ヴィルトファングがみてる 2  by osugi252


「……早く入れろよ、クーパー君。待ちきれないぜ……」
 小声でささやくハーネマンの、熱っぽい息づかいが間近に感じられる。
「なあ教官、ひとつ質問……」
「何だ?」
「……確信犯ッ!? あんた絶対確信犯だよなっ!?」

※   ※   ※

 ウォートラン内の銃火器訓練場。一般の兵たちに混じって、クーパーは銃器取り扱いの講習を受けていた。バトリング(タンクレーシング)の英国チャンプとあって機甲科の試験はほぼ免除だが、他の兵科に関しては、講習と試験とを受ける必要があったのだ。今彼が受けているのは、規定の時間内に種類の違う複数の銃を組み立て、適切に調整を行う実技講習。指導教官はミッヒ・ハーネマン。クーパー候補生の厄日は絶賛継続中だった。
ハーネマンは各受講生の席を順に回り、それぞれに助言をしてやっている。入隊以来ハーネマンと衝突を繰り返しているクーパーは、教官殿の助言は何ひとつ得られまいと覚悟していたが……逆に、ある意味サービス満点のトークを間近で囁かれ、見事に集中力を散らされていた。
「シリンダーとバレルの間が開きすぎなんだよ……もう一度調整して入れてみな……ヒヒッ! ヘタクソだな……ほら、早く入れろよ、クーパー君。待ちきれないぜ……」
「……確信犯ッ!? あんた絶対、確信犯だよなっ!?」
「あいにく偏った政治思想は持ち合わせちゃいない」
「いやそっちの意味じゃなく! ……わざとだろ!? わざとやってんだろッ!?」
 ハーネマンは、わけがわからないと言わんばかりに両手を広げてみせる。クーパーは周囲を見渡したが、他の受講生たちは銃との取っ組み合いに夢中で、2人のやりとりに気付いていない。わずか数人が、クーパーとハーネマンの声に気付いて、「何モメてんだ?」と不思議そうな目を向けるのみだ。
 そのままハーネマンは隣席の新兵の指導に移った。クーパーは改めて銃の組み立てに集中しようとする……が、隣から聞こえてきた声に、リボルバーの部品を取り落とす。

『おい……早く入れろよ。これ以上待てないぜ』
『Sir、もう少しで言うこと聞くんですが……』
『油分が足りてないんだよ。もう一度オイル使って……そう、そのまま……入れてみな……』
『……入りました!』
『ああ……いいぜ……お上手だ……』

 ──俺には“ヘタクソ”呼ばわりで、一兵卒には“お上手”かよ!
妙なイヤガラセもいいかげんにしろよと、思わず罵倒のひとつもくれてやろうとしたクーパーだったが、隣の新兵の表情を見て思いとどまった。新兵はハーネマンに認められた喜びを一瞬だけ顔に浮かべたかと思うと、すぐに真剣な目をして次の銃の組み立てに取り掛かっていたのだ。
 ──そうなんだよ。
 教官殿の言動に妙に反応しちまってるのは、俺だけなんだよな……! 

ふと、実はハーネマン自身も何も意識せずしゃべっていただけで、変に曲解して意識したのは本当に自分だけなんじゃないか、ハーネマンは親切ご丁寧にアドバイスをくれただけなんじゃないか……そんな思いが頭をよぎる。
 しかし、ひと通りの受講生の監督を終えたハーネマンは、首をめぐらしてクーパーの方を向き、彼の机をじいーっと見たかと思うと、キヒヒヒ! と小さく笑い声を立てた。クーパーの手元には、彼が集中できていないことを示すように、未組み立ての部品がバラバラと散らばっている。
 ──ンの野郎ォォォォ!!やっぱりわざとやってんじゃねえかー!!

講習時間終了を示す、甲高いベルの音が鳴り響く。
手元の銃は最後の一丁だけ組みあがっていない。これでは再講習が必要だ。チェックボードを手に机を順に回って来たハーネマンを、クーパーは憮然とした表情で見上げた。
しかしハーネマンはクーパーを見下してニヤリ笑い、刹那、目にもとまらぬ速さで机の部品を拾い組み上げ始めた。あっけに取られるクーパーの目の前に、組み上げた銃をゴトリと置く。
「今日のところはサービスしてやる。その代わり」
 ……今夜は俺に付き合えよ。
囁かれた誘いの言葉に、クーパーは我が耳を疑った。
「……ハッ、お断りだね。どうせ俺をブチ殴ったり何だり、ドエスのお相手させるつもりなんだろ? あいにく俺はそういう趣味じゃねえんだよ」
「44secondsの最上階、“特等席”だ」
「だから俺は行かねえって──」
「正式公開されたフィアズリー・ワンのデータ、一通り引き出して持って来い」
「……は?」
 フィアズリー・ワン。それはクーパー専用タンクの名だ。つまりハーネマンの目的はクーパー自身ではなく、彼の持つ最新鋭タンクの情報である、という訳だ。やや遅れて理解したクーパーは再度拒否の意向を告げようとしたが、ハーネマンはすでに席を離れて壇上にいる。
「再講習は3日後だ。合格できなかった奴は、何が足りないのか考えてみろ。銃器の声を聞いたか? 指先で感じたか? 美しさを愛でたか? よく問い直して再講習に挑むことだ」
 ハーネマンは教官然とした表情に戻って、受講生たちに痛々しい言葉を投げるのだった。

