「義恋ーGIREN-」の晶山嵐子さんからのサイト開設一周年記念の贈り物第二弾。

「シャダに『フフッ、今夜は右手が大活躍だな!』って言わせたいなあ」とポツリ漏らした私の言葉で書き上げてくださったマハ総受けストーリーです。
自慰シーンが多少ございますので取りあえず18禁にはしておりますが、全体のテイストはほのぼの系。
マッチョなカリムとそれ以上にマッチョな爺・アクナディン、スーダラなシャダと傍観者にしてオタク女性の代理人でもあるアイシス、相変わらずお盛んなファラオとセト、そして我らがマハードはでかい図体して
ハイパーロリータ。
神官ズを愛する全ての方にお送りする、ラブコメ・カルナック。
テメーらちゃんと仕事しろよ!とハリセンでどつきたくなるほど平和な神官のドタバタ劇、どうぞお楽しみ下さい。

今夜は右手が大活躍だ

「ねぇ、カリム。君に男色の気はなかったよねぇ?」
いきなり、わたしはシャダにそう聞かれた。
「お前じゃないんだ。そんな珍妙な趣味、持ってる訳ないだろう」
わざわざなぜ聞いてくる。
幼なじみのシャダは、わたしとは正反対に 破壊僧というか……神官にあるまじき遊びようで。
しかも当代のファラオも遊び人だから、二人で徒党を組んでの悪巧みに王宮中をてんてこまいさせたことが何度かある。
ファラオはファラオで神官セト様にくびったけの癖にあちこちに手を出してはセト様に仕置きをくらっていらっしゃる…………ファラオの浮気が発覚した時のセト様のヒステリーは物凄いので、できれば同僚として彼を荒立てる事は辞めて戴きたいのだが…………
そんなことファラオに言える筈は無いし……
一番セト様の割りを食っているのは、六神官新入りのマハードだ。
魔術よりも武術の方が得意なマハードは書類仕事がとても駄目だった。
駄目、なんてものではなくて…………思わずかばうのをためらうぐらいに駄目だ。
単体では素晴らしい戦士であり、魔術師なのだろうけれど。統率力は無いし、カリスマ性も無いし…………
しかも、地方豪族 の出なのでどこかで最高貴族の出身であるセト様を筆頭に他の六神官にかなり引いているところが合って。きまぐれなアイシス様やシャダ、セト様からさんざん使いっぱしり扱いをされている。
その魔力の高さで六神官に抜擢され、その武術の高さで王宮警護責任者になったけれど……組織のことになると全然頭が働かないらしく、機嫌の悪いセト様にしょっちゅう叱責されていた。
セト様に叱責されると人格を粉々にされたような気になるので、可哀いそうだ。
なんとなく、面倒みのいいわたしに押し付けられた気がしないでもないが。カリム様カリム様、と犬のように追いかけてくる彼は可愛くない訳ではない。
ぱたぱた尻尾を振っているのが見えるようだ。
「マハードを、わたしが貰ってもいいんだよね?」
シャダは、言った。
身長が足りない分、下から見あげてきてニィ、と笑う。
「………………意味が分からないな。なぜわたしに聞く?」
「かわいいわんこちゃんの頭を撫でるには飼い主の了承がいるかな、と思って」
にこにこと笑ってわたしを見るシャダ。
「彼は誰の物でも無い。彼の了承があるのならば、わたしの言葉などチリにも等しいだろう」
「じゃ、君はOKってことで、いいね?」
「……………………」
尚も聞いてくるシャダを睨むと、おー怖い怖い……と、一歩下がった。
「カリム。君はその自分の強面をもっと理解して表情を造りなさい?幼なじみの精一杯の助言だよ」
「芸人染みて入れ墨を入れてるお前に言われたくない」
はいはい。と、シャダは肩をすくめて歩いて行った……ところで振り返ってくる。
「カリム様っ」
わたしの後ろからマハードが走ってきた。
剣で鍛えた太い腕でパピルスの束を握りしめて……ああ、前に君に貸したものだね。やっと読めたんだ?
「これっありがとうございますっ。凄く面白かったですっ」
「また徹夜で読んでただろう?目が真っ赤だよ?マハード」
「えっ?あ………………はいぃ……わたしは……どうも、読むのが遅いので……」
鳶色の目を充血させて、マハードが照れたように笑った。きっと少し読んでは寝て、朝になって……翌日の夜に少し読んで寝て…… なのだろうな。目に見えるようだよ。無理して書物を借りていかなくてもいいだろうに。
「お邪魔でなければ、また、カリム様のお勧めを拝見したいのですが、よろしいですか?」
「ああ、かまわないよ。書物も棚の飾りじゃないからね。読んでくれる人が居た方がいいだろうし………………おっと……」
どうして何もないところでつまずくのかなぁ、君は。
思わず抱き留めてしまった。
へぇ、思ったより体温高いな。
本当に、いい体をしてる。初めて見た時より大きくなったように思えるし。鍛えてるんだな。感心感心。
マハードは真っ赤になって汗を浮かべていた。
「どうした?ずっと日の下にでもいたのか?
熱中症じゃないか?影に入って休んでいるといい。誰か水を……」
「はい、マハード。冷たいお水だよ〜」
さっきからそこにいたシャダが、女官から水をもらって来てくれた。マハードは慌ててそれを煽って額の汗を拭く。
「じゃ、元気な筋肉男はおいといて、私たちは影に行こうか?マハード」
「えっ……?あ…………ぁあ…………はい…………」
シャダに連れられるまま、マハードが歩き出す。本当に足下がおぼつかなくて今にも倒れそうだ。
「マハード、部屋まで連れて行ってあげようか?」
シャダや女官では、シャダより一周り大きなマハードを抱える事はできないだろう。そう思っただけだけれど。
「とっ……とんでもないですっ……わたしは大丈夫ですからっ!?カリム様にお手を患っていただくようなことでもありませんっ。はいっ。っまたっ…………ではっ……」
途端にマハードはピンッ、と立ち上がってわたしに一礼して……シャダを追い越して走って行ってしまった。
「じゃね、カリム」
シャダもわたしにウインクしてぱたぱたと走っていく。足音まで軽い奴だ。
本当にマハードは大丈夫だろうか?多少日の下にいたからといって駄目になるような鍛え方をしてはいないと思うのだが。
さっきマハードを抱き抱えた右手を見た。
何の香油の匂いもしない。
朴訥なあいつらしいと言うか……肌があれるから、何かつけるように今度言っておこう。
 

