国境の町でわんタッチ

スストの繁華街(……)を北から見るとこういう感じ。このフツーの道がカラコルム「ハイウェイ」のはしっこなんです。

♪橇(そり)の鈴さえ 寂しく響く 雪の曠野よ 町の灯よ 一つ山越しゃ 他国の星が 凍りつくよな 国境(くにざかい)♪ 

東海林太郎の昭和9年のヒット曲「国境の町」が脳内エンドレスリプレイされる。おんぼろバスを降りてもう3日。中国側の不条理な対応に♪凍りつくよな 国境♪

夕方に到着後、1泊だけして翌日の早朝にはバイバイするはずだった国境の町(※)ススト。バラック店舗が建ち並ぶなーんもないこの町に、よもや3泊もする羽目になろうとは……。

※……中国側の入出国管理局のあるタシュクルガンとの間には、距離にして216キロにわたる緩衝地帯(強国間に介在して衝突の危険を緩和する地帯)が設けられている。
よって正確には「国境」ではなく「パキスタン側の出国管理局がある町」と呼ぶべきか。

どうして足止めを食らったのか?中国が何をやらかしてくれたのか?
そのあたり、話せば長くなるので別項に譲るとして、まずはスストでの心温まるワンタッチ(犬とのふれあい)について書かせていただきたい。


意に反してスストに滞在することになった2日目。遅れてもせいぜい半日遅れくらいで出発できると信じ込んでいたので、まだ気持ちにゆとりがあった頃。

端から端まで老婆の足でも10分歩けば終わってしまいそうな、メインストリートにある店を冷やかし尽くした私と妹ヘボピーは、時折どこかから聞こえてくる犬の吠え声が気になってたまらない。
こんなしょぼい町を散歩するのはもう飽きた。犬を見つけて心ゆくまでワンタッチしたい!

しかし声は聞こえど姿は見えぬ。ぶらぶら歩いていたオヤジに「このあたり、犬っているんですよね?」と聞いてみたら、「いるよ。でも今はちょっと見えないなあ。中国人は犬食べるし」とのこと。

「チャイニーズ・イート・ドッグ」? ま、まあ私だってそのくらいは知ってるけど、あれは食用に飼育された犬でしょう?私たちが探してるのはそこらを歩いてるやつなんだけど……という言葉は飲み込んで、その日は獲物なしでホテルに帰投。

高度3千メーターの高地にあるスストでは、日本から持っていった松茸雑炊が気圧のせいでパンパンに!飛騨高山の名物「さるぼぼ人形」状態だ。そりゃあ慣れない人間が高山病にもなるってもんだ。

さるぼぼ人形<→>

さて翌日。ヘボピーは前日のパーティーで喰らったヤギ肉と密造ワイン(味はほぼ黒酢)の食い合わせが悪かったところへ、高山病にエルボーを食らわされたせいで、起きあがる気力ナッシング。

仕方なく一人で町でもぶらぶらしようかと、朝6時頃にホテルの前の道へ出てみると……。

グォングアングォングァオングァオン!!!

背景の山々に恐怖のエコーを響かせながら、パキスタン側と緩衝地帯の間に張られたボーダーライン──ってか単なるヒモのあちら側から、もうもうと砂煙を蹴立てて何かが迫ってきた!

ノー・マンズ・ランドからボーダーラインを無視して突進してくる犬ども
反射的に思い出したのは、西部劇でインディアンが雄叫びを上げながらアタックしてくる場面。

グォングアングォングァオン!!!

く、食われるーっ!

