのペニスを
眺めたことはあるものの、性行為の範囲外でこんな間近でまじまじと見つめて
しまうことになるとは思わなかった。
「いや、でもこれもある意味そういうプレイに入るのか」
 うーんと唸りながら呟き、また溜息をこぼしてしまうと、黒々とした茂みが
吐息で微かに揺れた。くすぐったかったのか、アレルヤも小さく身じろぎする。
それが何だか妙に楽しくて、ロックオンは半ば鼻唄混じりにアレルヤが用意
したシェービングクリームに手を伸ばした。
「んじゃ、いっちょやりますか」
 手袋を外し、指でごっそり掬い取った泡を陰毛へと乗せる。そのまま毛の
根元まで馴染ませるように掻き混ぜれば、アレルヤの太股が微かに震えたのが
感じられた。
「くすぐってえ?」
 顔を上げて問えば、何とも複雑な表情にぶつかる。
「・・・いえ。続けて、下さい」
 応えた声はどこか強張っている。さすがにアレルヤも行われていることの
重大さに気付き始めたのか。それでも、止めろとは言わない。
 罰を、と言い出したのはアレルヤだ。
「んじゃ、いくぜ・・・危ないから動くなよ」
 場所が場所だ。臍の下の皮膚に慎重に歯を宛てがい、ゆっくりと滑らせる。
取り敢えず軽く撫で下ろすようにしてからそっと歯を離せば、白い泡の中に
硬質な毛が剃り取られているのが見えた。一旦水で洗い落し、同じようにして
歯を宛てがおうとして、ロックオンはパチンと瞳を瞬かせた。
 反応、している。
 さっきまでほぼ平常時の位置を保っていたアレルヤのペニスが、僅かながら
その頭を擡げている。ちらりと上目遣いに様子を伺えば、困惑も露な灰色の
瞳とかち合った。
「・・・・・止めるか?」
 やはり、恥ずかしいのだろう。今ならまだ止めてやれる。少しばかり毛を
剃ってしまったけれど、まだ今なら。
「いいえ、ちゃんと全部剃って下さい」
「・・・・・アレルヤ」
 半ば意地になっているのだろうか。1度言い出して決めたことだから、今度
こそ守らなければならないと思っているんだろうか。
 何でこんな可愛いかなあ、と小さく笑みを浮かべながら、アレルヤの言葉に
従って、ロックオンは再びシェーバーを肌に宛てて滑らせる。
 ピクリ、と。くすぐったいのか緊張故か。歯を動かす度にアレルヤは小さく
身体を震わせ、そしてその分身もゆるゆると大きさを増して持ち上がってくる。
「こら、動くなって言ってるだろ」
 不可抗力なのは分かっている。けれど何だか、ちょっとだけ意地悪をして
みたいような気分になって咎めてみせれば、やや潤んだ瞳が熱を帯びて見下ろ
してくる。
「ご、ごめんなさい・・・でも・・・」
「しょうがないな」
 くすりと笑って、ロックオンは太股に添えていた手を横へと滑らせた。
「ちょっと、避けとくぜ」
「あ、っ・・・・・」
 剃るのに邪魔だからな、と。半ば勃ち上がったアレルヤのペニスを軽く握り、
そっと傾ける。だが触れた途端、それを嫌がるようにグンと硬度を増し、反り
返った力強さに、ロックオンは思わずコクリと小さく喉を鳴らした。
「おい、そんな大きくしてどうすんだよ」
「う、・・・でも、だって、ロックオンが」
「俺は剃るのに邪魔だから、ちょっと退かしてやっただけだぜ?」
 そこに性的なものは含まれていないんだと。全くもって、意地悪な言い訳
だなと思う。まがりなりにも恋人という間柄で、その相手に性器に触れられて
ちっとも反応しないなんてことは、それなりの事情がない限りまず有り得ない。
 ロックオンが分かっていて、そう言っているんだということにアレルヤは
気付いているだろうか。知ったら、酷い人だと言って怒ったりするんだろうか。
「そう、だよね・・・ごめんなさい・・・」
「アレルヤ・・・」
 ああ、全く。
 謝るのは、むしろ。
「・・・・・ゴメンな」
「え、・・・・・」
 ちょっと苛めてみたいなとは思っても、とことん苛め倒したいわけじゃない。
こんなに何度も謝らせたいわけでもないのだ。
「すぐ、済ませるから」
 中途半端な剃り後では、かえって見てくれが良くない。ならいっそ、やはり
全部剃ってしまって、生え揃うのを待つのがいいだろうとロックオンは判断
して、アレルヤのそそり立った性器を握り締めたまま、黙々とシェーバーを
動かす。作業を終えるのに、それから数分とかからなかった。濡らしたタオル