※    ※     ※

 官舎2階の狭い自室に戻り、ベッドに仰向けに寝そべった。
 窓の外から、訓練を終えて夕闇の中を歩く兵たちの声が聞こえてくる。彼らの行く先は別棟の兵舎、すなわち大部屋だ。候補生ながら個室をあてがわれ、外出も自由なクーパーは、この特別扱いは幸いだったのか不幸だったのか、ふと考えた。ハーネマンとの約束までは、まだ少し時間がある。新兵ならば規則を盾に断ることも出来たろうが、特別扱いのクーパーは、上官の誘いを断る口実が思い浮かばない。
 ぼんやり天井を眺めていると、ニタつく教官殿の言葉が思い出され、はらわたが煮えくりかえる。
『クーパー君は、俺のこと大スキだもんな……?』

 ──1度口説かれたぐらいで妙な確信持ちやがって! なんで本気で惚れてもいない野郎に、惚れた弱みを握られるような思いをしなくちゃならないんだ!?

理由は分からないが、とにかくハーネマンは「クーパー君は俺のこと大スキ」の確信を持ち、それに基づいたいやがらせをしかけてきた。一切「そのつもり」ナシのくせしてサービストークで気を散らす。自分の勝手で呼びつける。そしてどこまでも身勝手な要求をつきつけてきた。こんな風に振り回されるのには慣れていない。
ゴロリと寝返りを打つと、そこには真っ赤なイームズのソファが置かれている。おかげで部屋はほとんどソファとベッドに占拠された状態だ。いずれどちらかを処分しなくてはならないだろう。
 イームズのソファはかつての彼女の置き土産だった。
 別れを切り出したのは女のほうだ。それがむしろ好都合だったクーパーは答えた「君がそう言うなら仕方ないな」。すると彼女は背を向け、「もう二度と会わない」とうつむく。
クーパーには分かっていた。彼女は後ろから肩を抱いて、「そんなこと言わないでくれ」「俺を見捨てないで」と追いすがって欲しいのだ。そんな彼女の背中に、クーパーは嘲笑さえ含んだ声で言った……「なあ、どうして俺のことそんなに好きなの」。
直後、頬に炸裂した彼女の平手打ち。
 過去の恋愛において、身勝手にふるまい相手を翻弄するのはいつでも自分の側だった。

――そうだ。翻弄されるのは、あんたの方でなくちゃならないんだ。
クーパーはペロリ唇をなめ、翻弄されるハーネマンの姿を思い描いた。

『早く入れろよ、クーパー君……待ちきれないぜ……』
 ──ソファに身を投げ出して、教官殿はタクティカル・ベストを脱ぎ捨てる。お望みに答えて、カーゴパンツと下着を一度に奪い取る。官給のシャツとブーツだけになった教官殿の足を持ち上げて、一物をあてがってやれば、その体はヒクリと震える。いつもベストのゴツい襟に隠れて見えない、顎から喉元までの生っ白くてなめらかなラインが目前にさらされて……。
 入り込まれる一瞬の屈辱をこらえようとする顔を眺めてやりたい、あの薄ら笑いを浮かべた尊大な野郎の屈辱の表情は、どれほど魅惑的なものだろう?
無意識のうちに、手は腰のベルトに伸びていた。しかし教官殿は妄想の中でも一筋縄では行かない男だ。デニムの前をくつろげて、その中に手を突っ込みかけた時、キーッヒッヒッヒッヒ! という人を小馬鹿にしまくったハーネマンの笑い声が脳裏をよぎった。
『ヒヒヒヒ! クーパーくぅ〜ん? 俺を想って一人お・な・ぐ・さ・み……?』

「うおおおおおおっ!!!!」
 すんでのところで自慰を思いとどまったクーパーはゴロゴロ転げまわったあげく、ベッドから落ちて床の上でのた打ち回った。
 ──何やってんだよ俺……クソッ、クソッ……危ねえー!!!


 

TO BE CONTENUED……