さしもの愛犬家も狂犬病は怖い。人間が脱兎のごとく逃げられる体勢を整える一方で、犬どもは20メーター手前で急に減速。

あれれ?どうしたの?パンを振り回しながらとろけるような優しい声で呼んだって、警戒して近づいてこないんだ。

それでも勇気のあるやつが3匹、「うまいものをください」とやってきた。

なんという真剣なまなざしだろう!視線が熱すぎて、遠火でじりじりあぶられる鳥の丸焼きになった気分がした。

教えられてもいないのに、どうしてワンちゃんは何か欲しい時に「おすわり」してみせるのかな。

一番人なつこい牝犬がここまでサービスしはじめた。
体当たりの「うまいものください」に、ワンワン弁当袋の口もゆるむってもんだ。

美しい山々を背景に、チャパティ(薄いパン)をむさぼり食う野良犬ども。

はるばるパキスタンまで来てなにやってんだ……と思わないでもない。

おなかいぱーいになって落ち着きを取り戻しました。澄んだ空気がひやっとして、なんて気持ちいい朝なんでしょう!

それでもここは高度三千メーター。慣れない日本人は高山病で胸はムカムカ、頭はズキズキ。

その翌日。本当に国境を越えられるのか?と両手いっぱいの不安を抱えて道ばたに座っていると、背後に不審者の気配が……。

おそるおそる振り返ると、昨日の牝犬が「えへへ。またきちゃった(=´ω`=)」って笑ってた。

さらに大胆になった彼女は、ホテルの敷地内にまで入ってきた!
だが昨日と同じパンをやってもほとんど食いやがらんのだ。

バター入りのクッキーはもっとクレクレ言うくせして!パキスタンの野良犬ってぜいたくねえ。


スストでのワンタッチは上の写真の三匹とのみだったのだけど、犬の話がもう一つ。

やることないからまたしてもススト・メインストリート散策をしていた私とヘボピー。商店街のはずれの道ばたで、奇妙なものを発見した。

金茶色でふさふさしているこれはいったいなんだろう。スターウォーズに登場するチューバッカの毛皮そっくりだ。
子供が捨てたぬいぐるみ?毛足の長いじゅうたんの切れっぱし?それとも誰かが落としたフェイクファーのマフラーかな?このあたり冬は寒いもんね。

その時頭をよぎったオヤジの言葉、「チャイニーズ・イート・ドッグ」。
ま、まさか……?!ひょっとするとこれは……アレ?

おそるおそる毛皮をつまんでひっくり返してみると、毛皮の首の部分には穴があけられて、そこからビニールひもが垂れ下がっている。予想的中だ。

はっと気づいてあたりを見回すと、似たような毛皮が点在している。私もヘボピーもさすがに写真を撮る気にはなれなくて、無言でうなだれ手を合わせるのみ……。

他国の食文化をとやかく言う気はないし、中国では犬も食用とされることを頭では知ってはいても、実際に食われた犬のなれの果てが散乱しているのを見ると、愛犬家としては胸が痛んだ。

その夜は、窓の外から聞こえてくる犬たちの吠え声が、心なしか昨日より激しい気がして眠れない。
あの声、罠にかかったんじゃなかろうか、あの悲鳴、殴り殺される断末魔の声じゃなかろうか……と、ベッドの上でまんじりともできないミキ姉妹であった。

一方その頃、ワンワンホテルに預けられた日本のデブでわがままなコッカースパニエルは……。(つづく)

メインストリートをぶらぶらする若い中国人労働者たち。

パキスタンでは中国と共同で道路工事している箇所が多く、スストにも中国人労働者向けの寮がある。
生活用の物資はほとんど中国の会社が運び込むせいで、地元にはあんましお金を落としてくれないんだ、と商店街のオヤジがぼやいていた。ま、豚肉と酒は手に入りにくいもんね。

顔見知りのパキスタン人に、この荷物ちょっと乗せていってよ、とふざけてみせる。

犬を食いやがって中国人憎し!と怒りを覚えた私とヘボピーだけど、髪の毛をツンツン立たせて精一杯いきがっている10代とおぼしき労働者を見ると、なーんか怒る気も失せちったわ。

<デブでわがままなコッカースパニエルにつづく>