で下肢を拭えば、僅かな剃り後こそよく見れば残っているものの、臍の下から
ペニスに到るまでの肌は、見事に毛を剃り取られてしまっていた。
「・・・・・何か、すげえな・・・」
 呟いて、そっと下腹部に手を伸ばす。撫でれば、少しだけチクチクした感触
はあるものの、見た目はほぼツルツルだ。
 子供のように、つるりとした陰部なのに。
 まだ手を添えたままのペニスは、すっかり張り詰めてドクドクと脈打って、
どう見たって大人のそれだ。
 そのアンバランスさに、堪らない気持ちになる。
「ロックオン・・・?」
 顔を上げれば、不安げな顔をしながらもその瞳にはジリジリと滲む欲が、
隠し切れていない。
 興奮、しているのか。
 それは、お前だけじゃない。
「こんなに、・・・・・」
 指先に伝ってきた先走りを舐め取る舌の動きで、そのままゆっくりと鈴口を
なぞる。溢れてきた雫を啜りながら、つるりと亀頭を口に含むと、アレルヤの
身体が大きく震えた。
「う、ぁ・・・ロックオン・・・っ、・・・」
 あからさまな快感に反射的に逃げかけた腰を捕えて、喉の奥までペニスを
飲み込む。とはいえ、大き過ぎていつも全部は含み切れずに、少しだけ悔しい
思いをするのだけれど。
「ん、っ・・・ふ・・・・・」
 窄めた唇で何度か扱けば、一段とその容量を増した性器が口腔を圧迫する。
上顎を擦る快感と喉を突く息苦しさに僅かに眉を顰めれば、アレルヤの手が
ロックオンの髪に触れ、やや躊躇いがちに撫でてきた。
「・・・・・?」
 上気した目元は快楽もあらわなのに、そこにはどこか困惑したような色が
ある。気持ち良くないわけないだろうにと、ペニスを咥えたままで軽く首を
傾げてみせれば、小さく喉の奥で呻きながらアレルヤが掠れた声で尋ねてきた。
「許して、・・・貰えたの、かな・・・って」
「ん、あ・・・?」
 許す?
 何を?
「っ、約束・・・の、・・・罰、を」
「・・・・ああ」
 そのことか、とようやく気付いて捧げ持った陰茎から口を離せば、先走りと
唾液とが口元から伝う。ロックオンが拭うより先に、アレルヤがそれを掬う
ように指先を這わせながら、情慾を滲ませた瞳で覗き込んできた。
「僕のこと、許してくれた・・・んだよ、ね」
「まあ、な」
 だから、最初っから許してる。なのにアレルヤが納得しないから、こうして
罰という名目の元に陰毛を剃らせろなどという羞恥プレイなことを要求した。
ぶっちゃけ、許してくれと言いたいのはロックオンの方だった。
「良かった・・・許して貰えて、嬉しい」
 笑顔はどこか幼いのに、瞳に宿った光は欲情した雄のものだ。やはりこの
微妙なアンバランスさが良いのかもしれないな、と思う。
「あの、それでね・・・ロックオン」
 おずおずと低姿勢に伺ってきながらも、濡れた唇をゆっくりとたどる親指の
動きはセクシャルだ。
「続きは、ベッドでしたい」
「続き、って・・・」
 口淫だけで済ませるつもりはないということか。
「・・・・・いいぜ」
 それは、ロックオンにしても同じだった。自分を抱く男の淫毛を剃り落とす
という、どこか倒錯的な行為に酷く興奮した。そんな妙な性癖は持ち合わせて
いないはずなのに、無毛の下腹部とそこに張り付きそうなほど硬く反り返った
性器との対比に、目眩さえ感じた。今、これからアレルヤの言うままにベッド
に移って、そして自分の下肢を曝け出したら、既に屹立して僅かにでも下着を
濡らしてしまっているのが知られてしまう。
 だが、その羞恥よりもアレルヤが欲しいという欲望が勝った。
「デート出来なかった分、イチャイチャするか」
 そう言って笑えば、アレルヤの頬がほんのりと赤くなった。
「イチャイチャ、する・・・イチャイチャ・・・・・」
 その響きが気に入ったのか、アレルヤが何度も繰り返すうちに気恥ずかしく
なってきて、ロックオンは勢い良く立ち上がると自らベッドにゴロリと横に
なった。
「ほら、来いよ」
 色気も何もあったもんじゃないなと思いながら手招きする。
「お前のソレ、早く欲しいんだけど」
 本音を織りまぜつつ誘えば、弾かれたようにのしかかってきたアレルヤの
重みにベッドが軋む。
「あなたって人は、どうして・・・そう・・・・・」
 いやらしくて可愛らしいんですが、などとほざいた言葉の後半はロックオン
としては否定したくて、アレルヤの頭を強引に引き寄せて口を塞いだ。