 かっ…………カリム様に抱きしめられてしまった…………
「マハードっ。何も、そんな力一杯逃げなくてもいいだろう?」
「…………シャダ様……」
俺を追いかけてきたらしいシャダ様が額の汗を拭って膝に手をついてらした。
ぜぇぜぇ言ってらっしゃる。
俺も……息は荒かったけど……
カリム様に抱き留められた瞬間、体がカーッ、て熱くなって……
あんな馬鹿な所でつまずいた己の馬鹿さ加減に嫌気がさした。子供みたいに思われたんじゃないだろうか。本当に自分が恥ずかしい。戦闘では必ずしも馬鹿をやるわけじゃないけど…………なんだか、平和な王宮にいると本当に平和ボケしている自分を感じる。
「マハードっ!?聞いてるのかい?」
「えっ?」
シャダ様が……俺の鼻を人指し指の先で押しつぶして……来た。
咄嗟に顔を引いて避けたけれど。
「ファラオが今日、お召しだ、って言ったんだよ。夜ね。君を」
「はい?」
ウインクつきでシャダ様にそう言われたけど…………なんですって?
「夜……に?ファラオがわたしになんの御用であらせられるのでしょうか?今からではいけないのですか?」
俺の言葉にシャダ様がプッ、と吹き出した。俺の肩をぱんぱんと叩いて尚も笑い続ける。
この人は、いつも俺で何か笑ってるから…………今更だけど。
「夜ですか…………じゃぁ、カリム様にご連絡差し上げないと…………
今晩はセネトをご教授いただくことになっていたのです」
本当に俺って馬鹿だから。全然うまくならなくて。というより、まだ駒運びすら覚えてない。元々がこんな六神官なんて大役、分不相応なんだよ…………ああ、カリム様さえいらっしゃらなかったら、とっくに郷里に帰ってただろうなぁ……あの方だけが、俺の心のオアシスなんだ……
「うん、断っておいで。わたしも一緒だからね。ファラオの御前だからって心配しなくていいよ」
「あなたが一緒で安心なんてできませんよ」
いっつも俺で遊んでる癖に。
また笑ってるし。
「いうねぇ。マハード、君って。
ぼけてる癖にたまにその毒を吐く所がたまらないよ」
「わたしは魔術は使いますが魔物ではありませんから、口から毒は吐きませんよ」
あ…………お腹抱えて笑ってるし……シャダ様。
もう、ほっといてもいいよな?カリム様探さないと。まだあそこにいらっしゃるだろうか。
あ、みっけ………………………中庭の石のテーブルについて何かお飲みになるのかと思ったら………………大理石のテーブルっ持ち上げたっ!?
「あーあ、筋肉馬鹿がまた何かやってるよ。
初めて見た?マハード。彼はいつでもあーやって自分の体を鍛えてるだけだから、気にしなくていいよ。あんな重いもの持ち上げて何が楽しいんだろうねぇ」
 シャダ様が何か言ってたけど。
「す……ごい……」
俺は思わずカリム様の所に走って行った。
「…………凄いですねっカリム様っ!?そのテーブルが持ち上がるんですかっ!?」
「ああ、マハード。来たのなら、その椅子をこっちに持ってきてくれ。休もうかと思ったんだが、日向だと暑いから、影に行きたいんだ」
「だからってテーブルを動かすなんて馬鹿するの、君だけだよ。カリム」
「暑いよりいいだろう」
「屋根の下に入ればいいじゃないか」
「いや。ここでワインを飲みたかったんだ」
「テーブル持ち上げたかっただけだろう?ほら、女官の瞳がハートになってるよ。
別にいいけどね。君みたいな『強い男』が好きな女性はわたしの守備範囲じゃないからね………………
マハード……わたしの分の椅子は持ってきてくれないのかい?」
「えっ?」
シャダ様が何か言ってるけど。俺は俺と、カリム様の分の椅子を持ってきて坐った。この椅子だって大理石だからかなり重たい。
女官がすぐにワインと金杯を三つ持ってきてくれるけれど。そう言えば、あっちに五つ合った椅子、三つ残ってますね。
ああ、影だから涼しい……
まぶしい……
「シャダ様。そこに立ってらっしゃると、反射して眩しいんですけど」
頭がきらきらと。
「君ねぇ……マハード。どうしてわたしにはそんなにぞんざいなんだい?わたしもカリムと同じ君の先輩だよ?」
「え?わたしは丁寧語は喋ってますよね?カリム様」
「丁寧語は喋ってるね……丁寧語はね」
「じゃあいいじゃないですか。
あ、カリム様、さっきのパピルスですけど、読めない所があったんですよ。教えていただけますか?」
カリム様が腰に差してらした、先程俺がお返ししたパピルスを指さす。カリム様が節くれだった大きな手でそれを取り出して開いて下さった。
「ああ……これは、かすれてて見えないね。古い物だから。なんて書いてあったかな……」
カリム様の低くて落ち着いた声が心地いい。
考えてらっしゃるお顔もかっこいい。
ずしんと、腰の坐った面持ちでいつも落ち着いてらっしゃるカリム様。
男ならこうあらねば、って思う。俺がシャダ様とかにからかわれるのも、俺が浮ついてるからだろうし。
カリム様と違って、俺は女顔だしな……髭でも延ばしてみようかな…………って、神官はそんなことできないか……
「もういいよっ。君たちはっ二人してわたしを仲間外れにしてっ!?」
「あ……」
 シャダ様、まだいたんだ?
マハード、今晩、忘れるんじゃないよっ」
「あ………………はい」
「その顔は忘れてただろう?マハードっ!?」
図星。
「すいません…………すっかり忘れてました」
駄目だなぁ、俺って。なんでこう忘れっぽんだろう。カリム様がテーブル持ち上げてるの見て、全部とんじゃったよ……
「ファラオのお召しなんだからねっ!?晩餐が終わったらわたしが君の部屋に行くからっ!?
いいねっ!?じっと部屋にいるんだよっ!!ファラオに怒られるのはわたしなんだからねっ!!」
「別に、シャダ様が怒られる分にはかまいませんけど……ファラオのお言葉を下にすることは絶対にできませんよ」
「マハード……君って……本当にシャダはどうでもいいんだねぇ……」
「はい?なんでしょうか?カリム様」
「いいねっ!!部屋にいるんだよっマハードっ!!」
ぷりぷり怒って、シャダ様はワインの注がれた金杯だけ持って消えてしまった。
「あ、それで……カリム様。そこはなんて書いてあったんでしょうか?」
さっきからカリム様の太い人指し指が指し示していたパピルスを見る。
「え?あ……ああ……
えっと……ここは確か……
 …………聞いてる?マハード」
「えっ?あ、はい……………………すいません、聞こえてたんですけど、聞いてませんでしたっ」
うわっ……カリム様の指に見とれてた。
「すいません。カリム様の指にたこがあるので…………普段どういうふうにして体を鍛えてらっしゃるのかと思いまして……
いつもテーブル持ち上げてらっしゃるわけじゃないですよね?」
俺の言葉に、無表情だったカリム様がふわっと笑って下さった。
俺よりもたくましく日に焼けたお顔で、白い歯がキラッて……キラッて…………すっごい、綺麗っ。
「ああ、タコか…………気にした事なかったな。これはペンだこだよ。見習い時代に血が出るまでヒエラティックの勉強をしたから」
「はー……」
ヒエラティックって…………俺、ぎりぎり読めるだけだ。書けない……かも……
「カリム様って文官でいらっしゃるんですよね。そういえば」
「君は完全に武官だね。マハード」
「武官なんていいものじゃないですよ。剣を振り回しているたげですから。
命令されては動けても、命令を出すのは難しいです。
カリム様 やアクナディン様のように素手で格闘技ができる方が凄いですよ」
「………………アクナディン様は…………確かに凄いよ。あのお歳で、いまだに格闘技エジプト一だからね。わたしも全然勝てない」
「この前の大会では惜しかったじゃないですか」
「そう言って、ここ数年。いつも決勝はわたしとあの方だけどね。ぜんぜん…………まだ無理だよ」
「わたしも腕力は自信あったんですけど、カリム様とアクナディン様には勝てないですものねぇ」
「やってみるかい?」
「はいっ!!」
テーブルに手をついて、腕相撲。
すっごく嬉しい。どきどきする。
「よーいっ……どんっ!!」
カリム様の声が、中庭に響いて行った。 

