『message』


「た、ただいまー」
「・・・たった今、一緒に帰ってきて中で誰が待ってるでもないのに、何で
ただいまなんだよ」
「う、うお」
 玄関先で荷物を下ろし、いつものように帰宅の際のご挨拶が口をついて
出たのを阿部に苦笑しながら指摘され、でも、と三橋は先に廊下を歩いて
行こうとする背、シャツを引っ張って振り返った怪訝な顔に告げる。
「家、だから」
「あ?」
「あ、阿部君とオレの家、だからだ!」
「・・・・・そっか」
 笑みの形に細められた目にフヒッと笑い返し、三橋も一旦玄関先に下ろ
した荷物を持って、居間へと急ぐ。
「おし、間に合ったな」
 奮発して買った大きめのプラズマTVのリモコンを弄りながら、阿部が
言うのに頷く。時計は6時少し前。
「あー、もう皿とかいいからテーブルに適当に広げようぜ」
「う、うん」
 買い物の荷物の殆どは食材。しかも、すぐに調理しなくても食べられる
寿司とチキンと、そしてケーキ。飲み物は、すぐ近くのコンビニで買った
ので、まだ冷たい。
 ピ、とチャンネルを合わせるとタイミング良く馴染みのプロ野球中継の
始まる音楽と共に、球場の光景が画面に映し出される。各チームのベンチ
にカメラが切り替えられた時、三橋が嬉しそうな声を上げた。
「た、田島君、だ!」
 いそいそと阿部の隣に腰を下ろし、行儀良く正座で画面に見入る。6時
半から始まるペナントレースのTV中継、プロ選手となった田島が出る
試合だった。1週間程前に、球場に応援に行くからねと三橋がメールした
のに、『2人でイチャイチャしながらTVで観てて!あ、でもハメんのに
夢中になり過ぎて、オレの活躍見逃したらイヤだかんな!』と三橋を赤面
させる返事が来た。ハメる云々はともかく、そう言うならと食料をたんまり
買い込んでの今日のTV観戦となったのだ。
 田島は鳴り物入りの高卒ルーキーとして某球団に指名1位で入団、1年目
はその勢いのままの大活躍だったが、2年目の中盤から接触プレーによる
故障で、一時戦列を離れざるをえなかったこともあり、本人としても納得の
いかないシーズンとなった。そして3年目の今年は春のキャンプから徐々に
調子を取り戻し、開幕は3番のスタメンを掴み取った。更に、今日の試合は
最近の主砲の不振から打順が一部変更されることになり、田島が4番サード
としてスタメン入りしていた。
「あいつ、気合い入ってんな」
 プシッとチューハイの缶を開けながら、阿部がニィッと笑う。時折映し
出される田島を見ての言葉に、三橋も嬉しそうに笑った。
「分かる! い、いつも気合い入ってるけど、今日もスゴい、ね!」
 高校時代、共にプレーしてきた仲間だ。その表情から田島の漲る闘志を
感じとって、観戦する身にも力が入る。
「た、田島君、頑張れー! う、打てる、よー!」
「それはバッターボックスに入ってから言ってやれ」
 試合開始前から興奮気味の三橋に、阿部がまた苦笑した。


 試合は、早々に決着がついた。田島は、4打席1本塁打3安打2盗塁
4打点の大活躍。味方も中堅の先発ピッチャーが完投完封で締め、田島と
共に、ヒーローインタビューを受ける光景がバックスクリーンにも映し
出されている。まず、ピッチャーがインタビューを終え、満面の笑顔で
田島と握手をして、お立ち台には替わって田島が登る。
『田島選手です! 今日の活躍は素晴らしかったですね! 決勝打は勿論、
全打点ひとりで取りました!』
 やや興奮気味のインタビュアーに、田島はニカッと笑顔を向ける。
『そりゃもう、今日はゲンミツに打ちまくるって決めてましたから!』
 それを受けて、インタビュアーが何か言おうと一旦引いたマイクを奪う
ように握り締め、しっかりカメラ目線なのを確認して、田島は大きく息を
吸い込む素振りを見せると、これでもかというくらい、大音量で叫んだ。

『レンレン〜!、誕生日、おっめでとおおおお!!!』
 
 球場に田島の声が木霊して響いている。画面の隅に移った先発投手が、
笑顔を引き攣らせているのが見えた。
「・・・・・あの、おっかねえ監督に叱られっぞ」
 お茶の間の苦情とか来なけりゃいいけど、と阿部は溜息をつきながら、
傍らで呆然とTV画面を見つめている三橋の肩を抱き寄せる。
「すっげープレゼント、貰ったな」
 自分の用意したのが翳むじゃねえかと胸の内でぼやきつつ、抱き寄せた
肩をポンと叩く。
「・・・・・レンレンって、ゆーな」
 呟いた言葉は、少し震えていて。ズズッと鼻を啜る音に、阿部はまた
肩をポンポンと叩いた。





田島様、してやったり