まーた、腕相撲なんかして、あの筋肉馬鹿二人。
「シャダ様。どうぞ」
女官が、わたしの持っていた開いた金杯に盆を捧げ持ってきた。その盆に金杯を置いて
…………あ。
回廊の柱の影に…………あの髪形は………
…ファラオっ!!……と?
あの蒼い足衣は…………セト様だっ!!
あの位置にファラオがいらっしゃって、セト様の足しか見えないって言う事は…………
……逃げた方が良さそうだな……
ぁっ……」
 うわっ……
女官に黙って下がるように言ってる間に…
…始まってしまったらしい。
わたしも逃げようかと思ったけれど。思わず柱の影に隠れた振りしてそこにいた。
だって、あのセト様の喘ぎ声なんて、楽しいもの、聞かなきゃ損でしょ。
いつも居丈高にキーキーヒスを起こしてるあの美人さんが脳天とろけそうな声を出すんだから……
あ、終わった……みたい…………だけど、今度は本当にわたしの足が痺れて動きませんよ。あらあら、困りましたね。
俯いて足を動かそうとしていたら、こつん、と頭を殴られた。
ファラオがそこにいらっしゃって。中指の背中でわたしの頭をコンコンとノックなさる。
「お前は……シャダ。こんな派手な香油の香りをまきちらして、隠れていたつもりなのか?」
大きな瞳で見おろしてくる少年王。
王様にしはてざっくばらんすぎて、シモン様に常々注意されてらっしゃるけど。この方は現人神でいらっしゃるよりは、人間でいらっしゃりたいらしい。
「いえいえ。隠れているわけではなかったのですが。足が痺れてしまって動かないのでございますよ。
ファラオこそ、いつもどおりお元気であらせられますことで」
「今からしたら、食事もせずにあやつは寝てしまうからな」
回廊でへたれているのだろうセト様のことをおっしゃられているのはわかるのだけど。
そこにお立ちになられているので、わたしからはセト様が見えない。
一度でいいから、イッた時のセト様を拝見したいんだけどなー……というのは、ファラオに完全に防がれている。
今も……べったり床に坐ってらっしゃるようで。ファラオのマントの裾から、セト様の白い足が蒼い衣から出ているのは見える。
見えるけど……それだけ。
お顔は見えない。
思わず頭を下げたわたしに、ファラオも座り込んでいらっしゃった。
「どれだけ待ってもセトは見せないぞ。去ね」
にっこり笑ったまま、ファラオはおっしゃった。これ以上ねばると一瞬で激怒なさる方だから引く。
「では、今宵。土産を持ってお伺いもうしあげます」
「ああ、楽しみに待っていよう」
「ファラオには今からもお楽しみであらせられる?」
「当然」
本当に、お元気な方だ。
今からセト様が失神なさるまでお部屋で楽しまれて……で、夜も、だから。
ああ、強い強い。王室は安泰だ。
それが全部女性に向けば……だけれど。
当代のファラオはまったく女性に見向きをされない訳ではないけれど。一番が男のセト様だから。後は……タチの悪いご趣味だし
なぁ……わたしには信じられないけど。
夜。
「おや、マハード。約束は覚えていたようだね」
「子供じゃないんですから、二度も忘れたりしませんよ」
「その割りには色気の無い服だねぇ」
「ファラオにお会いするのにこれは失礼なんですか?色気のある服って……必要なんですか?」
「必要だろう。夜にファラオのお部屋に伺うのに」
マハードは、全然意味が分かってないようだった。

「カリム様……まだお飲みになるのでございますか?」
女官が恐る恐るわたしに聞いてきた。
「そんなに飲んだかな?」
「はい……もう、ワインの瓶を九本目でございますよ。もう一瓶、おもちしましょうか?」
「いや……たしかに飲み過ぎたな。もう寝よう。下がってくれてかまわない」
「はい……失礼いたします」
九本も飲んだ気がしないな。眠っていたのではないかと思うぐらい、意識が無い。いつも、体が鈍るから、酒はあまり飲みたく無かったんだが……
どうしたんだったか。
ああ……そう。
今日はマハードとセネトをする約束だったのだ。
それを残念そうにマハードが断ってきて。
ファラオのお呼びだ、とシャダが言ってた。
あの遊び人のファラオに夜呼ばれた、という時点でそうなのだけれど。マハードはまったく分かってないようで。
だからと言ってどうしてわたしが深酒をしているのだろう……
マハードの、さりげにシャダに対する無礼はいつものことだ。
ああいう軽々しい者が、基本的に好きではないのだろう。分かりやすい。わたしと同じような性格をしている。
王宮にマハードが参内し始めてからずっと、何かと言えばわたしに頼ってきてくれる可愛い後輩だ。
ファラオの毒牙にかかるような者ではないのに……
「信じられないけど、ファラオはセト様以外は初物しかお好きじゃないんだよ。
まったくわたしには信じられないけどね。
せっかく摘み取った物をそのまま捨ててしまうなんて。もったいないもったいないもったいないったらもったいない」
シャダがそう言って居たのを思い出してしまった。
マハードの……王宮人にはないけれんの無さがファラオのお目に止まってしまったのだとしたら…………かわいそうすぎる。
今日迄の彼が、明日もいるのだろうか……
わたしの心配は……的を得てしまった。
朝……出勤してきたマハードは、まったく……全然、使い物にならなかった。
ぼんやりして。ぼーっとして。何度セト様に叱責されたか知れない。
シャダを見て、聖なる銀杯を床に落としたり……と、とんでもない失態を続けざまにした。
最後にはセト様に千年錫杖で思いっきり殴られて流血の大惨事にまでなってしまった。
「貴様ほどの役立たず、今すぐ神殿から消え失せろ。
血の穢れをいつまでここにもたらすつもりだっ!!さっさと去ねっ!!」
「はっ…………はいっ……ただいまっ……」
今まで流血沙汰だけは無かったセト様の叱責にマハードはさっきまでとは違う茫然とした姿で。慌てて、神殿から駆け出て行った。
「わたしも、血の穢れを受けましたので、今日は下がります」
セト様も、そう言って下がってしまった。
おい……六人でやることを四人でしろって?
 本当に迷惑な人だ。セト様は。
「シャダ……いい加減になさいよ?あんな子供をどうしようと言うのですか」
アイシス様がシャダに詰め寄ってらっしゃる。
「どうもこうも、わたしはただ、愛を囁いただけでございますよ。姫君。
いつも、あなたさまに囁いていますように……」
するり、とシャダがアイシス様の右手を取り上げて、その甲にくちびるを寄せた。
それを咄嗟に振り払ってアイシス様もくるり、と踵を返す。
「色欲の穢れを受けました。わたくしも清めてまいりますわ。失礼」
「穢れだなんてっ姫君っひどいですよっ!!」
シャダは思わずアイシス様を追いかけて神殿を出て行った。
「えっ?」
アクナディン様がポン、とわたしの肩を叩く。
「罪の無いおぬしが残ったのは不本意じゃが。これ以上人を減らす事はできぬ。普段の五倍働いてもらうぞ。カリム」
俺はなぜ、こういう時に逃げ後れてしまうのだろう。シャダの奴ーっっっっ!!
「せめて三倍にしてください。アクナディンさま……」
「老人にどこまで背負わせる気じゃっ!!若いおぬしが五人分はたらけいっ!!」
「そういうことは、格闘技でわたしに負けてからおっしゃってくださいっ!!自分よりも強い人に遠慮などできますかっ!!」
「お前には老人を労るという慮りはないのかっ!!」
「普通の老人は格闘技大会一二連破なんてしないんですよっ!!あなたさまはまだお若いですっ!!アクナディン様っ!!」
なんだかとても馬鹿な言い争いだった。

「マハード……大丈夫だったかい?」
シャダ様が俺の部屋に来た。
さっき、セト様に殴られた頭を治療してもらった後だ。
思わず坐っていたのを立ち上がって、部屋の隅に逃げてしまう。
昨日の……あれ……
駄目だ。
 シャダ様を見るだけで……体が熱くなってしまって…………
「おいで、マハード」
そう……言われたら………………もう、逆らえなかった。

「しゃっだっ……さまっぁっ……っっ」
マハードがわたしの名を呼ぶ。
わたしに抱きついてわたしの名を呼ぶ。
なんて気持ちいいんだろう。
初めて会った時から狙ってた。
すごい避けられてて難しかったけど。そんなわたしをファラオがご覧になってらしたらしい。
初めてはファラオにとられてしまったけれど。こうして、マハードはいつでもわたしのものだ。
わたしが見ただけで感じて動けなくなってしまう。
触ったら……腰が抜けてその場にへたり込んでしまう。
かわいい顔でわたしを見あげて泣き出す、マハード。
やっぱり君はかわいいね。想像通りで嬉しいよ。
君がカリムを好きな事なんてお見通しなんだよ。どっちも朴念仁で、まったく気付いてないみたいだけど。
こんなかわいい子をカリムみたいな筋肉馬鹿にやるのはもったいないだろう。
ちゃんと教えて上げれば、蕾のまま枯れる事も無いんだから。
ほら……もう。
初めて知った快感に理性なんて流れ落ちてしまってる。
「余はセト以外は初物にしか興味が無かったが、こやつはいいな。いいな」
ファラオでさえそうおっしゃった。
「セト様に殺されますよ」
「う……」
わたしがそう言ったら、ファラオは口をつぐんでしまったけれど。あんなヒステリー持ちのセト様の何がいいのか。美人だけれど、
…………まぁ……いいのかも知れないから、あまり問いただす気にはならないけど。わたしだって一度はセト様と手合わせいただきたいものな。
じゃなくて。マハード。
物凄い乱れようで、嬉しいけど、少し怖く感じもするよ。
何が、って……わたしより大きいんだから、この子は。
興が乗ってきたらいつのまにかわたしが押し倒されてる。わたしの上で躍り狂う。
綺麗な……獣のよう。
「シャダ様っ……シャダ様ッ」
前は全然、わたしのことなど眼中に無かったくせに。仕事が一段落つくとわたしの元に走ってくる。人の居ない所に引きずっ行かれてキスされて抱きしめられる。
仕事が終わったらわたしの部屋に来る。
もう、一晩中……だ。
いやもう……絶倫。
前戯で三回ぐらいイかせてあげないと満足しなくて、わたしが枯れてしまう。
反対に、マハードは仕事ではポカをすることがなくなった。手際よく早く終わらせて、わたしの元へ走ってくる。
仕事に支障が無ければ誰も何も言わないので、マハードはわたしに猫のようになついていた。
カリムだけが、遠くでそんな私たちをときたま見ている。
マハードは全然、気付かないようだった。

「カリム様、こちら、お持ちしました」
マハードがそう言ってわたしに書類を出してきた。
ファラオのお手がついてから、マハードはわたしのそばに一切来なくなっていた。
いつもなら女官に渡してきたのに。
ああ、今日は誰もいないんだ?
「カリム様…………」
彼の差し出す書類を受け取らないでいると、凄く困った顔をしてマハードはそこにいた。
今すぐ逃げ出したい……と言うように腰が引けている。
何を?わたしを恐がっているのか?
今更?
わたしはこの強面だから、初対面の人間に恐がられる事があるのは熟知しているけれど。
シャダ寄りの人間になってしまったら、そうなのかな。
「痩せたね、マハード」
鍛練をしてないね。
ずっとシャダと一緒なのだよね。
躰中、筋肉が薄く落ちてる。あんなに綺麗な体だったのに。
あんなに綺麗な目をしてたのに。
「狂人だな……まるで……」
思わず口に出してしまった。
うろうろと、じっと立っているだけなのに、まっすぐに人を見れなくなっているマハード。
本当に……君は狂ってしまったんだろうね。
ファラオのお手つきだから、誰も何も言わないだろうけれど。優秀な人材を壊してくれたのは一緒ですよ、ファラオ。
あんなに……まっすぐだったマハードが、こんなに怯えるようになってしまった。
あなたの罪はこんなに大きい。
「こんなに細くなって……」
「ひっ……」
書類を差し出していたマハードの手首を握った。
前にもそうしたことがあった。
そう、腕相撲をしたあととか。手首の太さを計ってみた事があった。
もう……指一本分、痩せてる。
鍛えるのは時間がかかるのに、痩せるのはすぐだ。
もう……君は体を鍛えようなんて、思わないかも知れないね。
ガクガクガク……と、マハードは床にへたり込んでしまった。
真っ赤な顔をして……うつろな目をして……
慌てて抱き上げようとしたけれど。足が立たないらしくて、床に坐らせた。
ぼろぼろと泣き出すマハード。
この臭いは……
マハードの股間の布がじわりと濡れてきた。
イッて……しまったのだ。
わたしが触れたから?まさか……
「見ないで…………見ないでください………
…俺を見ないでくださいっ……」
マハードは自分の顔を覆って泣き崩れた。
「シャダ様っ……助けてっシャダ様っ!!」
マハードは、叫んだ。
「なに?どうしたんだい、マハード。大きな声で」
慌てたようにシャダが跳んで来る。
マハードを一目見て様子が分かったらしい。
自分が肩に掛けていた布でマハードをすっぽりと覆い隠して抱きしめた。
どうにか、立ち上がれたマハードを執務室から抱き抱えて出ていく。
胸がじくじく痛んだけれど。意味がまったく分からなかった。

「痩せたね、マハード」
カリム様にそう言われた。
全然……鍛練してないから……痩せた……かもしれない。
本当なら会いたくなかった。
今、俺が狂ってるのなんて……俺が一番分かってる。
でも……駄目……
あの……快感…………忘れられない……
それに……
「こんなに細くなって……」
カリム様に……手を……握られて……
イッた……
凄まじい……快感……
もう気付いてた。
俺、カリム様が好きだ……
カリム様が好きだ………………
シャダ様にされるみたいに……カリム様に抱かれたい……
抱かれたいっ……
気付いてしまった。
だから、会いたくなかったのに。
ただ、憧れだと思ってたのに。
あなたが好きです。
言えない。そんなこと。
言えない……
体が……燃え上がる……
イき続けてしまう。
カリム様が俺の手を持ってらっしゃる……
それだけで……もう…………体に力が入らなくて。
落胆した……カリム様の瞳。
楽に溺れて、なんの鍛練もしなくなってしまった俺を……蔑んでらっしゃる……
助けて…………シャダ様……助けて………
………いや……いやなんです…………カリム様の前にいるのが……怖い…………助けて…
…誰か助けてぇっ……
「マハード……マハード?大丈夫かい?君の部屋だよ?大丈夫?意識はあるのかい?」
シャダ様が触って来る、そこから甘い疼きが体に走り回る。
カリム様の落胆した顔が視界一杯に広がって……
「触らないでくださいっ!!」
シャダ様を撥ねつけた。
「嫌いっ……あんたなんか大っ嫌いなんだっ!!前から嫌いだったのにっ!!俺をこんなにしてっ!!カリム様に会えないようにしてっっ!!いい加減にしてくれっっ!!どっかいってっ!!俺の目の前から消えてくれよっ!!」
「マハード……」

「元の俺を返してくれっ!!
カリム様の前で忌憚なく笑えてた俺を返してくれっ…………頼むからっ…………俺を元通りにしてくれよっ!!
全部あんたのせいだっ!!シャダ様っ」
マハードが叫んだ。
わたしに向かって、叫んだ。
泣きながら、叫んだ。
泣いて、喚いて……なのに……
マハードの手は股間に伸びていた。
硬くなった自身をこすって、最奥に指を這わせて…………
「ぁっ…………ぁっっあっ…………はぁっ……」
自分の指で快感を捜し求めて…………それに気付いて、悲鳴を上げた。
手を床に叩きつけて喚いた。
慌てて駆けつけてきた女官や衛兵を下がらせて人払いをする。
こんなマハードを見ていいものじゃない。
わたしが……狂わせた、マハード。
元が堅物だっただけに、最初が手慣れたファラオだっただけに……精神がとんでしまったのだろう。
たしかに、最近の彼にはわたしでも手が余った。
けれど……
「君を……憎くしてしたんじゃないよ……マハード……」
泣きわめいている彼にわたしは告げた。
「君を愛しているから、触れたかった。抱きたかった。
それだけなんだよ。
君をおとしめたかった訳じゃない。
決して……そうじゃないよ」
「出ていけっ!!
まだいたのかっ!!出ていけっ!!出ていけよっ!!あんたなんか見たくないっ!!金輪際俺の目の前に出てくるなーっ!!」
「マハード……」
それ以上、彼の部屋にいることはできなかった。

マハードは夜、王宮の中庭に出ていた。
月光の下に、ふらふらと出て月を見あげる。
芝生の上にテーブルが置かれていた。
前にカリムと腕相撲をしたテーブルだ。カリムが動かした、テーブル。
マハードはそのテーブルに突っ伏すようにして上体を伏せた。
カリムと腕相撲をした。パピルスを広げて教えてもらった。ワインを飲んだ。
あの……穏やかな……時。
「カリム様…………あなたが好きです……」
マハードは呟いた。
そっと呟いて…………流れる涙を拭いもせずにテーブルに口接けた。
もっと涙が溢れて来る。
もう……カリムは自分を見てはくれないだろう。
狂ってしまった自分を、もう見てはくれないだろう。
「カリム様…………カリム様…………
俺、あなたが好きです……カリム様……」
マハードは、カリムの名を呟く度にイっていた。
いつのまにか芝生の上に転がって……月を見あげて……何度も何度も呟く。
「カリム様……カリム様…………カリム……さま……ぁっ……」
シャダはただ……回廊の内側で、顔を覆ってうずくまっていた。

                   

その翌日。
「おはようございますっ!!みなさんっ。祈祷の準備は全部できてます。どうぞっ」
いつもならいつも一番早く来ているセトの前にマハードが来ていた。
アクナディンが来て、カリムが来て、アイシスが来て、シャダが来て。その全員に、マハードは泣き疲れて腫れあがった瞳でさわやかに笑って挨拶をした。
「昨日はすいませんでした、シャダ様っ」
祈祷が済んで休憩に入った時。マハードはシャダに土下座して謝った。
「前からあなたが苦手だったのは確かですけど、嫌いじゃありませんでした。
昨日は目茶苦茶言ってしまってすいません。全部、わたしの不徳のいたすところでございましたのに」
「い……いや…………それは、いいよ。もう。たしかにわたしのせいでもあったしね」
「いえ、俺のせいです。
 俺の精神の鍛練が足りなかっただけです」
「…………………………そうも……言えるかもね……」
強いマハードの視線に、シャダは圧されるようにそう言った。
「もう、お手数お掛けする事はないと思いま
す。今まで、ありがとうございましたっ!!」
「えっ……」
いや……その辺りのお手数はかかって嬉しいんだけど……とも、もうシャダは言えなかった。
もうまったく、マハードは前の子供のような彼に戻ってしまっている。
もうこれは、無理だね。とシャダは思った。
一夜限りではなかったけれど。夢を見たような気分だった。
「何度も言うけど。わたしは君が憎くてしたんじゃないよ?
でも君を愛してるのはたしかなんだ、マハード。それは、取り違えないでくれたまえよ?
君が望んでくれるのなら、いつでも君を抱きしめたいよ」
「もう……そういうことは無いと思います」
きっぱりと言い切られて、シャダは大きなため息をついた。
本当に、もう、無いのだろう。それが分かって、少し悲しくなる。
マハードはすっかり以前の彼に戻っていたのだから。
これは愛すべき事態なのではないか、とシャダは思う事にした。
「まぁ、いいよ。わたしが君に独占されていては泣きすがる姫君たちもいるだろうからね。博愛主義のわたしとしては、女性の涙は見たくないものだし。
前通り、同僚の先輩としては食事にぐらい誘ってもいいのかな?」
「…………はい……また、宜しくお願いもうしあげます………………
すいませんっ……走ってきますっ!!」
「えっ?」
シャダは、突然マハードが踵を返したのに、マハードの見ていた先を振り返った。
カリムが……神殿から出てきていた。
脱兎の如く逃げて行ったマハードに、カリムがあからさまに悲しげな顔をする。
「なんだ、君がふられたような顔をして」
シャダはカリムの分厚い胸板を拳の背で叩いた。
「どうも、わたしは失恋したらしいよ。愛しい人に今振られた」
「は?」
カリムの怪訝そうな顔にシャダは溜飲を下げて笑う。
「教えてあげない。君も少しは苦労するといいよ。
恋に泣くと人間、もっと綺麗になるからね」
「お前の言葉は理解できぬ」
「君の朴念仁ぶりも、わたしには理解できないよ。本当に筋肉馬鹿なんだから。脳味噌も筋肉つまってるんじゃないのかい?それでわたしを抑えて首席だったんだから、肚立だしいよっ!!本当にっもうっ!!」
「何を泣いてる」
「失恋したら泣くのは相手への礼儀なんだっ!!」
「そうなのか」
「お前っ!!目の前で親友が泣いてて、慰めてもくれないのかっ!!」
「お前はいつからわたしの親友になったんだ」
「生まれ落ちた時からだっ!!」
「…………………………」
シャダのわがままにカリムはくすりと苦笑した。つるっとしたその頭を自分の胸に抱き寄せる。子供にするようにぽんぽんと背中を叩いた。
あーむかつくーっ!!子供扱いされてるのがむかつくーっ!!
シャダはカリムの胸に抱かれて心の中で怒鳴った。
むかつくっこいつっ!!こんな化け物みたいな筋肉に安心してるわたしがもっとむかつくっ!!
「噛むなーっ!!」
胸筋を噛まれてカリムはシャダの頭を殴り倒した。
「君はっ!!カリムっ!!いい加減自分の腕力をかんがみて行動してくれたまえっ!!
そんな丸太みたいな腕で殴られたら、わたしの綺麗な頭の形が変わってしまうよっ!!」
「いっそのこと脳味噌引きずり出してナイルの泥でも詰めてろ」
「鰐も一緒につまったら、この性格で凶暴になるよ」
「…………………………その時は衛兵で囲んで焙って吊るして鳥の餌にしてくれるわ」
「あー……君のアイを感じるよ」
「感じなくていい」
「一度、わたしと感じ合ってみないかい?」
「金輪際御免被る」
「押し倒していい?」
「殺すぞ」
「マハードなら?」
「っ!!」
シャダはさらっとその名前を出して、カリムを見た。
「マハードがお前を押し倒したら、お前はどうする?」
「考えた事も無いから分からないな」
「人生、考えた事だけがおこるわけじゃないよ」
「では、考えておこう」
「じゃ、決まったら教えてくれるかい?」
「………………どうしてお前に教える義理がある」
「質問したのはわたしだろう?」
「…………………………」
「あ、マハードっ!!一緒に涼まないかいっ!!」
中庭に出たカリムとシャダ。目の前を走ってきたマハードをシャダが呼び止める。
「すいませんっ!!俺、体流してきますっ!!」
ぼたぼたと汗をかいたまま、マハードは沐浴場へと、物凄い勢いで走って行った。
シャダがくっくっくっくっと、笑う。
「マハードはね、体を鍛え直すのに必死なんだよ」
シャダは独り言のようだけれど。わざとカリムに聞こえるように行った。
「きっと、前より大きくなるよ、あの子は。
君に痩せた、って言われたのが屈辱らしかったからね」
カリムは無言だった。

       

「カリム様、腕相撲の相手、してもらえませんかっ!!」
三カ月後。ファラオに呼ばれる前までに体を戻したマハードは、中庭のテーブルでワインを飲んでいたカリムを捕まえて挑んだ。
最近のマハードは、時間があればそこらへんを走っていた。
使いっぱしりだけではなくて、自分で望んだ鍛練の為に走っているのだ。まるで王宮の暴走族のようだった。
腕立てをしたり、腹筋をしたり。
「神殿の中では遠慮してくれるかしら?神官マハード」
アイシスににっこりそう言われて慌ててマハードは腹筋していたのを立ち上がって一礼したり。
そうして戻した自分の体。
綺麗な瞳をして、マハードはカリムに挑んだのだ。
「ほうほう。若者が鍛練するのはええこと
じゃ。どれ、わしが裁定してやろうの」
カリムが返事をする前に、そばにいたアクナディンがテーブルの上に手を持ってきた。
マハードがそのそばに肘をついてアクナディンの手の下に掌を上げる。
カリムも……反対側から手を出した。
ガシッ、と手を握り合って、その上にアクナディンの手が置かれる。
アクナディンの合図で共に力を込め合う。
マハードの鳶色の瞳がまっすぐに自分を見ているのに気付いて、カリムは笑った。
マハードも笑った。
「俺、あなたに憧れていました。カリム様」
 だんだん、甲側に傾いていく自分の手を感じながら。それでもマハードはカリムの瞳をまっすぐに見つめて、笑った。
いつか、あなたに勝ちます………………っっっっ!?」
ガツン、と。
マハードの手の甲がテーブルについた。
手を抑えてかなり痛そうだったけれど。マハードは荒い息をしたまま、それでも笑ってカリムを見ていた。
「もっと鍛えて……絶対あなたに勝って見せますっ!?カリム様っ!!」
「前ぐらいには、戻ったみたいだね。それ以上かな?」
カリムが笑顔でそう言ってくれた事に、マハードはパァッ……と、もっと笑顔を明るくした。
「お……俺、ナイルを走って来ますっ!!」
マハードは興奮冷めやらぬ、という感じでダーッ、と中庭を駆け出て行った。
「水溢れて、緑あふるる…………ちゅーとこかいの?ますます元気になったな。あやつは」
「………………そうですね……
一周り、大きくなりましたね」
「ますます男に磨きがかかってるようじゃないか。まったく……
どうして君もマハードも老師も、神官だというのに肉体派なのか……」
「お前が軟弱すぎるんぞっシャダっ!!」
「お前……どこから沸いて出たんだ……シャダ……」
「はいはい。わたしは愛する君の所にいつでもいるよ〜カリム。
 老師からすれば、誰でも軟弱でしょうよっ」
「貴様、目上に向かって二度返事とはなんたることだっ」
「うわっ!!老師っ!!降参っ降参ですってっ!!」
いきなりアクナディンに関節技をかけられて、シャダは真っ赤になってばんばん床を叩いた。
神官さま神官様、と声を駆けられながら、マハードはナイルの畔をさわやかに全力疾走していた。

やっと…………やっとっ……収まったと思っていたのにっ!!
マハードは茫然と沐浴場で立ち尽くした。
ファラオの手がついてから一年。
やっと、以前の自分に戻れた……と、マハードが確信した瞬間だったのに。
マハードは見てしまった。
カリムが……沐浴している姿を。
いつもは時間をずらせて絶対に合わないようにしていたのだ。
カリムは上半身はいつも見えるような格好だけれど。神官は長衣、という規定があって、格闘技の大会の時しかマハードはカリムの全身を見た事は無かった。
それが……
一糸まとわぬカリム様のお姿っ!!
「今夜は右手が大活躍だな」
後ろからそう囁かれて、マハードがハッ、と振り返る。
そこにはいつのまにかシャダがにんまりと笑っていた。
「あっ……あなたはどうしてっ足音を立てずに人の後ろに立つんですかっ!!」
「怒鳴ったらもっと鼻血がでるよ。はい、タオル」
「あっ…………す……すいません……」
布で顔を抑えられて、途端にマハードは勢いを弱めた。
「どうした?二人とも。広い池だ。俺一人に遠慮する必要はないだろう」
カリムはさわやかに笑ってマハードを通り過ぎて行った。
カリムが見えなくなって初めて……マハードはその場にズズズッ、と座り込む。
「立……立てません……」
「勃ってるからねぇ…………」
ふぇふぇ……と泣き出したマハードに、シャダは大きなため息をついた。
「ちょっと思い出して、わたしで済ませてみないかい?」
わざと軽く言ってみたけれど。
「申し訳ありません」
重たく断られてしまった。
「もう俺……遊びでああいうこと、したくないんです……」
「わたしが遊びじゃなくてもかい?」
「シャダ様?」
シャダはマハードの前に座り込んで、にっこり笑顔を消して、言った。
シャダのまじめな顔に、マハードがドキッ、とする。
「君を愛してるよ。マハード。
前にも言ったけど、どさくさで忘れてしまったかな?」
「いえ……」
「なら、わたしは、君とするのに依存はないよ。わかるね?」
「でも俺は……あなたを愛してるわけじゃありません」
「別に、アイと体は別々でも、わたしはかまわないよ?」
「俺が厭です」
ふう……と、大げさにため息をついて、シャダは立ち上がった。
その時にはもう、いつものにっこり笑顔だ。
「しばらくそこで熱をさましておいで。前みたいな無理矢理は二度としないから。それだけは安心してくれていいよ。
遊び人って言っても、わたしにだって心はあるからね。
愛する君に反する事はしたくないよ」
「シャダ様……」
「ほら、そんな辛気臭い顔しないで。
ま、今晩は一人でがんばりなさいね」
チュッ、と。シャダはマハードの額に口接けてマハードを真っ赤にさせた。

夜。
マハードかカリムの沐浴姿を見てしまったその夜。
マハードは部屋の中をうろうろうろうろうろうろうろうろ歩き廻っていた。
体が疼いていても立ってもいられないのだ。
だからといって自分で慰めるのは厭だし。
シャダの所に行く訳には行かないし。つい先程も一時間程ナイルの畔を走ってきた所なのだ。
冷えたナイルの水につかって体の火照りをとってきたはずなのに。
熱くて……熱くてたまらない……
「カリム……様……」
口に出したら終わりだった。
今まで耐えていたマハードのすべてが弾け跳んだ。
ぺたり……と、マハードはその場に腰を抜かして座り込んでしまう。
自分の股間に手を這わせて慰めた。
何度も何度も追情しているのに止まらなくて……
いつしか……
マハードは床に転がって足を大きく開いて最奥まで自分で抉っていた。
その……足の向こうに……
自分の大きく開いた足の向こうに…………
カリムが……いる、ことに…………マハードは初めて気付いた。
「あ…………ごめん……マハード。
シャダに君が呼んでる、って言われて……」
「行かないでっ!!」
踵を返したカリムにマハードが叫んだ。
「俺を嫌いじゃなければ、行かないで下さいっ!!カリム様っ!!」
その、マハードの言葉にカリムが止まった。
「君を……嫌いなわけじゃ…………ないよ……マハード」
「なら……逃げないで……」
「逃げは……しないよ……」
「俺、あなたが好きです…………カリム様……」
「………………」
「あなたのことを思うだけで、体が熱くてたまらないぐらいっ好きですっ!!」
「わたしは…………マハード………………同性相手にそういう感情を持った事が無い」
「俺だって……初めてです……
カリム様が初めてですっ……だからっ…………どうしていいか全然わからなくてっ……」
「君を……愛惜しいとは……思うよ……マハード……」
「なら……ここに、来て…………下さい。
俺を、抱きしめて下さい……」
「マハード……」
 カリムはゆっくりと、マハードを振り返った。

「あーっむかつくほど幸せそうな顔してるねっ!!マハードっ!!」
翌朝。シャダが出会い頭にそう言った。
それにただ、マハードは少し顔を紅くして微笑むだけ。
自分ではマハードにそんな表情を与えられなかった悔しさにシャダはくちびるを噛みしめた。
思わず、となりにいたカリムの煉瓦を並べたような腹筋にゴスッ、と頭突きを食らわしてしまう。拳だと腕が折れそうだったからだ。
さすがに……人体で一番硬い骨をぶつけられてはカリムも腹を抑えて俯いた。
シャダも眩暈を起こして床にへたり込む。
「何をしとるんじゃ、おぬしらは」
妙な相関図の間を、しゃあしゃあとアクナディンが歩いて行った。
世はすべてこともなし。

「マハードはかわいくなったな……」
そう呟いてファラオがセトに殴られたことをセト以外誰も知らなかった。

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晶山嵐子
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